器用貧乏のパワーレベリング3
祝500万PV突破!
いつの間にか投稿を始めて一年が過ぎていました。これからも精一杯頑張ります。
あと本日1巻の発売日となっております。興味がおありの方は是非買って下さい。買って下さると私が喜び庭駆け回ります。
ハルトは、泣いて嫌がるモームを無理矢理ダンジョンに連れてきた。
ダンジョンの入り口まで連れて来られたモームは、渋々装備を身に着けていく。この数日でステータスが大きく上昇したモームは、最初のみすぼらしい革鎧から要所要所を金属で補強された鎧に変更していた。ゆくゆくは全身に金属防具を装備させたいとハルトは思っている。武器も全金属製の斧に変更されているし、盾も大型のラウンドシールドだ。
「ほ、本当に行くんですか?」
モームが往生際悪く、涙目でハルトに問うが、ハルトは
「今日は忙しいんだ。さっさと行け」
とにべもない。
嫌だ嫌だと言ってはいるが、いざダンジョンに入れば、モームはそこそこ強いのでどんどん階層を登っていく。まあ、ここ数日は死にかけるまで戦って回復。そして、また死にかけるまで戦うの繰り返しだったのだ。そりゃ多少は強くなるだろう。
手間取りはしたが、無事に十層に到達した。
このダンジョンはボスを除けば初心者向けなので、モーム一人でも回復する手段さえあれば十層まで到達することは可能だ。回復については、回復魔法も器用貧乏なハルトがいるので問題無い。完璧に治してくれる。
「あ、あのご主人様」
ボス部屋の前で小休止を終えて、いよいよ入ろうとしたところでモームがハルトに遠慮がちに話しかけた。
「本当に、ほんとーに私一人で戦うんですか?」
どうやら、戦うこと自体は諦めたようだが、一人で戦うのは断固阻止したいようだ。
「私、武器屋で聞きましたよ。このダンジョンは、初心者でも比較的簡単に十層まで来れるそうです。でも、殆どのパーティーはそこで満足して帰るけど、一部の調子に乗ったパーティーがボスに挑んで全滅するとか」
「へー、そうなんだ」
「どう見ても私の未来じゃないですか! 戦わないとは言いません。せめて手伝って下さい……」
モームがハルトに縋り付いて懇願する。普通は奴隷が主に戦うの手伝ってくれとは言わないのだが、ここ数日でモームも大分ハルトに慣れたらしい。
対するハルトも、別にモームが憎くて一人でボスと戦わせているわけではない。まあ、傍から見れば虐待にしか見えないが。
「モーム。これはお前が強くなるために、どうしても必要なことなんだ」
「ご主人様……」
「安心しろ。死なせはしない。本当に危なくなったらフォローしてやる」
「はい」
そう。この戦いはどうしても必要だった。ハルトが見た仮定成長鑑定では、この戦いは避けては通れないのだ。モームを強くするためには。
ギギィー
モームが扉を軋ませながら、ボス部屋に入っていく。ハルトとクリスもそれに続いた。
ボス部屋の中は、壁から露出した石が所々発光しているので、そこそこ明るい。部屋を見渡していたハルトたちの視界に蠢く影が映る。
それは大きく、身長は二メートルを超えているだろう。
「あ、あれが」
モームが慄いた。
このダンジョンの名前はゴブリンの塔。出てくる魔物は全てゴブリンなのだ、当然ボスもゴブリンである。
「ああ、ホブゴブリンだ」
ホブゴブリンとはノーマルなゴブリンの亜種とされており、強さはゴブリンリーダーよりも下だが、普通のゴブリンとは隔絶した力を持つ。
ちなみにゴブリンの強さは上からゴブリンキング、ゴブリンリーダー、ホブゴブリン、その他の順になっている。まあ、これはおおよそなのであまりあてにならないのだが。
「ゴ、グ」
侵入者に気がついたホブゴブリンが、ハルトたちの方を向いた。
(情報通りだな)
ホブゴブリンを一通り観察したハルトは、密かに胸を撫で下ろした。
事前に仕入れた情報では、ホブゴブリンは濃い緑色の体で防具は無く、武器は木の棍棒。更に取り巻きはおらず、ホブゴブリン単独だ。
そもそも、ホブゴブリンが単独で碌な防具も着けず、魔法も使わないからハルトはこのダンジョンを選んだのだ。なぜなら、モームが単独で勝てる可能性があるからだ。
いくらモームの成長に必要だとはいえ、ハルトも内心はハラハラしている。なんのかんの言ってもハルトは自分の奴隷には甘いのだ。
「い、行きます!」
ガチガチに緊張したモームが一歩踏み出した。
一緒に行ってあげたくても出来ないハルトは
「ちゃんと見ているから。安心して行ってこい」
と精一杯の言葉を掛けた。
ハルトの言葉を聞いたモームは肩の力を抜くと、しっかりとした足取りで歩き出す。
ホブゴブリンとの距離を半分程埋めると、ホブゴブリンが雄叫びを上げて猛然とモームに向かって走り出した。
モームはどっしりと重心を落として、盾を前に突き出す。
ドゴン!
