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器用貧乏と上下関係

 


 ピチョン、ピチョン。


 ずぶ濡れになったハルトとヴィレッタの髪から、水滴が滴り落ちる。


「まったく、貴重なマジックアイテムを使わせてくれて」


 アフェクの手には、青いワンドが握られていた。ちなみに、この手のマジックアイテムは魔法の適性が無くても使えるのが特長だ。ただし、回数制限がある。


「何するんだい、アフェク!」


 いきり立ったヴィレッタが、噛みつかんばかりにアフェクに詰め寄った。


「落ち着けよ、ヴィレッタ。本気でやってどうする。俺たちは、殺し合いをしに来たわけじゃないだろう」


 だが、冷静にアフェクに諭されて、落ち着かざるをえなかった。

 しかし、それはヴィレッタだからだ。ハルトは無言でプルプルしている。


「あ、あのハルトさん?」


 モームがハルトを気遣うが、返事は無い。クリスはそろり、そろりと後ずさっている。


「アッタマきた」


 小さくぼそりとハルトが呟いたが、アフェクたちは気づかなかった。


「あ、やばい」


 唯一気がついたクリスは、脱兎の如く逃げ出した。


「理を超えし力よ、我が内なる魔力を糧に迸る稲妻を放て〝雷放〟」


 据わった目をしたハルトが魔法を発動する。発動した魔法は、ハルトが好んで武器に刻印する〝雷放〟。この魔法は、熟練度が低い内に習得出来る魔法の中では高い威力を持つ。ただ、無差別に稲妻を放出する為使い勝手は悪い。ハルトは武器に刻印することで、刀身を用いてある程度、放出方向を限定していたのだが、普通に発動すれば


 バリバリ!


「うおっ!?」

「くぅっ!」

「ああっ!?」


 当然、無差別に周りの者を襲う。アフェクとヴィレッタと獣人は、為す術無く稲妻に飲み込まれた。

 鍛えまくったハルトの〝雷放〟は、一般のそれとは威力も規模も違い過ぎて、辺りの空間を舐めるように覆い尽した。結果


「モーーー!!」


 しっかりとモームも巻き込まれた。

 モームは、体中からプスプスと煙を出しながら黒焦げになった。髪型はギャグみたいにアフロになっている。

 無事だったのは、危険を感じて安全圏まで逃げたクリスだけだ。


「ぐ、いてて……」


 アフェクもボロボロになっているが、意外と元気そうである。ハルトは訝しんで、眉を寄せる。


「行動不能になるくらいの威力は出したつもりだったんだけどな」

「なに、ダメージを軽減してくるマジックアイテムを持っていただけさ」


 そう言って、アフェクが懐から取り出したタリスマンは、寿命を迎えたかのように砕け散った。


「なるほどね。なら、次は軽減出来ないほどの威力の魔法を使うまでだ」

「……やってくれるじゃないか」


 ハルトが右腕をかざすと、ヨロヨロとヴィレッタが立ち上がった。


「アフェクは、やらせないよ……」


 アフェクを庇うように前に立ち、ハルトと睨み合う。


「理を超えし力よ」


 ハルトが、詠唱を開始した直後。


「モー、やめて!」


 モームの拳が、ハルトの脳天に突き刺さった。


「かぺっ」


 思いっきり舌を噛んだハルトは、詠唱を中断して悶える。


「ぐ、おおお!? な、なにすんだ!」

「これ以上やられたら、私が死んじゃいます!」

「む」


 どこぞの両生類型宇宙人のように、黒焦げでアフロヘアーなモームを見て、ハルトは少し冷静になった。


「避けないお前が悪いんだ。このサーロインが」

「モアッ!?」


 ただし、自分の非は認めなかったが。


「いきなり魔法をぶっ放すハルトさんが悪いんですよ!」

「うるせえ駄牛」

「クリスさ~ん、ハルトさんが酷いんですぅー」


 結局モームは、ベソかいてクリスの方に駆けていった。


「お前を見捨てて逃げたクリスは酷くないのか」


 ハルトのツッコミは、駆け出したモームの耳には届かない。


「ぷっ、ははは、はははは!!」


 突然の笑い声に振り返ると、アフェクが爆笑していた。それはもう、腹を抱えて大笑いだ。


「お前たち、やっぱ面白いわ!」


 ひとしきり笑ったアフェクは息を整えると、真面目な顔をして話しだす。


「参った。降参だ。俺の話を聞いてくれ」


 ハルトは、視線で続きを促した。


「俺は、同志を探してたんだ」

「同志?」

「ああ。俺は、獣人が大好きなんだ」


 突然のケモナー宣言に、はぁ? となるハルト。


「だが、帝国でも王国でも獣人、亜人というだけで虐げられる」


 心当たりがあり過ぎた。クリスの記憶を見た時に、その手の記憶は腐るほど見ている。


「おかしいとは思わないか? 間違っているとは思わないか?」


 クリスと出会い、モームと出会い、亜人も獣人も人間と変わらないことをハルトは知っている。


「俺と一緒に虐げられている獣人や亜人たちを助けないか?」


 なるほど、確かにハルトは、クリスやモームを凄く大切にしている。モームは結構酷い目にも会っている気がしないでもないが、先程のように奴隷が主人に手を上げるなど、普通ではありえない。親密な関係を築いているからこそ出来ることだろう。


