第七話 勇者
「と、父さまが、勇者様だった……」
「ああ。……仲間に助けられてばかりだったけどね」
苦笑しながら情報を付け足す父さんを尻目に、俺は驚きを隠せずにいた。
……仕方ないだろう。
金髪碧眼というだけでかなりの勝ち組だというのに、その上勇者という属性も持っているのだから。
逆に言えば、その反応以外できなかったのだが……。
「……あの頃が懐かしいよ。勇者として旅を始めたばかりのとき、俺は仲間のことを顧みず、強くなろうと一人でもがいていたんだ」
固まっていると突然、父さんが言葉を切り出した。
……どうやら、勇者だった頃の話をしてくれるらしい。
俺は、それに耳を傾けることにした。
勇者本人からその経験を聞けるということは、本当に貴重な体験なのだから。
「父さまにもそんな時期が」
「ああ、もちろん。最初こそ、パーティのみんなは何も言わないでくれていた。だけどだんだん、パーティとの息が合わなくなってきたんだ。そして事件が起きた」
「事件、ですか」
「そう。……とある町に、『魔物』と呼ばれるものが攻めてきた。数は少なかったんだけど、そのとき俺達のパーティは、個人で戦っていたんだ。その結果、町に住む一人の少女が魔物に襲われて、大怪我を負ってしまった」
「……」
「俺は後悔した。俺が『連携など必要がない』と考えていたから、そしてそれを仲間に押し付けたから、こんなことになったと思った。……人を守るために戦ってきた自分を、裏切ってしまったんだ。その事実と向き合ったとき、剣を握ることが怖くなった」
「戦えなく、なった……」
「そのとおり。剣を握ろうとしても、握ることができなかった。勇者であるという責任から、無意識に逃げようとしていたのかもしれない」
「……」
「戦えない悔しさ、仲間に対する申し訳なさで毎晩枕を濡らしたよ」
……いっぱいいっぱいだったんだな、父さん。
普通なら心が折れているだろうが、そこからどうやって魔王を倒せるまでに持ち直したのだろうか。
「そんなとき、ずっと励ましてくれたのがノアだった」
「母さまが?」
「うん。当時ノアはパーティの回復職だった。……心配りがよくできる少女だったよ」
「……母さまも勇者パーティだったのですか」
父さんは黙って頷いた。
「ノアは、ずっと俺に寄り添ってくれた。話を聞いて、理解しようとしてくれた。そんな日々を過ごしているうちに俺は『このままではいけない』と思ったんだ」
「……」
「そこからは早かった。パーティに土下座して、もう一度チャンスをくれ、と頼んだりした。……今度は行動で、信頼を勝ち取るしかなかった」
その後父さんは、連携を重視した戦法をするようになったという。
仲間と共に戦うことが楽しくなった、とも言った。
「実際、ノアがいなかったら、俺は立ち直れなかっただろうね。だから、ずっと寄り添ってくれた彼女には、感謝してもしきれないんだ」
「信頼、しているんですね」
「もちろんだ。ノアのおかげで、世界が魔王の手に落ちずに済んだ。そして、今日の俺がある。だから俺は、ノアを失望させるわけにはいかないんだ」
……。
言葉が出なかった。
父さんには、覚悟があるのだ。
形だけの勇者ではない、『本物の勇者』なのだ。
――守るべきもののために、戦う。
その『覚悟』こそが、今の俺に不足しているのではないか、と思った。
思いかえせば俺は、頭の中で残響するもう一人の自分の声に、漠然と従っていただけではないか?
絶えず響く「強くなれ」の言葉に、惑わされていただけではないのか?
……自分の身を守るためという、言葉が頭に流れ込む。
ああ、そうだ。
ついさっき、父さんが言っていたじゃないか。
強さとは、『信頼』ではなく『覚悟』なのだと。
俺も腹をくくろう。
自分だけ守るためとかそんな余裕のないことを言っていないで、『みんなを守る』ことが出来るくらいに強くならなければ。
そこまで強くなって初めて、『大切な人を守る』と言えるのだ。
だから改めて、俺は誓った。
二度と、大切な人に哀しい顔をさせないことを。
◇◆◇
一週間が経った。
父さんの話を聞いて以来、俺はいつも以上に気合を入れて鍛錬に勤しんでいた。
そんな時だった。
「来客、ですか」
「ええ。私たちが魔物と戦っていたころの仲間が来るの」
どうやら、勇者パーティの面々が集結するらしい。
てか、さりげなく凄いこと言ってるぞあんた……。
後で聞いた話だが、父さんと母さんが二人で活動していたのは魔王を倒した後で、ちょっとした旅行のつもりだったそうだ。
ちょっとした、のレベルが違うのは、さすが勇者というところか。
「そこでエルに、お願いがあるんだけど……」
お、なんだ?
母さんの頼みとあらば、なんでも聞くぞ。
「その友達にも、お子さんがいるの。だから、その子と遊んでもらえないかな?」
「任せてください」
二つ返事で引き受けた。
母さんの役に立ちたいというのもあるが、たまには息抜きも大事だからな。
よし、全力で遊んでやる。
「ありがとう! じゃあエル、明日は頼むね!」
うんうん。いい笑顔だ。
やはり女性は、笑顔が一番似合う。
「坊ちゃま、鍛錬のお時間ですよ」
ユーミさんだ。
もうそんな時間か。
「今行きます!」
またも俺は、二つ返事で家を飛び出した。
◇◆◇
「はい。ではこれで、今日の鍛錬は終了です」
「ありがとうございました」
俺はここで、明日のことを思い出す。
……丁度よい機会なので、この際に報告することにした。
「ユーミさん」
「なんでしょう?」
「明日の鍛錬のことですが」
「ええ、分かっております」
あれ、いつの間に……。
いや、知っているのなら話は早いか。
「明日は旦那様と奥様のご友人が来られるのですよね」
「え、ええ」
「そして、坊ちゃまはそのご子息とお遊びになられると……」
「は、はい」
ユーミさんの表情が暗くなっていく。
「あ、あの。ユーミさん……?」
「……エル様」
「え?」
「今日から坊ちゃまのことは、エル様とお呼びします」
「は、はい。……はい?」
「これは私なりのけじめです」
け、けじめ?
それと名前呼びに、どんな関係が……?
「ユーミさんは今のままでも十分だと思うのですが……」
「い、いけませんエル様。これは私自身の問題なのです」
こんなに取り乱したユーミさんは初めて見た。
よっぽど深刻な問題なのだろう。
「あ、明日は思う存分楽しんでくださいませ……」
少しだけ見えたユーミさんの顔は、紅く染まっていた。