ホブゴブリンの棍棒が、モームの盾に叩き付けられた。
「くぅぅ!」
盾ごしでも凄まじい衝撃だったが、モームは踏ん張って何とか耐えた。
「わああー!」
お返しとばかりに斧を振るう。
ホブゴブリンはまさか耐えられるとは思っていなかったようで、棒立ちだったので避けられずに左足にクリーンヒットした。
「ゴアァッ!」
ホブゴブリンがよろけてたたら踏む。
モームは追撃したい気持ちを抑えて、盾を構え直した。
モームの脳裏に、ここ数日ハルトに何度も言われた言葉が蘇る。
「いいか? お前の強みはVITの高さだ。戦う時は常に防御を意識しろ。無闇矢鱈と攻撃するな。防御で相手の体勢を崩してから攻撃するんだ」
耳に胼胝ができるほど言われていたので、最早体に覚えさせられて条件反射で行うようになってしまった。そのお陰で命拾いした。
ホブゴブリンが、体勢が崩れたまま強引に棍棒を振るってきたのだ。もし追撃していたらカウンターをもらっていただろう。
わざわざ受けるまでもないので、棍棒を躱したモームは、無理に棍棒を振るって更に体勢を崩したホブゴブリンに斧を振り下ろした。
両手斧AS『バーチカルブレイク』
アッシュグレイに輝いた斧が、ホブゴブリンの左肩にめり込む。
「グギャァァー!」
痛みで錯乱したホブゴブリンが、矢鱈滅多ら棍棒を振り回した。
ハルトの教えを忠実に守るモームは、ホブゴブリンから少し距離を取ると落ち着いて息を整えながら大人しくなるのを待った。
「よし、落ち着いているな」
モームの戦いぶりを見ていたハルトは、詰めていた息を吐きだした。
「ハルは意外と過保護よね」
モームの戦闘をハラハラしながら見ているハルトを見て、クリスは苦笑いしている。
裏切られて、一度死んで、世界を呪って性格が歪んだ。しかし、生来の性格ゆえか、歪み切れなかったハルトは優しさを残している。その優しさがクリスとモームを救ったのだ。
「まあ、そこがいいんだけど」
「うっさい」
ハルトは片時もモームから目を離さなかったが、頬が赤くなっている。照れているのだ。
「ふぅー」
ハルトとクリスがイチャついている間も、モームは集中力を切らさずにホブゴブリンと対峙していた。丁度暴れていたホブゴブリンが大人しくなったところだ。
「ゴブァッ!」
どうやら左腕が動かないようで、プランと垂れているが、元々棍棒は片手で振るっていたので戦闘に支障は無いようだ。
間合いを詰めたホブゴブリンが棍棒を振り上げると、棍棒が赤く輝いた。
戦棍AS『シングルバッシュ』
猛烈な勢いで振るわれた棍棒がモームに迫る。
これが人型の魔物が厄介だとされている理由だ。人型の魔物はASが使える。これは厄介極まりない。ホブゴブリンのただでさえ強力な攻撃が、さらに強力になってしまうのだから。
モームはキッ!と眦を吊り上げると、盾で棍棒を防ごうとする。
しかし、いくらVIT特化のモームでも、これを無傷で受け止めるのは厳しい。普通に防ぐのならば。
盾AS『シールドバリィ』
銀色に輝いた盾が、棍棒を弾いた。
必殺の一撃を防がれたホブゴブリンは大きく体勢を崩す。そこにモームの渾身の一撃が迫る。
「はあぁぁーー!」
両手斧AS『ホリゾンタルブレイク』
パール・グレイに輝いた両手斧が、ホブゴブリンの左太腿にめり込んだ。
ホブゴブリンは絶叫を上げて、モームを叩き潰そうとするがモームは素早く距離を取った。
ホブゴブリンはすぐに追いかけようとするが、左足のダメージが大きく、足を引きずるように移動しているので歩みは遅い。
