勇者達は悲しみに沈む
しばらく勇者sideやります
暗い部屋の中に彼等、彼女等はいる。実際は明かりが煌々と焚かれている訳ではないが、必要十分な明かりが部屋を照らしている。しかし彼等、彼女等から滲み出る陰鬱といた雰囲気が部屋を暗いと錯覚させていた。
彼等、彼女等は異世界から召喚されし勇者と呼ばれる存在であり、本来ならば人類の希望となる者達であって、このような陰鬱な雰囲気とは正反対の存在である筈であった。だが彼等、彼女等の表情には暗いものがこびりついている。
王国からの緊急帰還命令を受けて王城に戻ったのが昨夜であり、一晩経った本日夕方に生徒達は集められた。
生徒達はカリルカのダンジョンが崩れ去った後、なにがなんだか判らぬまま王城に連れ戻された。大半の生徒達はダンジョンで死にかけたことに恐怖し、この世界で一番安全だと思っている王城に戻れたことに安堵していた。それでも恐怖は拭いきれず表情に暗い影は落としてはいたが。
夕方に生徒達が集められたのは王城に戻った生徒達は夜遅いこともあり、そのまま部屋で就寝したため落ち着いた頃合いを見計らって集められたからである。
生徒達は誰も口を開かず黙り込んでいる。まるで何かを恐れるように口をつぐんでいる。皆恐れているのだ。ハルトのことを責められるのを。
そんな沈黙がしばらく続いていたが、アレク達が部屋に入ってきたことで沈黙は破られた。
「待たせたな。みんなもいろいろ混乱しているだろう。これからのことについていくつか報告がある」
アレクの言葉を聞いて生徒達は姿勢を正した。
「まずカリルカのダンジョンについて。ダンジョンは完全に崩壊した。もう中に入ることは出来ないだろう」
「そ、そんな……」
ダンジョンに入れないと言われ、何人かの表情が絶望に染まった。それもそうだろう、ダンジョンにはハルトがいると思っているのだ、たとえ遺品だけでも回収したいと考えていたのだ。
「……ハルトのことは残念だが捜索は不可能だ」
「くそが!!」
壁を殴った音が辺りに響いた。達也が壁を殴ったのだ。
達也だってわかっていた。崩れたダンジョンを見てハルトを探すのが無理なことくらい。それでも言葉にされると耐えられなかったのだ。
ただ生徒達の中には安堵している者もいた。トラウマのあるカリルカのダンジョンに行かないとわかってホッとしたのだろう。
「崩壊の原因だがまったくもって不明だ。今までこんな事例は無かったからな。原因については現在捜査中なのでわかりしだい報告する」
原因がわかることは無いだろう。一般の者はベルのことなど知らないのだから。
「そして、これからについてたが」
「いや……」
「ん? どうした?」
「いや! もういやよ!」
ついに一人の女子生徒が堪えきれなかったようで爆発した。
「いやよ! 死人が出たのよ、私はもう戦いたくない!」
戦いとは命を賭けるものである。戦いで死ぬかもしれないことなど最初からわかっていたことの筈だった。しかし、生徒達は正しくは理解していなかったのだろう。心のどこかで自分達は死なないだと勘違いしていた。
「そうだ! 俺ももう戦いたくない。死にたくなんてねえ!」
男子生徒の一人も叫んだ。その瞬間、彼は殴られて吹き飛んだ。
全員が見ているなかで拳を振り抜いた格好で息を荒げているのは大河だった。その隣には拳を握りしめて立ち上がりかけて呆然といている達也がいた。
「え? 蒼井くん?」
全員が驚愕して部屋がシーンとなった。殴られた男子生徒ですら驚愕している。
普段温厚で滅多に怒らない大河が口より先に手を出したことが如実に大河が激怒していることを示している。
「なにが死人が出ただ! そもそもお前らが裏切らなきゃハルトは死ななかった!! 死人なんてはなから出なかったんだ!」
大河に睨まれた女子生徒はへたりこんでしまった。
「なにが死にたくねえだ! 誰だってそう思ってる! ハルトだってそう思ってた!! なのにあいつは命懸けで足止めをしてくれたんだ! それをお前らは!」
大河の慟哭が部屋に響く。
