第零話 過去の過ち
閲覧注意です。
少し聞いてくれ。
俺が小学6年生になった春頃。俺のクラスではイジメが発生していた。
ガタイのいい少年二人が『プロレスごっこ』と称し、中性的な少女に暴力を振るっていたのだ。
分かりやすいように、少年たちをAとB、少女をCとしよう。
きっかけはほんの些細なことだった。
元々その三人は、宿題を見せ合う間柄だった。
……AとBに宿題を見せろと強要されていた、という方が正しいか。
ある日、Cはそれを拒んだ。
自分にけじめをつけるつもりだったのだろう。
しかし、それが裏目に出た。
その態度に逆ギレしたAとBが、Cを殴ったのだ。
たったそれだけの理由。
だが、そういうものなのだ。子供は。
理不尽な暴力を止める者はいなかった。
皆、AとBから交互にプロレス技をかけられるCを眺めるだけだった。
助けてくれ、と言わんばかりの眼差しを向けるCを。
「Cを助けると自分がやられる」とでも思っていたのだろうか。
誰も助けようとはしなかった。
……俺もそのうちの一人だったが。
俺は、日に日にうんざりしていった。
目の前で振るわれる暴力。
そして、それを止められない自分に。
だから、暴力が始まって一か月が経ったある日。
居ても立ってもいられなくなった俺は、とうとう行動に出た。
休み時間、AとBが、Cに近づく。
俺は素早く間に入り、言った。
「なあ、お前ら。他にやることあるだろ?」
「な、なんだよ浩太。邪魔すんなよ」
「いや、お前ら宿題出してないじゃん。このままだと先生に大目玉食らうぜ」
「う……」
しぶしぶといった感じで席に戻り、宿題を始めるAとB。
その様子を見て、俺は胸が軽くなった。だが足は震えていた。
「浩太君、その……。ありがと……」
Cにお礼を言われた。
すごく嬉しそうな表情だったのを覚えている。
それから俺は、Cを守るようになった。
休み時間になるとCに話しかけ、放課後は一緒に帰る。
休日も一緒に遊んだりしたし、とにかく毎日一緒にいるようにした。
「……浩太君。」
「なんだー?」
「どうして、僕なんかのそばにいてくれるの?」
「どうしてって、いちゃ悪いのかよ」
Cはまだ、俺を警戒しているようだった。
結構悲しかったが、一か月も暴力を止めなかった報いだと感じた。
「そういうわけじゃないけど……」
「ははは、だろうな。……好きだからかな?」
「えっ!?」
「冗談だよ」
「あー、びっくりした。……僕も好きだけどね」
「え? 今なんて?」
「なんでもない」
Cは、からかうと面白い反応をする。
だからといってからかい過ぎると怒ってしまうが。
山奥の神社なんかにも行った。祠を見つけて、秘密基地にしたりなんかもした。
そんな生活が続き、AとBは、Cに暴力を振るわなくなった。
正確に言うと、ターゲットを変えた。
俺に。
始めは肩パンだった。
それが徐々にエスカレートしていった。
二週間経つとヘッドロックはもちろん、関節技も日常茶飯事だった。
痛かった。
苦しかった。
抵抗しても全く歯が立たなかった。
だが、Cだってこの痛みを耐えてきたんだ、と自分に言い聞かせた。
幸い、イジメの標的にされてから一ヶ月で夏休みに入ったこともあり、なんとか耐えることができた。
俺はCに謝った。
「あんな痛くて辛いことを、すぐに止めてやれなかった。ごめん」
Cは快く許してくれた。
そして、夏休み。少しでも抵抗する力をつけたいとCを誘い、走った。
とにかく走った。
そして夏休みが明け、俺はまたプロレス技をかけられた。
だが、力を付けた俺は抵抗に成功した。
してしまった。
それを面白くないと思ったのだろう。
AとBは、片方は俺を後ろから固め、もう片方は俺の腹を殴ってきたのだ。
拳を握って。
正真正銘の暴力。
受けたことのない衝撃。
本能が、赤信号を示していた。
衝撃を受けるたびに、意識が遠のいていく。
気付いた時には、俺は保健室のベッドで寝ていた。
そばにはCの姿があった。
「……格好悪い姿みせちまったな、はは」
「……っ、違うよ! 格好良かったよ!」
心なしか、Cの表情が暗く見えた。
「あいつ、殴ることはないだろ。ちくしょう、吐き気がするぜ」
「うん……」
「ところでさ、もしこのまま俺が暴力振るわれ続けるとするじゃん?」
「……」
「そしたらお前さ、そのときも話し相手でいてくれるか?」
「……うん」
俺の問いかけに、Cははっきりしない返事をする。
……今思えば、そういうことだったのかもしれない。
それからしばらく経った日の放課後。
俺は無抵抗にも関わらず、プロレス技をかけられていた。
殴られるのが嫌だったからだ。
解放された後、いつも通りCのもとへ行く。
しかし、Cの様子がおかしい。
「……浩太君。もう話しかけないでください」
突如として発せられた一言。
数秒後、俺はその声の主がCであることを理解する。
「……は? え? 今、なんて?」
「もう話しかけるな、と言ったんです」
AとBが下卑た笑みを浮かべている。
理解したくなかった。
目の前にいる『親友』と言える少女の言葉を。
そして、裏切られた事実を。
俺は教室を飛び出した。
無我夢中で走った。何もかも忘れて、投げ出したい気分だった。
「関わらなければ! 関わらなければこんなことにならなかった!」
家の前まで来て、立ち止まった。
そして、泣いた。
「俺はこれから、何をしていけばいいんだよ……!」
その日から俺は、人を信じることができなくなった――。
頑張ります。