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器用貧乏とモーム

 


 イウザ一派をボコボコにしたハルトは犯行現場から離れて定食屋に移動していた。

 流石のハルトも流血沙汰があった場所で食事はしたくない。久しぶりのまともなご飯であるし、まだイウザ一派のチンピラが気絶しているのも問題だ。起きた時が面倒くさい。


 野次馬たちはハルトたちを興味深そうに見ていたが、ジャロを瞬殺したハルトに直接話しかけるような者はおらず、ハルトは野次馬たちを押しのけて悠々と移動した。


「今度こそやっと飯だ」


 定食屋の奥まった席に座ったハルトは人心地ついた。

 定食屋にいる客たちに先程の野次馬たちはいないようで、誰もハルトたちに関心を寄せていない。


「おい、座っていいぞ」


 ハルトは立っている牛娘に声をかける。すると嫌な予感がした。


「はい」


 牛娘は当然のように床に座った。

 ハルトはおおぅと呻いた。凄まじきデジャヴ。初めの頃のクリスと同じだ。ちなみに今のクリスはちゃんと椅子に座っている。


「床じゃなくて椅子に座れ」

「は、はい」


 ハルトが椅子に座るように言うと、牛娘は戸惑いながら椅子に座り直した。やはり命令すると逆らわないようだ。イエスマンならぬイエスウーマンだ。まあ、基本的に奴隷はみんなそうだが。


「お待たせしました」


 店員が大量の料理を運んでくる。

 運ばれてきたのは肉、魚、野菜、パン、米など多種多様な料理。店員も一人では運びきれず、複数の店員が何度も往復している。


「おいおい。どんだけ食べるんだ」


 まわりにいた客は唖然としている。それもそうだろう。テーブルに料理が乗り切らず、急遽テーブルを新しく持ってきたくらいなのだから。


「じゃあ、食べるか」


 運ばれてきた料理にハルトとクリスは目を爛々とさせている。


「「いただきます!」」


 ハルトとクリスが猛烈な勢いで食べ始める。

 大量にあった料理はどんどん減っていく。まるで、ビデオの早送りだ。


「むぐ?」


 口に料理を大量に詰め込んでいたハルトが、牛娘が料理に手をつけていないことに気がついた。涎は垂らしてるけど。

 もぐもぐ、ごくんと食べ物を飲み込んだハルトは、そういえばクリスも最初は命令しないと食べなかったなーと思いだした。


 クリスの方を見れば、ほっぺたをぱんぱんにしながら頷いている。ハルトの心を読んで頷いているのか、料理が美味しくて頷いているのかわからない。たぶん前者であろう。……おそらく、きっと。


「お前も遠慮しないで食べていいんだぞ」


 ハルトは牛娘に声をかけるが、牛娘は首を横に振るばかりだ。

 強情だなーと思ったハルトは


「奴隷であることを気にしてるなら、気にすることないぞ。なんせこいつも奴隷だし」


 と言ってクリスを指差した。


「えっ?」


 牛娘は驚くと、クリスの首輪を凝視した。


「だからお前も食べていいんだぞ」

「は、はい」


 モリモリと料理を食べているクリスを見て、遂に我慢出来なくなったのか牛娘は恐る恐る料理を口に運んだ。そして、一口食べると止まらなくなった。次々に料理を貪っていく。まともな食事など与えられていなかったのだろう。その表情は鬼気迫っていた。


(これは足りないな)


 たくさんあった料理が凄まじいスピードで無くなっていくのを見たハルトは店員に追加注文をした。だってハルトもまだまだ食べ足りないし。店員は突然降って湧いた良客にホクホク顔である。


 その後、何度も追加注文したハルトたちは、店員たちが材料が無くなる! と焦りだした頃にやっと満足した。


「ふー、食った食った。フードファイター並みに食ったんじゃないか? ジャイアントハルトとクリ曽根って言ったところか」

「激戦後の海賊王じゃない?」

「なんでそのネタ知ってんだ」


 食事を終えて、ハルトとクリスがまったりしていると


「あ、あの、ありがとうございました」


 牛娘がおずおずと話しかけてきた。


「あー、別に気にしなくていいぞ。そういえば自己紹介がまだだったな。俺はハルト」

「私はクリス。よろしくね」

「は、はい。私はモームと申します」


 今さらながら自己紹介を終えたところで問題発生。放っておくのも忍びないということで連れてきたはいいが、モームをどうするか。勢いで連れてきたのが良くなかったのだろうか。まあ、クリスが懇願してきた時点でハルトが突っぱねるのは困難なのだが。食事のことで頭がいっぱいで深く考えてなかったわけではないと思う。……たぶん。


