少年の過去
孤児、だなんて少し驚いた。タイミングもあって聞きそびれたが、詳しく聞くのもどうかと思う。
まあ、気が向けばその内話してくれるかも知れない。絵が描き上がるまではこの街にいるだろうし、正直、描き上がるまでは大変時間がかかりそうだ…
何故なら、それからもしばらく、デッサンしては色を置いて描き直す、というのを繰り返しているようだったから。
それにしても、俺…
彼女に惹かれているのかな…?
サーシャは来る日も来る日も橋の上で絵を描いている。
ふと思ったのだが、こいつちゃんと食べてるのだろうか?
そんな疑問が頭をよぎった
キャンバスに向かっているときは凄い集中していて、食べてる所をほとんど見たことがない。自分がたまに差し入れるカフェの余り物を食べるくらいだ。
ただでさえ小さいし…
それに孤児でホテル暮らしということだが、金銭的なことはどうなっているのだろうか?
…食費とか
その日の夕方、仕事終わってから橋の上で描き続ける彼女のところへ行ってみる--
「お前、ちゃんと食事とってるか?」
「な…なによ急に」
「食べてるわよ!…ちゃんと」
「ふーん…いつも何食べてるんだ?」
「ウトペネクとか、トラチェンカとか…あ、でもたまに持ってきてもらうアップルパイが一番好きかな!」
「…って、俺がたまに差し入れるカフェのものばっかりじゃないか!…やっぱりお前、ちゃんと食べてないな…!」
「あッ!………てへっ」
あまり食生活には気を使ってないらしい…
「作ってやるからメシくってけ」
サーシャはすぐに遠慮したが、
ぐぅぅ…
とお腹がなって観念したようだ。
「し、仕方ないわね!食べてあげるわよっ」
自分の住んでる家はカフェから少し離れた街の中腹らへんである。歩いて20分くらい。
「今日はなんだかいつもより優しいじゃない」
(おいおい…普段俺どんなやつなんだよ)
「ま、明日からちょっと3日くらい首都に行くからな」
「ふーん」
「サーシャのことが気になって、な」
自分がいない間の彼女の食生活が、あくまで食生活が、だ
何しにいくの?と聞かれて説明する。
目的は母親の墓参りだ。
父親は有名なヴァイオリニストでしょっちゅう各国を飛び回ってる。自分は、とある理由で父親から離れ、母の故郷であるこの街で暮らしている。
小さい頃は良く覚えていないが、両親とも仲が良かった。
引っ越しばかりで、父はたまにしか帰って来なかったが、母はいつも側にいてくれて、一緒に父が帰って来るのを楽しみにしていたのを覚えている。
自分が7歳の誕生日のとき、父からヴァイオリンを貰った。
嬉しかった。一生懸命練習した。一日中ヴァイオリンを弾いて過ごしていた。
そんなある日、俺は、事故に遭った
母と2人で買い物に出掛けたとき、自動車事故に遭った。
2人とも無事で、命に別状はなかった
が、自分はその時、左手の健を切ってしまった--
それ以来、自分はヴァイオリンを弾かなくなった。
父は一層仕事が忙しくなり、母は責任を感じたのか、前よりも側にいるようになった。
父が仕事から戻らなくなり、母が、自分の見てないところで泣いているのを何度も見た。父は父で仕事で気を紛らわしていたのだろう。
父は、ひょっとしたらそんな自分を恥じていたのかもしれない
ある日、母と俺に2人でしばらくこの街(母の故郷)で暮らすようはからった。
家族としてそうした時間が必要だったのかもしれない
そして今から二年前、母は亡くなった。もともと体が丈夫じゃなかったし、風邪であっさり亡くなってしまった
俺も父も悲しんだ。父は戻ってくるよう言ったが、有名なヴァイオリニストの父のもとにヴァイオリンを弾けなくなった自分の居場所はないように思えた。
幸い自分も17歳になっていたし、母の思い出のある故郷で暮らしていくことにした。
それでも父のことは愛しているし、多分、父もそうだろう。
自分がこの街で暮らすことも反対はしなかった。
ただ、母の墓だけは自分の仕事の中心地である首都においてほしい、と頼まれた。
俺は了解した。