この状況ならば、すぐに追撃をしたいところだが、モームは動けなかった。先程ASを弾いた時に左腕を痛めたのだ。攻撃こそ弾いたものの、衝撃には耐えきれなかったようで、折れてはいないがひびが入っている。『ホリゾンタルブレイク』は根性で耐えたが、もう左腕に力が入らない。
「くっ、うぅぅ」
痛みに耐えていると、急に痛みが和らぎだした。
「理を超えし力よ、我が内なる魔力を糧に、天上の癒しを〝天癒〟」
ハルトの回復魔法だ。モームが怪我をしたと見て、泡食って放ったのだ。
その様子を横で見ているクリスは若干呆れている。顔に過保護ねーと書いてある。
モームはチラリと一瞬だけハルトを見ると、すぐに視線をホブゴブリンに戻した。
「よーし」
ホブゴブリンは相変わらず左足を引きずっている。そこに目を付けたモームは、ホブゴブリンの周りを円を書くように走る。ホブゴブリンの動きは鈍く、動き回るモームを捉えられない。
細かく動いてホブゴブリンの後ろを取ったモームは、駆け抜けざまに右足に両手斧をぶち噛ます。左腕は完璧に治ったようで、動きにキレが戻った。
「グッ、ガアァ!」
その後も、モームは足を集中して攻撃していく。両足に甚大なダメージを負ったホブゴブリンは、膝を着いて倒れ込んだ。
「止めですー!」
モームのこれで最後と言わんばかりに気迫のこもった『バーチカルブレイク』が、ホブゴブリンの右肩にめり込む。ホブゴブリンは棍棒を落とした。その瞬間、モームの張りつめていた緊張の糸が僅かに緩んでしまった。
「ゴアァ!」
ホブゴブリンのモームの攻撃を受けて、今までプラプラしているだけだった左腕が唐突に動き、モームの両手斧を弾き飛ばした。
「あっ!」
モームは両手斧を拾いに行こうとしたが、ホブゴブリンが殴り掛かってきた為行けなかった。
ホブゴブリンが最後の足掻きとばかりに、猛烈なラッシュを掛ける。四肢の傷から血が噴き出すがおかまいなしだ。ホブゴブリンも必死なのだ。
両手斧を弾き飛ばされた動揺もあって、モームは何発かまともにもらって吹き飛んだ。地面を転がるが、素早く起き上がった。目はまだ死んでいない。
後ろの方でハルトが慌てて、クリスに嗜められている。
ホブゴブリンが動かない足を引きずって、再びモームに殴り掛かる。
モームは大振りのパンチを躱すと、お返しとばかりに殴り掛かった。盾で。
ゴッ!
鈍い音がして、ホブゴブリンがよろける。カウンター気味に決まったので、大分効いたのだ。
猛攻が止まったので、モームは連続して盾で殴る。本来防具である筈の盾だが、様になっている。まあ、一応武器系統のスキルに分類されているのでおかしくはない、こともない、かもしれない。
途中からホブゴブリンも殴り返し始めて、壮絶な殴り合いになった。両者共にボロボロで、判定までもつれ込んだボクサーのような顔になっている。モームの可愛い顔が見る影も無い。
「モーー!!」
牛のような雄叫びとともに、モームが大きく振りかぶった盾を叩き付けた。
盾AS『シールドバッシュ』
モーブに輝いた盾で殴り飛ばされたホブゴブリンは、仰向けに倒れると細かな粒子になって消えた。
「モームよくやったな!」
戦闘が終わると、すぐさまハルトが駆けつけて来た。
「……」
「モーム?」
しかし、モームは黙って俯いている。プルプルと震えているので、ハルトがどうしたのかと訝しんでいると、ガバッと急に顔を上げて
「ひ~~ん! 痛いです~~!!」
と叫んだ。
さっきまでの凛々しい姿が台無しである。