「クリスこいつどうする?」


 結局ハルトはクリスに丸投げした。

 押し付けられたクリスは、もうどうするか決めていたようだ。


「出来るなら一緒に連れていきたい」


 決然とした表情のクリスにハルトは反論出来ない。


「それに特にすることもないでしょ?」


 これが止めになった。そう、ハルトはすることが無いのだ。当面の目標だった鍛練も終わってしまって暇している。


「そうだな。やること無いし丁度いいか」

「ありがとう、ハル」


 とんとん拍子に話が進んでいくが、モームはついていけない。


「え、あの」

「とりあえず奴隷商のところに行って契約を更新するか」


 思い立ったが吉日とばかりにハルトはさっさと会計をして店を出る。その時最寄りの奴隷商の場所を聞くのも忘れない。

 事態が飲み込めないモームを促しながら、クリスも店を出る。






 三人は奴隷商店に着いた。


 商店は成金趣味の建物であった。奴隷商店というのはどこも同じような建物なのだろうかとハルトは首を傾げている。


 建物に入り、受付で事情を話し契約の更新だと言うと、店のオーナーが出てきた。

 事情を聞いたオーナーは面倒事に巻き込まれてはたまらんと早速更新を行った。


 モームの場合、クリスの時とは異なり主人が存命なので勝手に更新は出来ないのだが、今回は所有証明書があるので問題無い。法律的には所有証明書を持つハルトこそがモームの所有者になるからだ。普通は奴隷を譲渡する場合は奴隷商を介すのだが、今回のように所有証明書だけを先に渡すこともままあることらしい。


 オーナーが奴隷魔法を使うと、モームの背中に奴隷紋が浮かび上がる。

 ハルトはそれを食い入るように見ている。


(奴隷魔法か)


 奴隷魔法は習得方法が秘匿されている魔法なので、流石のハルトも容易には習得出来ない。しかし、あれば何かと便利そうではある。


(何とかして習得したいな)


 ハルトが何とかして奴隷魔法を習得出来ないものかと考えている内に更新は終わろうとしていた。


「最後に奴隷紋にあなたの魔力を注げば終了です」


 言われた通りに魔力を注ぐと、奴隷紋が光を放ってモームの体の中に消えていった。

 クリスの時は既に主がハルトになっていたので、このプロセスは無かった。


「またのご利用をお待ちしております」


 代金を払い、更新された所有証明書を受け取ると、ハルトたちは速やかに奴隷商店から出た。クリスやモームにとっては長居したくない場所だろうとハルトが配慮したからだ。


「今日はモームの服とか日用品を買って、宿を探そう」

「そうね」


 商店の多いエリアに移動してきたハルトたちは買い物をすることにしたが、ハルトは女物の服の良し悪しなどわからないので、クリスに丸投げした。クリスに頼んだのは、モームではまともな物を買ってこないのは流石に学習したからだ。


「あ、あの、服を買っていただけるのですか?」

「ああ。クリス任せた」

「はいはい」


 クリスはお店に入ってどんどん買っていく。モームが横でこんな高価な物はとてもいただけないとか言っているがおかまいなしだ。クリスはハルトの所持金を知っているので遠慮しない。

 買い物が終わった時、疲れているのはモームの方だった。主に気疲れで。


 買い物の後、宿屋に移動したが、宿はハルトが独断で決めた。だってお風呂に入りたかったからだ。

 部屋は三人部屋だ。


「私は床でいいです」


 とモームは固辞していたが、ハルトは聞いちゃいなかった。


「とりあえず風呂に入るか。なんたってちゃんとしたのは二年ぶりだしな」


 ルンルン気分のハルトは早速風呂場に向かおうとする。


「じゃあ、私たちも行こうか」

「え!?」


 クリスも向かおうとするが、モームは何言ってんのという顔をしている。


「あ、そっか」


 久しぶりのお風呂に浮かれて、クリスは奴隷がお風呂に入れて貰えるという非常識さを忘れていたのだ。自分も通った道なのに。


「ハルはね、奴隷もお風呂に入れてくれるの」

「ご主人様はお金持ちなんですか?」

「え、うん、そう」


 モームの疑問にクリスは投げやりに答えた。モームの疑問は至極真っ当だ。奴隷をお風呂に入れるのは自分の屋敷を持つ金持ちだけだから。しかし、クリスにとってはその疑問は非常に答えにくかった。ハルトが金持ちなのは違いないのだが、別にお金があるから奴隷に優しいわけではないし。

 ハルトがモームにどのように自分たちのことを説明するかわからないのでぼかして答えたのだ。


「ねえハル」


 どうやって答えるべきかハルトに聞こうとしたが、ハルトはいなかった。


「あ、あいつ!」


 とっくにお風呂場に向かった後だった。ハルトの頭には風呂の二文字しかなかった。


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