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器用貧乏と酒場

モームの能力について楽しみにしていた人がいたらごめんなさい。それは次回になります。

 


 高笑いが収まったハルトは、クリスとモームに留守番を言いつけると外に出た。


 二人には遅くなるので、夕飯は二人で食べるように言い含める。一昔前(ハルトの体感では二年経っているが、現実では二か月なので一昔前かと言われれば微妙)のクリスなら遠慮して碌な物を食べなかっただろうが、現在のクリスはハルトと対等な関係を築いているので大丈夫であろう。モームについてはクリスが何とかするだろう。


 ついさっきあんなに大量に食べたじゃないかと言ってはいけない。あれは遅めのお昼ご飯だったのだ。だから、夕飯を食べるのは何もおかしくない。例え、お店の材料が枯渇するほどお昼ご飯を食べたとしてもだ。


 外に出たハルトは酒場に向かっていた。

 なぜ、そんなことはしているのかというと、一人で飲みたい気分なんだ、なんてことではなくイウザについて調べるためだ。そもそも、ハルトは地球では未成年であり、酒を飲む習慣は無い。異世界であるウエイストは異世界あるあるの多分に漏れず、成人年齢は日本より低い十六歳だし、飲酒可能なのも十六歳からだ。ただし、飲酒については十六歳からが好ましいというだけで、特に破っても罰則は無い。


 酒場に到着したハルトはカウンターに座った。

 イウザの情報を集めるのに酒場を選んだ理由は、情報と言えば酒場のマスターだよね! というハルトのイメージがあったからだ。あながち間違ってはいないが、漫画の読み過ぎとも言える。


「いらしゃいませ」

「マスターのおすすめの酒を」


 元々酒に詳しくないところに、異世界の酒なんてまぁーったく知らないので、ハルトはマスターに丸投げした。これぞ本当のマスターチョイス。どっかの天パも見習った方が良い。

 マスターがハルトの前に置いたのは琥珀色の液体が入ったグラス。

 匂いを嗅いでみると、ウイスキーに近い香りがした。色といい、匂いといい恐らくはウエイスト版のウイスキーなのだろう。


 ハルトは躊躇なく酒を呷る。その様子は、とても初めて酒を飲んだようには見えない。実のところ、ハルトは飲酒経験がある。まあ別に常飲しているわけではなく、家で父親の晩酌にたまに付き合う程度だ。家の外で飲んだことは流石に無い。ちなみにハルトは父親の体質を受け継いだのかザルであり、いくら飲んでも泥酔しない。


