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器用貧乏と盗賊

 


 朝、ハルトは目覚めるとお約束のごとく抱き枕にしていたクリスを離してベットから起き上がった。

 今日はこれからクリスの封印を解きにダンジョンに挑むのだ。ハルトとて緊張はする。普段ならあと五分と言いながら惰眠を貪っているところだが、今日はスパッと起きた。


「どうなることやら……」


 ハルトはしばらくの間、何をするでもなくぼーっとするとクリスを起こして宿の朝食を食べに部屋を出た。


 朝食を食べたハルトは部屋を引き払う。ダンジョンの攻略にどれくらい掛かるかわからないからだ。

 何の感慨も無く宿をあとにしたハルトは馬車を借りるため専門の店に向かう。


 こちら側の世界ウエイストでは移動手段はもっぱら馬である。自動車などハイテクな物が無いので当たり前だ。


 ここで一つ問題が発生する。

 ハルトが馬に乗れないのだ。

 ハルトが日本で馬に乗った経験なんぞ、お子さまの時にポニーの乗馬体験をしたくらいである。乗れる訳がない。


 ハルトは別に走っていってもかまわないのだが、万が一人目に付くと不味い。

 なのでどうしたものかと悩んでいたら、なんとクリスが御者出来るとのことで馬車で行くことにしたのだ。

 馬車ならばこの世界でも移動方法としてポピュラーなので問題無い。


 てな訳で、お店にやって来て説明を聞くと、レンタルだとやれ補償がどうのやら、保険がどうのやらと面倒くさかったのでサクッと一括購入した。

 最悪乗り捨てるので大したことのない安物にはしたのだが、クリスは後ろで頭抱えていた。 


「レンタルは面倒くさいから買っちゃうってどんな金銭感覚してんの!?」と喚きたいところだったがグッと我慢した。こないだの闇市での買い物を見れば馬車なんて大したこと無い。と自分に言い聞かせた。


 そのまま馬も買い、馬車に繋げて出発となった。

 始めこそ久しぶりの運転にクリスは四苦八苦していたが、しばらくすると勘を取り戻したのか馬車が安定しだした。


「大したもんだな」


 ハルトがクリスに声をかける。ハルトの定位置は御者台のすぐ後ろだ。


「いえ。慣れれば誰でも出来ますよ」


 クリスはそんなこと言うが、ハルトは覚える気が無いので黙っておいた。


 そのまま南東に進むことしばらく、ハルトは暇をもて余していた。

 道中出てくるのはゴブリンやらウルフやら雑魚ばかり。馬車に乗りながら魔法で一撃である。

 しばらくは穏やかな時間が流れた。


 そんな中、クリスの思考はとあることに囚われていた。

 そう、ハルトが何者かということにだ。


 クリスは奴隷になって長い年月が経っているが、奴隷になる前にもかなりの年月を生きている、曖昧な記憶も多いが。

 そのクリスにしてよくわからない今の主人。そりゃ気になって仕方がないだろう。


(いったい何者なんだろう?)


 魔物に喰われていたところに突然現れて助けられた。どんな扱いを受けるのかとビクビクしていたら普通の人と変わらない扱いだった。人格者なのかと思えば常識知らずのようでよく変なことしている。


(でもまるで自分の知っている常識と違って戸惑っているようにも見えた。田舎から来たばかりで知らないとか?)


 だがよく考えたら依頼の度に武器を変えるなど奇行も目立つ。しかし、強さは破格。苦戦しているところなんて見たことがない。なのに冒険者ランクはE。クリスは試験で手を抜いていたのではと思っている。でも低ランクでいる意味がわからない。やっぱり変である。


 ガトゴトと馬車は進み、クリスの考察も続く。


(ただ一つ言えるのは今までの主人とは違って優しい…………かも)


 まともな衣服、まともな食事、まともな住居。今までは誰も与えてくれなかったものだ。今までの誰よりも人間扱いしてくれている。

 だがミスリルの装備はやり過ぎなのではとも思う。やはり変だ。


(それでもーー)


 クリスの思考は中断された。急にハルトが立ち上がったからだ。

 何事かと身構えると視界の上の方が光った。

 慌てて上を見ると空から火の玉が飛んできていた。


 ドン!