 アフェクの言う見極めていたとは、ハルトが獣人や亜人を大切にしているかどうかだった。モームを拾ったのを見ていたアフェクは、ハルトが自分と同類ではないかと考えてこっそり監視していたのだ。ダンジョンにこそ連れて行っていたが、衣食住完備の待遇は常識的に考えれば破格である。それは、それだけ大切にしているということだ。故に、アフェクは行動を起こしたのだ。ハルトならば、同志足りうると思って。


 返事を待つアフェクに、ハルトはニコリと笑って


「だが、断る」


 アフェクの予想外の言葉を口にした。


「この俺が最も好きな事の一つは、自分が絶対的有利にあると思っているヒューマンにNOと断ってやる事だ!」


 更に続けられたハルトの傍若無人な言葉に、アフェクたちは凍り付いた。


「それは使いまわしの使いまわしだろう」


 ハルトの記憶を見たがゆえに、ツッコミを入れるクリスにハルトは一言。


「スタ〇ドは出せないから大丈夫」


 そういう問題? と思ったが面倒くさくなって、クリスはツッコまなかった。


「ちょっと待ってくれ! 別に俺は絶対的有利にあるなんて思ってな…」

「そんなことは、どうでもいいんだ」


 アフェクの説得を遮ったハルトは、剣を振り上げた。


「流石に致命的に人体が損傷すれば、いくらダメージを軽減しても死ぬだろ」

「させないよ!」


 咄嗟にヴィレッタが斬り掛かろうとしたが、それはハルトが許さない。


 突如地面から無数の鎖が伸びて、ヴィレッタの動きを封じた。ハルトが無詠唱で発動した〝土鎖〟だ。

 〝土鎖〟は土で出来た鎖で相手を縛り、相手の動きを封じる魔法だ。ちなみに〝炎鎖〟なら炎の鎖、〝水鎖〟なら水の鎖になる。


 無詠唱であれば、魔法の威力は大きく落ちる。今回の場合は、鎖の強度が落ちる。これは、ハルトとて変わらない。この程度であれば、ヴィレッタは即座に引き千切って、アフェクを助けられる筈だった。


「なっ!?」


 更に〝土鎖〟が出現して、ヴィレッタを拘束しなければ。

 ヴィレッタの動きが止まる。いくらヴィレッタでも、この量を即座に引き千切るのは無理だ。

 しかし、ハルトが追加で魔法を発動した様子は無い。では誰が? とヴィレッタは訝しんだが、すぐに気がついた。ハルト以外に無詠唱で魔法を発動出来る者など一人しか、この場にいない。


「お前か、エルフ!」


 魔法はエルフの代名詞。大器晩成なクリスが、無詠唱を使えない訳がない。


「アフェク、逃げな!」


 これで、ヴィレッタはアフェクを助けられない。ヴィレッタの美しい顔が焦燥で歪む。


 ハルトが、剣を振り下ろした。

 戦闘能力の無いアフェクは、ハルトの攻撃を避けられないし防げない。アフェクは死ぬ。


 連れていた獣人が庇わなければ、本当に死んでいるところだった。

 剣は、ハルトの前に身を晒した獣人の目と鼻の先で止まっていた。


「お前、狼人族か」


 ハルトを睨む獣人は、さっきまで顔を隠していたフードが脱げて素顔を晒していた。犬耳が可愛らしい狼人族の美少女だ。


「ダーリンは殺させない」


 一瞬、ハルトは思わずツッコもうかと思ったが、空気を読んで流した。


「たとえ、自分が死んでも?」


 ハルトが、剣の切っ先を突き付けて問うが、狼人族の少女は鋭い眼差しでハルトを睨み付けたままだ。


「じゃあ、しょうがない」


 再び、ハルトが剣を振り上げる。


「待て、待ってくれ! 俺のことはいい、逃げろリーア!」


 アフェクは狼人族の美少女、リーアを逃がそうとするが、リーアは頑として動かない。


 ハルトは、剣を振り下ろそうとして止めた。


「え?」


 驚いて目を見開くアフェクたち。


「合格だ」


 剣を下ろしたハルトは、ご満悦そうにクリスとモームを手招きする。


「私たちを試したの!?」


 リーアが、ハルトの真意に気づいて怒鳴る。

 ハルトは、お前たちもやったじゃないかとどこ吹く風といった様子だ。


「じゃあ、俺たちと手を組んでもらえるのか?」

「正確には違うな。お前たちが俺の下につくんだ」

「なっ!?」


 てっきり仲間になってもらえると思っていたアフェクは、ハルトの言葉に開いた口が塞がらない。


「というか、これ決定事項な。お前たちに拒否権は無いから」


 この時の楽しそうに語るハルトの顔は、それはそれはとても邪悪そうな顔だったそうだ。



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