「うま」


 異世界の酒は、日本のものよりも芳醇な味わいだった。まあ、ハルトが安酒しか飲んだことがない可能性はあるが。


「あんた中々味がわかるな」


 同じくカウンターに座っていた男がハルトに話しかけた。

 男は金髪の紳士で、年齢は三十代後半くらいだろうか。とても大人の魅力に満ち溢れている。


「でも何かぎこちないな。こういう店は初めてか?」

「ええ、まあ」


 男からは特に悪意の類は感じないので、ハルトは訝しがりながらも答える。


「おっと、自己紹介がまだだったな。俺はアフェクだ」

「ハルトです」

「じゃあハルト。お前は酒を飲みに来たんじゃないだろう。……何か情報でも探しに来たか?」

「……どうしてわかったんですか?」


 警戒しているハルトにアフェクは苦笑しながら


「明らかに酒場に慣れていないし、こんなところに来るにはいささか若いしな」


 ハルトが入ったお店は場末の小汚い店とは違い、お洒落な内装をしており高級店だ。確かにハルトのような若造が入るには不釣り合いかもしれない。


「なるほど」

「それに、昼間にイウザと揉めていただろう。イウザの情報を求めて来たと考えるのが自然だ」

「見てたんですか」


 どうやら、アフェクはハルトの目的が最初からわかっていたようだ。イウザとのいざこざを見られていたとなると違うとは言えない。


「まあ、偶々だがな。あと、別に敬語は使わなくていいぞ」

「え?」

「俺もイウザが嫌いでな。今日は見ていてスッキリした。だからという訳ではないがな。出来ればため口にして欲しい」

「まあ、そういうことなら遠慮なく」


 なんだかよくわからないが、別に敬語が得意でもないハルトはこれ幸いと敬語を辞めた。


「お前は俺と同じ趣味かもしれないからな」


 このアフェクの呟きは小さすぎてハルトの耳には届かなかった。





 ところ変わって、こちらは宿に残されたクリスとモーム。

 置いてきぼりを食らった二人は、とりあえず部屋で大人しくしていた。

 ハルトは詳しい説明を何もしておらず、二人から見れば高笑いしていたハルトがいきなり外出していったようにしか見えない。まるっきり変質者か変態の所業である。


「何なのいったい?」


 クリスは何やってんだろう?で済むが、モームからすれば自分のステータスを見た後でハルトが豹変したのだ。不安にしかならない。

 カタカタと震えるモームにクリスは


「気にしない、気にしない。ハルの考えていることなんてよくわからないし」


 と肩を竦めておどけてみせる。

 モームは、はぁ、とイマイチ理解していないようだったが、クリス自身も慣れるまで時間が掛かったので仕方ないかと強くは言わなかった。


「あ、あのご主人様ってどんな人なんですか?」

「うーん」


 モームの疑問にクリスは返答を窮した。一番簡単な説明は化け物です。と言うことなのだが、当然そんなこと言える筈もない。実はクリスはハルトが異世界から来たことを知っている。ダンジョンを攻略した後にハルトがクリスの記憶を見たのと同様にクリスもハルトの記憶を見ているからだ。ちなみにちゃんとハルトにそのことは伝えてある。ハルトからは絶対に他言してはならないと言われているので、これも言えない。さて、何と答えればいいものか。





 そんな会話がされているとはつゆとも知らず、ハルトは呑気に酒を飲んでいた。

 どうやらアフェクは相当イウザのことが嫌いなようで、悪口にかこつけて情報を垂れ流している。

 ハルトは適当に相づちを打ちながら、聞き役に徹しているが、どうもアフェクはわざと情報を流している節があるので油断は出来なかった。


 これまでの会話で判明したことは、イウザが帝国の有力貴族の三男であること。七光り全開で権力を笠に着るので、一般市民からの評判は悪いこと。エントに屋敷を持っていること等だ。


「まあ、イウザに限った話じゃなくて、帝国貴族はどいつもこいつも欲に目が眩んでやがる」


 アフェクはまるで見てきたかのように語るが、ハルトは深くは聞かない。


「それはどこの国でも大なり小なりあるだろ」

「それはそうだが、近隣国では帝国が圧勝だろう。なんせ人間至上主義で自国至上主義。帝国の人間以外は下等生物だと思っているような国だからな」

「それは、何ともまあ」


 ハルトは呆れかえる。よくそんな国が他国と戦争しないなとハルトは思ったが、実際はその戦争に対抗するために王国に召喚されたわけだが、まだこの時は知るよしもない。


「お前は他国の人間だろう? 気をつけろよ、下級の市民は差別なんてしないだろうが、ある程度豊かだと市民ですら差別意識に憑りつかれているからな」

「ああ」


 ハルトは明らかに金を持っていて、差別意識に憑りつかれていないお前は何者なんだとアフェクに問いただしたかったが、厄介事の予感しかしなかったのでやめた。


 話を終えたアフェクは酒場から出て行った。去り際にまた会おうと言われたが、正直な話嫌な予感しかしないので、結構ですと言いたかったハルトであった。


 アフェクが店を出た後、マスターに確認したところアフェクの話は全て本当らしいので、マスターにお金を払ってハルトも店を出た。




 店を出たハルトは人気のない路地裏に入る。路地裏に入ったハルトは黒い服に着替えた。

 そして、何事も無かったかのように路地裏から出て歩き出す。ハルトが目指しているのはイウザの屋敷だ。

 しばらく人目を避けて歩いていると、辺りの建物が高級な作りに変わっていった。そのまま歩いていると、大きな屋敷が見えてくる。イウザの屋敷だ。


「ここか」


 ハルトは離れたところから、屋敷を観察する。屋敷は高い塀に囲まれており、門には門番がいる。

 ハルトがイウザの屋敷を訪れたのは復讐するためだ。有言実行なハルトはやるといったらやるのだが、本日の目的は偵察だ。先程イウザの情報をもらったばかりだ。アフェクが証言するとは思えないが警戒はするべきだろう。


 本来ならば正門から堂々と乗り込んで屋敷を灰燼に帰すのも造作ない程の力を持っているが、ハルトは偵察、偵察と自分に言い聞かせて屋敷から適度に離れた建物に登った。

 地球にいたころはそんな芸当とても出来なかっただろうが、現在のハルトには児戯に等しい。


 背の高い建物を選んだため、屋敷を一望することができた。

 屋敷の庭には見張りはいなかった。恐らく門番だけで十分だと思っているのだろう。なぜ夜に離れたところから詳細にそんなことがわかるのかと言うと、レベルが上がると身体機能が強化されるので視力も強化される。さらに索敵スキルのスキルMod〔夜目〕と〔視力ボーナス〕によってハルトにとっては昼間同然に見えているからだ。