「ハルトを、ハルトをっ!!」
荒ぶる大河の肩に達也の手が置かれた。
「珍しく荒れてんじゃねーか。まったくよ、それは俺のポジションだぜ?」
「……そうだな。これじゃいつもと逆だな」
最後に大河が叫ぼうとした言葉は「ハルトを殺したのはお前らだろうが!!」
この言葉を言ってしまえば何かが決定的に壊れる気がした。それでも我慢出来そうに無かった。だからそれを止めてくれた達也には感謝しかなかった。
本来ならもう一人止めてくれるはずの友がいたのに、今はもういない。
「そこまでだ。……今はこれからの話だ」
やっとアレクが止めに入った。しかし、その表情は納得しているものでは無かった。
「待ってください!」
今度は晴子先生だ。
「これ以上生徒達を死なせるわけにはいきません! もう生徒達を戦いに巻き込まないで下さい!」
「っ」
晴子先生の言葉にアレクが何も返せないでいると、部屋に入ってから一言も口を開かなかった男が口を開いた。
「本当にそれでよろしいのですかな?」
「ロゴス教皇……」
ロゴス教皇は開いてるだか開いてないんだかよくわからない細目で晴子先生を見ている。その表情は醜く歪んでおり、暗にこのままでは帰れないぞと伝えている。
「……脅す気ですか?」
「滅相もない。今回私が来たのは新しい神の啓示をあなた方にお伝えするためですよ」
「新しい啓示ですか?」
ロゴス教皇の言葉に全員が集中する。
「はい。ベラヒムー様は魔王を討伐した者達の願いをなんでも叶えて下さるそうです」
「な、なんでも」
生徒達が生唾を飲み込んだ。
「ええ。今までは皆様が魔王を討伐しても元の世界に帰せるかわからなかったのですが、新しい啓示では討伐に参加した者一人一人の願いを叶えて下さるとおっしゃっておりました」
「……それはつまりその願いを使えば帰れるということですか?」
「はい」
晴子先生の問いに肯定の返事が来ると生徒達は歓声をあげた。具体的に帰れる方法が見つかったのだ、それは嬉しいだろう。
「ロゴス教皇!!」
突然叫んだのはレイラだ。その表情は恐ろしいほどに真剣だ。
「なんでもと言いましたよね? それは本当になんでも叶えられるのですか?」
「はい、そうですよ」
ロゴス教皇の顔が厭らしく歪む。
「たとえ、死者を甦らせることであっても可能です」
「っ!!」
レイラの目が見開かれる。今レイラの頭の中はハルトを生き返らせることができるということで一杯であった。
「つまりハルトを生き返らせることが出来るってことか!?」
達也が掴みかからん勢いで叫ぶ。
「ええ。魔王の討伐に参加した者の一人がそれを願えばよいのです」
達也と大河は目配せして頷き合い。レイラは覚悟を決めた目をしていた。
その後は何でも願いが叶うということに釣られた生徒達全員が改めて魔王の討伐を決意した。そして、明日の朝にミーティングをする事を決定して解散となった。
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解散になった後、レイラは凜と唯と供にレイラの部屋に集まっていた。
三人は椅子に座ってテーブルを囲んでいる。だがそこに団欒という雰囲気は微塵も無く、張りつめたような緊張感があった。
「私は」
そんな雰囲気の中、レイラが口を開いた。
「私は魔王を討伐する。そして日向くんを生き返らせる」
その目に迷いは無く決然とした表情をしている。
「レイラならそう言うだろうと思ってたわよ。いいわ、私も一緒に行く。日向くんのことは放ってはおけないもの」
「私も一緒に行きます。日向くんは私達のせいで……。だから私も行きます」
凜と唯、二人の表情も決意に満ちていた。
しかし、凜の表情は一瞬で緩むとニタニタし出した。
「でレイラ? 日向くんが生き返ったらどうするの?」
「え?」
急に変わった親友の態度に戸惑うレイラ。
「いつ告白するのかって聞いてるのよ」
「こ、告白!? え、なんで、ど、どうして!?」
「あなたの態度見てたらわかるわよ。日向くんのこと好きなんでしょ?」