 火の玉は馬車から五メートルほど離れたところに着弾した。

 明らかに自然のものではない、魔法だ。

 しかも一発ではない。さらに三発の火の玉が馬車から十メートル圏内に着弾した。


「ど、どこからっ!?」


 クリスが慌てふためき馬車を止める。馬も驚いて嘶いている。


「うーん、囲まれてるな」


 ハルトが困ったように言っているが、表情はまったく困っていない。のほほんとしている。


「え!? か、囲まれてるって……」

「たぶん盗賊じゃないか?」


 ハルトは索敵スキルにチラホラ反応があるのを確認している。

 まあ、ハルトにとっては盗賊とかテンプレだなーくらいにしか感じないが。


 とかなんとか言ってる間に、見た目粗野で野蛮な感じの男達がゾロゾロと馬車を包囲し始めた。

 人を見た目で判断してはいけないとは言うが、刃物をベロベロ舐めてる世紀末な奴がまともとは思えないだろう。


「さてと」


 ハルトは馬車から降りると能天気に挨拶をする。


「初めまして。あなた達は盗賊ですか?」


 盗賊達は一瞬面食らったようだったが、すぐに笑い出した。ギャハハと実に聞くに耐えない声で。


「なんだこいつ頭おかしいんじゃないか?」


 盗賊の頭らしき男もゲタゲタ笑っている。


「そうだとも俺たちゃ盗賊よ! 大人しく積み荷と女を寄越しな」

「嫌だといったら?」

「どっちみちお前は死ぬんだから関係ねえな!」


 盗賊の頭が合図をすると手下共が一斉に動き出した。

 手の剣呑な光を放つ武器を振りかざして殺到する。


 ハルトは気負いなく腰の剣を抜く。量産品とは比べ物にならない性能をもつエリートゴブリンソードがギラリと光る。


「ヒャッハー!」


 頭悪そうな叫びとともに手下の一人の片手斧が迫る。

 しかし、ハルトはなんでもないように剣を振るう。それだけで手下の片手斧が腕ごと飛んだ。


「ギャアアア!!」


 腕を斬られた手下は痛みで転げ回る。ハルトは止めを刺さずにじっくり見ていた。その隙に他の手下が斬りかかる。

 しかし、結果は変わらず。血飛沫が舞い、斬りかかった数だけ手下がのたうち回っている。


 盗賊がのたうち回っているのを見ていたハルトは何か思いついたかのように手をポンと叩くと盗賊の足の健を斬った。録に知識が無いので上手く斬れなかった者もいたが、傷が深くて動けないだろう。