 確認を終えたハルトは建物から降りると隠蔽スキルを発動させた。

 現在ハルトのレベルは60。スキルの熟練度は702。これが二年間の修行の成果だ。レベルはまだしも熟練度はたった二年でここまで上がるはずがない。普通は。

 普通じゃないハルトは器用貧乏の称号の効果でどのスキルを鍛えようが、同時に全てのスキルが鍛えられるので成長速度が桁違いなのだ。


 隠蔽スキルで姿を隠したハルトは、屋敷の塀に近づいた。塀にはなんのとっかかりも無く常人には登攀(とうはん)不可能だが、そこは既に人間を辞めているハルト。跳躍一つで楽々飛び越えた。


 あっさりと塀の中に侵入を果たしたハルトは、一応警戒しながら庭を移動し、建物に近づく。索敵スキルで確認したところ罠や建物内部の見張りも発見出来なかったので、拍子抜けしながらも裏口から屋敷の中に入る。流石の鍵は閉まっていたが、土魔法で地面の土を鍵穴に入れ、硬度を高めて即席の合鍵を作ったので問題無かった。


「ダンボールさえあれば完璧なんだけどな」


 冗談言うくらい余裕があるハルトは次々に部屋を調べていく。途中で何人か使用人と廊下ですれ違ったが、端に寄ってじっとしていたら誰も気がつかなかった。


 それには理由がある。現在この大陸では、スキルごとにその道の一流の者たちで熟練度500そこそこだ。一部のその道のプロフェッショナルでギリギリ熟練度600越えである。つまり、すべてのスキルの熟練度が700越えのハルトは物語に語られる英雄クラスなのだ。そんなハルトが隠蔽スキルを使っているのだ。ただの使用人や三流の傭兵が気づくわけが無い。

 探索を続けていると、遂にイウザの声が聞こえてきた。


「見つけたぞ」


 ハルトは忍者よろしく天井裏に忍び込むと、イウザの声が聞こえる部屋に移動した。

 部屋の中にはイウザとジャロの二人だけだ。


「まったく! 何なんだあのガキは!」


 イウザは荒れているらしく、顔を真っ赤にして怒っている。


「ジャロ! 傭兵は集めているのだろうな?」

「はい。近くにいる強力な傭兵を金に物を言わせて集めています」

「よし。これであのクソガキに仕返しが出来る。……あいつの名前は何だったか?」

「部下に情報を集めさせたところ、奴隷商から判明しました。ハルトと言うようです」


 どうやら異世界には客の個人情報を守る規則は無いらしい。


「今度は勝てるのだろうな?」

「勿論です。今日は油断しましたが、今度は人数を増やしますし、武器を使います。私も腕っぷしには自信がありますが、素手では実力を出し切れません。奴は体術の使い手のようなので、素手では分が悪いですが、武器があれば負けません」


 ジャロは勘違いしている。ハルトは素手だろうが、剣だろうが、槍だろうが、魔法だろうが超一流なので、どの道勝ち目など無い。


「そうか。いつ頃傭兵は集まる?」

「十日程です」

「ふむ。そう言えば、例のアレはいつ届くのだ?」

「ああ。奴隷魔法の秘伝書ですか。あれなら一週間後ですよ」


 もうそろそろ撤収してもいいかなと思っていたところで興味深い話が聞こえてきたので、ハルトは慌てて聞き耳を立てた。


「ふふふ。楽しみだ」

「奴隷商人たちが独占している奴隷魔法の秘伝書を手に入れるとは流石ですね」

「高い金を掛けたのだ。当たり前だ」


 奴隷魔法は習得方法が秘匿されていて、習得するには特別な書物を読む必要がある。これは高位の奴隷魔法使いだけが作成でき、一回使うと効果が無くなる代物なのだ。普通なら奴隷商会の組合でそれなりの地位にある者にしか使わせないのだが、偶に金持ちの貴族はお金の力で横流しさせることもある。


 これらの事をその後の話から聞き出したハルトは撤収を始めた。話が下らない話に推移し出したからだ。結局イウザとジャロは最後までハルトに気がつかなかった。



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