「う、うん」
「なら頑張らないとね、いろいろと」
凜が急に態度を変えたのは雰囲気が重くなり過ぎないようにするためだ。レイラはあのままにしておいたらどんな無茶をするかわからない様子だったので、自分でも急だと思ったが強引に話題を変えたのだ。
「そうですね。レイラさんの恋路のためにも頑張りましょうね」
「あ、唯ちゃんまで!」
凜の思惑を理解した唯も乗っかり、先程までの重苦しい雰囲気は霧散した。
それからは女子高生特有の姦しい会話が続いた。
レイラと同じくハルトを生き返らせる決意をした大河と達也も集まっていた。
「……希望が見えてきたな」
「ああ、これでハルトを連れて帰れる」
二人の心はわざわざ言葉に出さなくても一致していた。なんとしてでもハルトを生き返らせる。
「そのためには」
「手段は選んでらんねえ」
二人は後悔していた。なぜあの時ハルトを一人で行かせてしまったのか、自分達も一緒に行くべきだったと。過去の選択は悔やんでも悔やみきれない。
「どうせ他の奴等はハルトのことなんて考えちゃいねえだろ」
達也が苦り切った表情である。
二人は他の生徒達は舞い上がっており、恐らくハルトなど気にせず自分の望みのことだけを考えていると思っている。まああながち間違ってはいないのだが。
「あ、でも宮野さんは協力してくれるかも」
「あー、かもな」
大河がおどけたように言うと達也もそれには同意した。
「なんにせよ力がいる。魔王をぶっ殺せるくらいの力が!」
「とりあえずは明日のミーティングを出てみてからだな。それから行動方針を決めよう」
「ああ」
二人は結局朝まで目が冴えて寝ることは出来なかった。
光の無い本物の闇の中、身じろぎもせずに少年が座っていた。
「ははは。何でも願いが叶う……」
小林である。彼は部屋に戻ってからずっとこの調子なのだ。
「何でも願いが叶う……。つまり宮野さんを……。ふ、はは、ふはは」
小林の願いはレイラを手に入れること。それが人権無視だろうが倫理に反していようがどうでもよかった。
「宮野さんは俺といるべきなんだ。それなのに日向の奴が……。器用貧乏のくせに……。だからこれは宮野さんのためなんだ。だから仕方がない。これは宮野さんのため、これは宮野さんのため、これは宮野さんのため、これは宮野さんのため……」
思考がストーカーのそれである。日本にいてもそのうち事件を起こしたんじゃなかろうかというレベルだ。
「俺は悪くない、俺は悪くない、俺は悪くない。これは全部宮野さんの、レイラのためだ。俺は悪くない、俺は悪くない、俺は悪くない……」
暗い淀みの中で小林の呪詛は続く、自分に都合の良い未来を夢想して。それがどのような結末をもたらすのか今は誰も知らない。
コツ、コツ、コツ。暗い廊下に靴音が響く。
話し合いが終わった後、ロゴス教皇はとある場所を目指していた。
目的の部屋に着き、中に入ると既に待ち人がいた。国王である。
「お待たせしてしまいましたか?」
「なに、大して待ってはおらん。それでどうじゃった?」
挨拶もそこそこに本題に入る。そこには王を絶対的に敬うという感じがない。そう、それはまるで共犯者のような雰囲気だ。
「はい。彼等は乗り気のようですよ」
「ふふ、そうか。所詮は子供よのう」
そこにあったのは汚い大人の顔。
「まさか啓示など無く、願いなど叶わないと知ったらどうなるかのう」
「それでも戦い始めてしまえばもう後戻りは出来ません」
「それにしても聖職者のくせに嘘をつくとはお主も悪よのう」
「いえいえ、国王様ほどではありませんよ。それに騙される方が悪い。何でも願いが叶うなんてあるわけ無いではないですか」
「「ハハハ、ハハハハ!」」
しばらくの間、部屋に大人達の醜い笑い声が木霊していた。
各々の思惑を他所に夜はふけていった。彼等、彼女等は知らない。器用貧乏な少年が既に生き返っていることを。そして彼が彼等、彼女等に恨みを積もらせていることを。
……ちなみにそのころハルトはクリスを抱き枕に熟睡していた。




