器用貧乏と闇市
コボルト討伐から帰還した二人は真っ直ぐ冒険者ギルドに向かって依頼完了の報告をした。
討伐証明になる牙を提出をして報酬金を貰う。またあのおっさんに担当してもらったのだが相変わらすスマイルは無い。そもそもほとんど表情が動いていない。まあハルトは気にしないのだが。
報告を終えてさっさとギルドから出るとクリスがおずおずと話しかけてきた。
「あの、コボルトリーダーを討伐したことは報告しなくてよろしいのですか?」
そう、ハルトはコボルトリーダーを討伐したことを報告しなかったのだ。コボルトリーダーを討伐すると特別報酬が出る。なので普通は即報告するのだが、ハルトにその気は無いようだ。
「ああ、特別報酬もたかが知れてるし、なによりも目立たないことの方が重要だ」
「は、はあ」
ハルトのストレージには億単位のお金が眠っているのでお金には困っていないのだ。クリスには所持金の話をしてないのでわからないのも無理ないのだが。
時刻は昼過ぎ、二人は露店で適当に買い食いしながら日課の市場の散策を始めた。ちなみにクリスは遠慮して買おうとしないので、ハルトが勝手に買って渡している。
なぜ市場を散策しているかというと、装備を探しているからだ。ハルトの武器はともかく防具はアゲインストにボロボロにされてしまったので新しい防具が必要なのだ。防具を買うだけなら専門のお店に行けばいいだけなのだが、こういう市場にもごく稀に掘り出し物が見つかるから侮れない。クリスのマントも市場で見つけた物だったりする。それにボルタは国の端であるため、あまり専門店の品揃えが良くないので積極的に市場をまわっているという訳だ。
「やっぱり無いか」
数時間後、市場を端から見て回ったがお眼鏡に敵う物は見つからなかった。
「ま、駄目で元々だしな。本命は闇市だし」
闇市とは非合法までいかなくともグレーな商品が集まる市場である。闇市ではグレーなだけあってレア物が出回りやすい。ただ、どんなトラブルに巻き込まれるかわかったものではないので危険はある。闇市は週に一度開催され、今日が開催日となっている。
闇市は夜に開催されるのでハルト達は定食屋で夕食を食べて時間を潰すと闇市の開催場所に移動した。
開催場所はスラム街の一画であり、普段は人が寄り付かない場所である。そんな犯罪臭がぷんぷんするところで開催されるのだ。
集まってくる人間も堅気ではない雰囲気がある人間ばかりだ。イメージは頭にヤがつく刺青が入った人達である。
そんなアウトローな人達のな中にハルト達はいる。普段の冒険者Aの格好では舐められるので、ハルトは金持ちAの格好をしている。高そうな服で上下を固めており、どことなく胡散臭い雰囲気も相まって見事にアウトローな人達に馴染んでいる。
クリスは秘書のような格好をして、ハルトの後ろを歩いている。事前にハルトが堂々としてろといってあるのでやり手な感じがしている。ちなみに眼鏡をかけているがそこはハルトのこだわりである。似合っているので良いだろう。
「さてと、掘り出し物があるといいけど。クリスもなんか見つけたら教えてくれ」
「わかりました」
二人が散策することしばらく、武器と防具が集まるところを発見した。
「お、ここら辺がそんな感じだな」
ハルトは然り気無く懐から眼鏡を取り出すとすちゃっと装着する。この眼鏡は王国から支給された鑑定能力のあり、かなりの高性能品である。補足しておくがクリスの眼鏡はただの伊達眼鏡で特別な能力は無い。
ハルトが一つずつ商品を確認していくと結構高性能な物が並んでいた。どれも店売りの物より性能が高い。
「ご主人様、こちらなどいかがでしょう?」
クリスが見つけてきたのは艶消しブラックの金属防具のようだ。
「こちらの防具は装備するとSTRにボーナスが入るようですよ」
クリスが眼鏡を押し上げながら説明してくるので、ハルトも確認してみる。しかしクリスが意外とノリノリである。コスプレが気に入ったんだろうか。
ハルトが確認すると確かにSTRにボーナスが入るようだ。しかも部位毎に入るようで、例えば左右の肩当てがあればどちらか装備するだけでもボーナスが入り、両方装備すれば倍のボーナスが入るということだ。
「へえ、良い防具だな。店主、これを貰おう」
「ありがとうございます」
店主はヒッヒッヒと笑いながら代金を受け取った。顔色が悪くて気持ち悪い。
ハルトは全身の防具を買った。全身揃えると結構な値段になり三百万G近くかかっている。まあ全身揃えても全部は使わないのだが一応だ。
「え……」
クリスが絶句している。Eランクの冒険者がポンと三百万Gも出したら驚くだろう。クリスからすれば足だけとか腕だけとかにどうかと思って薦めればまさかの一括全身購入である。
(もしかしてご主人様ってお金持ち?)
前々からおかしいとは思っていた。お金の使い方は適当、物の価値も知らない。駆け出しの冒険者は少しでも高い報酬金の依頼を受けようとするのに興味本意で採算はガン無視。金銭に無頓着過ぎる。
(つまり収支を気にしないでいいほどのお金持ち?)
「おーいクリス。お前のはこれでいいか?」
防具をストレージに仕舞ったハルトが隣の露店から呼んでいる。
「ぶっ!!」
隣の露店を覗き込んだクリスは吹き出した。
「ん? どうした?」
ハルトがミスリルの装備を持っていたからである。
「ど、どうしてそれなのでしょうか?」
「いやな、これ女物の装備なんだって。しかもミスリルだしちょうどいいかなと思って」
クリスは内心頭を抱えた。
(女物だから、ミスリルだしちょうどいい!? どんな思考回路をしてるの!? どこの世界に奴隷に高級装備を持たせる奴がいるのよ!!)
異世界である。
ハルトからすればお金には余裕がありすぎるので気にしていないが、クリスは目を白黒させている。
「あれ? 嫌だったか?」
不思議そうな顔をしているハルトを引っ張るとクリスは人のいない路地裏に移動した。
「嫌とかではなくてですね。普通は奴隷にミスリルの装備なんて渡しませんよ! いくらすると思っているんですか!」
「三百五十万Gくらいだろ。安いな」
「安い!?」
クリスはハルトの台詞に目眩がしたが、ハルトは今日のクリスはテンション高いなーくらいしか考えてない。アホである。段々クリスの口調が乱れてきた。
「そもそもミスリルの装備なんか使わないでしょう。いったいなにと戦うつもりですか」
「お前のステータスを封印してるダンジョンのボス」
「は?」
「あれ、言ってなかったか?」
ハルトはどこぞの教官みたいなことを言っているが、クリスは思考がフリーズしていて聞こえていない。
ハルトはその隙にクリスを引っ張って露店に戻ると、クリスのサイズを測らせてサイズに合うミスリルの防具を買ってしまった。
その後も武器だの道具だのを買うとハルトはクリスを連れて宿に戻った。クリスが正気に戻ったのは宿に戻ってしばらく経った後であった。




