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器用貧乏と晴れ時々牛

二章開幕です。

二章のタイトルはまだ考え中なので、後日つけます。

 


 青い空、白い雲。空はどこまでも澄み渡っている。本日の天気は快晴なり。

 そんな晴れやかな天気の中、小汚い格好の男がだだっ広い草原を歩いている。

 草原には道など無く、日常的に人が訪れてはいないようだ。


「……ああ、やっと着いた」


 ボロボロの外套を羽織った男が、丘の向こうに町を見つけて感嘆の言葉を吐いた。


「……ええ、長かった」


 男の傍らにいる同じくボロボロの外套を羽織った女も言葉が震えている。

 ここに至るまでの苦労が窺えるように、二人の声には疲労が滲み出ていた。


「「町だーーー!!」」


 男と女。ハルトとクリスは全力ダッシュで町に向かって駆け出した。



 ハルトがクリスと鍛練を始めて現実世界で二か月、隔絶世界で二年が経過していた。

 みっちりと本当の意味で濃い時間を過ごしたハルトとクリスは、ベルに転移してもらって隔絶世界から出た。ただ、出たのはいいが、転移した場所がどこだかわからない草原だったのは問題であった。


 後でわかったことだが、ハルトとクリスが転移したのはエスタ・エンパイアから離れたスレイブ帝国にほど近い草原だった。

 どこに飛ばされたかまったくわからぬ二人は適当に放浪すること数日、遂に町を見つけたのだった。


「久しぶりの町だ」


 二人は町に入るべく、いそいそと順番待ちの列に並ぶ。その時、ふとクリスが何かに気がついた。


「あれ? もしかして」

「どうかしたか?」

「うん。ここはどうやらスレイブ帝国みたい」


 クリスが指差した先にいたのは門番。確かにボルタの町の門番とは格好が異なっている。


「あれがスレイブ帝国の兵士の格好なの」

「なるほど。俺たちは隣の国まで飛ばされたわけか」


 ハルトたちはエスタ・エンパイアの国境近くの町であるボルタにいたわけだが、ボルタは東の端でその先には領土的には空白地帯の赤木ヶ原樹海がある。そして広大な樹海と平原の先に現在ハルトたちがいるスレイブ帝国がある。ちなみにエスタ・エンパイアとスレイブ帝国は仲が悪い。


 門番にギルドカードを見せて町の中に入る。冒険者は国に囚われずに活動出来るため特別な手続きは無い。ただし、自由に国を行き来出来るのはEランク以上となる。クリスはハルトの奴隷だからオッケー。


「エントにようこそ」


 門番がお決まりの言葉を言う。ここはエント。スレイブ帝国の西の端の町である。

 メインストリートを歩きながらハルトはキョロキョロとしている。なにしろ二年ぶりに文明に触れているのだ、田舎から来た御上りさんに見えても仕方がないだろう。

 クリスはそんなハルトの隣を歩きながら、スレイブ帝国について簡単に説明をする。


「ここスレイブ帝国はね、この大陸で一番強大な国なの。軍事力も生産力も大陸一。唯一対抗出来そうなのはお隣のエスタ・エンパイアだけ。だからスレイブ帝国とエスタ・エンパイアは仲が悪いの」


 しかし、ハルトは聞いちゃいない。


「ここがどことかどうでもいいから、とりあえず飯を食おう」


 実はハルトたちがいた島には動物がおらず、ストレージに入っていた食料が尽きた後は島に自生していた果物しか食べていないのだ。そのため、久しぶりのまともなご飯にとっても期待している。


 二人は屋台が隣接しているエリアにある屋外のテーブルに陣取ると、たくさんある屋台を片っ端からまわって大量のご飯を買い込んだ。


「ごっはんー、ごっはんー」


 席に着いたハルトとクリスはご機嫌だ。あのハルトですら頬を緩ませて変な歌を歌っている。


「ごっはんー、ごっはんー」


 クリスも歌いながら飲み物のグラスを掲げた。

 二人が乾杯をしようとした瞬間、二人を影が覆った。

 見上げると、そこには牛がいた。よく見ると、牛の耳や尻尾を生やした女の子だ。

 先程までは晴れだったのに、急に牛娘が降ってきた。その結果は


 ガシャァァン!


