第六話 父の背中
五歳になった。
父さんが「ついにこの日が来た!」とかなんとか叫んでいるが、無視しておこう。
イケメンははしゃぐ姿も様になっているから憎らしい。
あの顔が遺伝してればと何度思ったことか、父さんは知らないだろうな。
いや、絶望するのはまだ早い。まだ成長途中だ。
しかもまだ五歳!
あらやだ奥様、お若いですわね!
やーねー、あなたの方が若いわよ!
またまたー、そんなこと言っちゃって!
アハハ! ウフフ!
……虚しい。
もう考えるのはよそう。
成長してからのお楽しみだ。
しかも俺、この世界で鏡見たことないし。
「エル! ちょっと庭に来てくれ!」
噂をすればなんとやら。
父さんからお呼びがかかった。
一体イケメンが俺に何の用なんだ。
外に出ると、父さんが剣を二本持って仁王立ちをしていた。
「あの、父さま。何をしていらっしゃるんですか」
「お、来たかエル! 実はな、実は!」
鼻息を荒くして近づいてくる父さん。
なんてことだ!
イケメンだから全く気持ち悪くない!
「おち、落ち着てください父さま!」
「む、ぐぅ……。すまない、エル」
正気を取り戻し、深く息をつく父さん。
「実は、お前が五歳になったから、剣の稽古をつけようと思うんだ」
どうやら父さんは、俺に剣術を叩き込みたいらしい。
だからあんなにはしゃいでいたのか。
「稽古、ですか」
「ああ。確かにエルは魔法を頑張っているが、それだけだと肉弾戦や魔法が使えない時に不利になるからな」
つまり、総合的に強くなれということか。
……魔法剣士、なってやろうじゃないか。
「父さま」
「っ、なんだ」
緊張するな。
やっぱり、覚悟がいる瞬間はこうなるのか。
一つ深呼吸をして。
「よろしくお願いします」
返事をした直後から、稽古が始まった。
ランニングに始まり、腹筋、腕立て伏せ、スクワット等の筋トレをみっちりと一時間。
生活魔法の回復で、ごまかしながら体を動かした。
そして木刀での素振り。
素振りでは、念入りに最短距離での討ちだしを叩き込まれた。
なるべく相手に隙を見せずに殺すためらしい。
「いいか、エル。こうやって手首をうまく使って、一瞬で相手を斬るんだ」
見せられた型の剣先は、気付いた時には俺の喉元に……。
「ユーク君! 何してるの!」
突きつけられる前に、母さんが飛び出してきた。
その表情は、酷い焦りに満ちている。
対する父さんは……。
け、剣先が震えてますぜ。
「エル、大丈夫? 怪我はない? ……ちょっとユーク君、どういうことよ!」
「ち、違うんだノア。これは」
「こっちへ来なさい!」
「う、うわあああああ」
家の中へ引きずられていく父さん。
この世界でも女性は怖いものである……。
「坊ちゃま、お気になさらず。気分転換に、魔法の鍛錬でもしましょうか」
いつの間にか隣にいたユーミさんに、満面の笑みを向けられる俺であった。
◇◆◇
「昨日は酷い目にあった……」
「大丈夫ですか? 父さまは悪くないです」
俺はやつれた父さんを慰めていた。
あの後、こってり絞られたらしい。
……ナニをとは言わないが。
二人目が出来るのも時間の問題だろう。
「じゃあ二日目、始めましょう」
「お、おう。何だエル、凄いやる気だな」
「当たり前でしょう。僕は強くなりたいのです」
そう。俺は強くなりたいのだ。
前世では、強さ=信頼だった。
この世界も、そうかもしれないから。
「……そうか。強くなりたいのか」
「はい」
「お前の覚悟は分かった。……手加減はしないからな」
ああ。そうでなくちゃ、強くなれない。
――――――。
――――。
――。
ランニング、筋トレ、ストレッチを順番に、入念に行う。
魔法で身体強化すれば早いのだが、それでは意味がない。
魔力が底を尽きれば動けなくなり、結局魔法に頼った戦い方に縛られてしまう。
また、基礎体力もつかず、自分のためにならない。
ならばここは、自分を徹底的に追い込んで、土台を作る他に選択肢はないのだ。
……だが、俺にはまだ基礎体力がない。
効果を調整した回復を使いながらの稽古。
ゆくゆくは、その必要がなくなる程の体力をつけていく、という算段だ。
「エル、木刀を持て」
「はい」
いよいよメインイベント、剣術の稽古である。
ここからは魔法を解禁する。
相手の立ち回り、太刀筋を見て、戦い方を理解するためだ。
そして、技術を盗むのだ。
「行くぞ、エル」
「いつでもどうぞ」
瞬間、父さんの姿が消える。
俺はそれを目で追わず、生活魔法の探知と感覚強化、筋力強化を同時に発動。攻撃に備え、受けの姿勢を固める。
ドガァッッッッ!!!!
衝撃波とともに放たれた背後からの一撃を、魔法を使いながら上手くいなす。
……否、弾き飛ばされた。
一撃が重い。
一瞬でも気を抜けば、確実にやられてしまうだろう。
ならば。
思いっきり真横に飛び、生活魔法の発光を発動する。
相手の視界を潰し、攻撃に転じるためだった。
しかし。
「まだまだだな、エル」
首に強い衝撃を受け、俺の意識は闇へと落ちた。
……目を覚ました時、俺は自室のベッドの上に寝ていた。
どうやら気を失っていたらしい。
手刀を受けたのだろうか。
力量差を痛感した。
「エル、大丈夫か?」
父さんが入ってきた。
表情が暗いのは、息子を叩きのめした罪悪感があるからだろうか。
「はい、おかげ様で」
「そ、そうか。……さっきはすまん、つい熱くなってしまった」
「あはは、大丈夫ですよ。逆に手加減された方が腹が立ちます」
案の定だった。
しかし、これをきっかけに力を抜かれても困るので、フォローをしておく。
「それに、勉強になりますからね。太刀筋に迷いがなくて、テクニックもすごいですし」
「そ、そうか。ははっ」
お、顔がにやけてきた。
もう一息か。
「もしも魔王がいるなら、父さまなら倒してしまいそうですね」
その瞬間、父さんはキョトンという表情をした。
な、なんだ。不味い言葉でも言ったか?
「魔王なら七年前に倒した」
……え?
「エルは知らないか。……父さんは昔、勇者と呼ばれていたんだ」
なんということだ。
……俺の父親は、勇者でした。
回復:疲労やちょっとした怪我を治すことができる。
探知 :目的の物の位置を漠然と捉えることが出来る。
感覚強化:五感を強化する。
筋力強化:筋力を強化し、疲れにくくする。
発光 :灯りをともす。