筆の色
その日はカフェの仕事は休みで、昼から橋でキャンバスに向かい続けているサーシャに、差し入れがてら様子を見に行くことにした。
展覧会も近いから、あまり邪魔にならないようすぐ帰るつもりだ。
「調子はどう?」
「あっ、ジャン。うーん…やっぱりだめね。感覚的なものだけど、いつも色を置いて行くところで考えちゃって…」
「結局やり直し…ちゃうんだ」
差し入れたパンとハム野菜、チーズを食べて一休み入れると、
「じゃあ帰るわ。展覧会も近いみたいだし、邪魔しちゃ悪いからな」
「うん、ご馳走さま。いつもありがと」
サーシャに背中を向け、歩き出そうとしたとき、ふいに彼女が、
「あっ、ごめん、帰る前にその白い筆取って」
見ると、似たような、それでいて様々な筆先の筆が何本も置いてある。
俺は軽い気持ちでちょっとイタズラしてやろうと思い、白い筆によく似た薄い茶色の筆を渡した。
よくみると筆先には全然違う色がついている
どんな返しがくるのだろう…(ワクワク)と、そんな気持ちだった。
しかし--
彼女はありがとうと言ってキャンバスに色を置き始めた。
どうみてもその色はキャンバスのその場所にはそぐわなかった。
「…?」
(そう言えばサーシャは色に関してあやふやなことがいくつか…)
腑に落ちない
その時、頭の中で、何かがつながった
「っ!サーシャ!お前ひょっとして色が…」
「色が見えてないんじゃないか!?」
刹那、彼女の体がびくりと震えた。
「や、やだな。そんなことないよ」
「じゃあ俺の着ている上着の色は!?」
「………」
「…やっぱり見えてないんだな」
「……」
「なんで!?いつからだ!?」
いつの間にか彼女の細い両肩をつかんで揺すっていた。
彼女は消え入りそうな声で
「ばれちゃったか」
「こわかった…怖かったの…」
「わたしの見ている世界から色がなくなっていく、のが…」
肩が震えている。いつの間にか彼女の青い瞳からは大粒の涙が溢れていた。
しばらく、サーシャは泣き続けた。顔をクシャクシャにして---