 降ってきた牛娘がテーブルを薙ぎ倒した。当然、テーブルに乗っていた料理は全てパァである。


「「………」」


 ハルトとクリスは無言で振り返った。

 そこには牛娘を吹き飛ばしたと思われる男たちがいた。大柄な男は腕を振り切っており、恐らく牛娘を吹き飛ばした犯人だろう。

 そう推測したハルトとクリスの表情が般若のようになった。こめかみに青筋が浮いている。


「おい、お前ら。何しやがる」


 ハルトが静かに語りかけるが、目は血走っている。


「ふん。薄汚い平民如きが貴族である私に話しかけるとは、なんと無礼な!」

「はあ?」


 男たちの中心にいる派手な格好したデブが喚きだした。


「おいおい。貴族であらせられるイウザ・ブーデ様に盾突くとは、お前スレイブ帝国の人間じゃないな」


 牛娘を吹き飛ばしたとおぼしき大柄な男が威圧するように前に出る。

 それだけでハルトの怒りゲージが上昇していく。既に臨界寸前だ。


「それがどうした。いきなり人の飯を台無しにしておいてその言い草か?」


 ただ、この二年で少し丸くなったのか、一応の対話を試みた。


「帝国民ですらない貴様は犬畜生以下の存在だ。そんなゴミがどうなろうが知ったことではないわ!」


 まあ、それもイウザの一言で無駄に終わったが。


「お前らやっちまえ!」


 大柄な男が命令すると、周りにいた男たちが一斉にハルトに襲い掛かる。

 これには遂にハルトもキレた。


「おらぁ!」


 向かってくる男たちを殴り倒す。流石に天下の往来で殺しは不味いと思ったのか、剣は抜かず誰も死んではいない。


「ほう? 少しはやるようだな」


 向かってきた男たち全員をぶちのめすと、大柄な男が指を鳴らしながらハルトの前に立った。


「だが、こいつらを倒したくらいで調子に乗るな!」


 大柄な男が殴り掛かる。

 それに対してハルトは大振りな右のストレートを左手の甲で逸らすと、右のストレートでカウンターを決めた。前まではステータスでのゴリ押ししか出来なかったハルトもクリスとの鍛練により、今では一端の動きが出来るようになっていた。

 大柄な男は吹き飛んで民家の壁に叩き付けられた。


「ガハッ!」


 大柄な男はそのまま動かなくなる。


「なっ!? ジャロを一撃で!?」


 ジャロは名うての傭兵で、それを一撃で倒されたイウザは心底ビビった。


「ま、待て。私が悪かった」


 ハルトが一歩踏み出すと、イウザは途端に謝り始めた。


「……」


 それでもハルトが無言で歩き続けると、イウザは真っ青になり


「ひ、ひぃぃー。あ、あの奴隷をお前にやろう。全てはあの奴隷が悪いのだ。私は悪くない!」


 奴隷の所有証明書を投げ捨てて一目散に逃げ出していった。


「ちっ」


 ハルトは舌打ちをすると、所有証明書を拾い上げた。どうやら本物らしい。


「出番が無かった」


 地面に散らばったご飯を悲しそうに見つめながらクリスが呟いた。涙目である。


「しょうがない。どこか店に入るか」

「うん。でもその前に」


 クリスが振り向くと、牛娘が地面に蹲っていた。傍目からもボロボロで酷い扱いを受けていたのが丸わかりだった。


「ったく。こんなの押し付けられても困るんだが」


 ハルトの言葉にビクッと牛娘が怯える。


「ハル……」


 クリスがハルトを見つめる。その目はこの子を助けてあげてと言っている。直接言わないのはハルトがこの世界の人間が嫌いなのを知っているからだ。

 ハルトもハルトでクリスが奴隷の辛さを知っているから牛娘を助けたいのはわかっている。しかし、この世界のはどうしても嫌いだった。困ったハルトはとりあえず牛娘をジッと見つめた。そして、気づいた。


(よく考えたらこいつ獣人じゃん。人間ではないな。しかも奴隷だし)


 ハルトの脳内裁判は人間じゃないなら、クリスも助けたがっているしいいかなとなった。


「まあ、ここで見捨てるのも寝覚めが悪いし」

「ハル!」


 クリスは微笑むと、牛娘に駆け寄っていった。


「やれやれ」


 それを苦笑しながらハルトは眺めている。

 だから気がつかなかった。そんなハルトたちを見つめている者たちがいることを。


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