 斬った盗賊達を逃げられないようにして満足したハルトは残りの盗賊達に笑いかけた。


「お前達には特に恨みはなかったんだが、敵対するなら死ね」


 盗賊達は顔を攣らせた。


 今度はハルトから間合いを詰める。残りの手下が迎え撃とうとするが、撫で切りにする。

 このまま一気にと思ったところで横合いから魔法が飛んできた。馬車のまわりに放たれたのと同じ“炎弾〟だ。余裕でかわす。

 魔法を放った者の方を向いたらギョッとしていた。


「ふん!」


 ハルトは腰のベルトからスローイングナイフを抜くと適当に投げる。それだけで魔法使いの男は手足を切り裂かれて地に伏した。

 もう一人いた魔法使いが魔法を使おうとするが、使う前に同じように簡単に倒された。


 最後の手下二人が同時に襲い掛かるが、一人は斬られ、一人は蹴っ飛ばされた。


「ゲペッ」

「ヒデブッ」


 これで手下は全滅。残るは頭だけだ。


「後はお前だけだぜ?」

「お前何もんだ!?」


 頭の顔が青くなっている。


「ただの器用貧乏さ」

「テメェェェ!!」


 激昂した頭が両手斧を振りかぶる。ブォンブォン風を切りながらハルトに迫るが、片手剣一本で簡単にいなされる。


「当たらなければどうということはない」

「チョロチョロしやがって、このくそガキが!」


 頭が一際大きく両手斧を振りかぶる。刃が赤系統の光を放ち始めた。

 ASを使うのを察知したハルトは腰からスローイングピックを抜き、投げる。寸分違わず二本のピックが頭の両腕を貫いた。


「ウガァァァ!!」


 ASは発動することなく、頭の両手から斧がこぼれ落ちた。


「ほらよ」


 ハルト武器を落とした頭に悠々と近づくと手下と同様に足の健を斬った。


「うぐぅ」


 これで盗賊全員が倒された。全員芋虫のように地べたを這いずっている。


「クリス終わったぞ」


 ハルトが声をかけると、クリスが馬車から降りてきた。いても邪魔なので馬車にいてもらったのだ。

 クリスは盗賊達の惨状を見て腰が引けている。


「あの、この人達どうするんですか?」

「殺すよ」


 ハルトが笑顔で殺すよなんて言うのでクリスはドン引きしているし、盗賊達は震え上がっている。


「ま、待ってくれ! 命だけは助けてくれえ!」


 頭が必死に命乞いをしている。手下共も殺さないでくれと口々に嘆願している。


「俺を殺す気マンマンだったくせに随分調子がいいな?」


 殺しに来た奴が逆に殺されそうになったら助けてくれとは随分と身勝手な話だ。これまでも散々殺してきたくせにだ。


「それは悪かった! アジトにあるお宝はお前にやる! だから助けてくれ!」


 それでも死にたくないのだろう。媚びを売って許しを得ようとしている。ただ億単位の金を持っているハルトは金銭では釣れないのだが。


「駄目だ。死ね」


 ハルトにとって、この世界の人など一銭の価値も無い。それなのに敵対されたら、どう転んでも良い関係になる訳がない。


「とある魔神の言葉だがな、俺はこの言葉が好きなんだ。撃っていいのは撃たれる覚悟がある奴だけだ」


 一拍空いてハルトの表情が変わる。それまでの笑みが消えて、凍えるような冷たいものになる。


「お前達を俺を殺しに来た。なら逆に殺される覚悟はあったってことだろう? だから……死ね」


 ハルトが剣を振りかぶる。


「やっ、やめ、やめろーーー!!」


 その後、辺りにしばらく盗賊達の悲鳴が響き渡っていた。




 クリスは言葉を失っていた。

 目の前の光景があまりに凄惨過ぎて吐き気すらする。


(なにもそこまでしなくても……)


 目の前で盗賊達が殺されていく。それ自体はいい。盗賊は殺しても罪には問われないし、放っておけば他の人が犠牲になる。

 盗賊には賞金がかけられているが、生け捕りは危険なため殺すことが推奨されているし、どのみち捕まれば処刑だ。


 なのでクリスも盗賊を殺すことには反対はしない。ただ殺し方が残虐だった。

 わざわざ急所を外し、少しでも苦痛が長引くようにしているし、一人ずつ丹念に処理していくから順番待ちの者達はたまらないだろう。


 苦痛の叫びや助けを求める声が上がるが、ハルトは僅かばかりも斟酌している様子は無い。


 そして、盗賊が全員死んだときには辺りは地獄絵図になっていた。


「さてと、行くか」


 ハルトは盗賊を殺し尽くすと、さっさと馬車に戻ってしまった。

 クリスも御者台に戻る。


(優しい人だと思ってたのに……)


 クリスの心は千々に千切れる。主人であるハルトはどんな人物なのか。答えは出ない。


 馬車が動き出す。

 盗賊達の骸は放置だ。この世界ではこのような事は多々ある。

 このように盗賊が殺されることもあれば、盗賊に殺される者もたくさんいるだろう。魔物に殺される者も多い。

 だからハルトは気にしない。なぜなら、この世界はとても命の価値が軽いのだから。ハルトはそれを身をもって知っているのだから。





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