器用貧乏の投擲スキル
ハルトがダンジョン攻略の準備を始めてから一週間が経過した。その間に新しい体に慣れたり、ちゃんと確認して無かったスキルを確認したり、新しい装備を探したりと忙しい日々だった。
そして本日は
「ふぁああー。よく寝た。なんか最近日本に居た頃よりぐっすり寝れてるような」
「あの……。離してください……」
本日はというより本日もクリスを抱き枕にして寝ていたようだ。結局ハルトは一週間毎日クリスを抱き枕にしていた。クリスも満更ではないようで特に抵抗らしい抵抗もしてないが。
気を取り直したハルトとクリスは朝食を食べるとギルドに移動した。
ここ一週間のハルトのギルドでの活動はぶっちゃけ地味の一言に尽きる。ごく普通にギルドでごく普通の依頼を受けてごく普通にこなすだけの極々普通の活動である。テンプレよろしく一日でランクが上がったりだとか依頼ついでにヤバイ魔物を倒したりとかは無かった。ハルトとしてはテンプレをやりたかったのだが、あまり目立って王国に目をつけられるのは困るので自重した。オタクの血が騒いだけどね。王国には復讐する気満々だが、今はまだ一国を相手取るには厳しいのだ。
「今日は何にしようかなー」
ハルトが依頼を受けているのはスキルを試すついでであってランクを上げるのはどうでもいい。そもそも身分証になれば良いのだから。
今回ハルトが試そうとしているのは投擲スキル。いくら器用貧乏の称号で熟練度が上がっているとしても使ったことのないスキルをぶっつけ本番で使うのは危ないので練習している。この一週間でだいたいのスキルは一通り使ったので使ったことのないスキルの残りは少ない。
「よし! コボルト討伐にするか」
コボルトは二足歩行する犬みたいな魔物で、見つけやすく倒しやすいので狩りやすい。強さはゴブリンと大して変わらない。
空いてる受付でスマイルゼロ円ではなく、スマイルがゼロのおっさんから依頼を受けると討伐に出発した。
ハルト達が訪れたのは岩場だ。大小様々な岩が散乱している。このような岩場がコボルトの生息地となる。
ハルトが早速索敵スキルで辺りを確認すると、知覚範囲内に一匹引っ掛かった。
しめしめと思いながら隠蔽スキルを発動して手早く移動して背後を取ると、大きめな岩に身を隠して顔だけ出す。視線の先には二足歩行のワンワンがのそのそ歩いていた。
コボルトは群れで行動する。ただ縄張りの見回りは少人数で常時行っているのでそこが狙い目である。まあ見つかれば増援を呼ばれてしまうリスクはあるのだが。
ハルトは腰のベルトからスローイングダガーを取り出すと、岩から出て振りかぶった。
ダガーが黄色く光る。勢い良く腕が降り下ろされるとダガーは風を引き裂きながら目標に向かって飛翔した。
投擲系AS『シングルスロー』が吸い込まれるようにコボルトの後頭部に突き刺さった。二足歩行のワンワンはそのまま前のめりに倒れると細かい粒子になって消えた。ドロップアイテムはコボルトの皮やら爪やら牙やら素材ばかりだった。まるでモンスターをハンティングするゲームのようである。
「ふーむ。一撃か」
『シングルスロー』は一つの投擲武器を真っ直ぐ飛ばすだけの単調な技だ。しかも基本の技であり威力はそこまで高くない。
しかし、奇襲という点では魔法と違い察知されにくいので有利である。威力もハルトが使えば十分に出る。
ハルトはスキルウィンドウを開きポチポチといじるとコボルト狩りを再開した。ちなみにクリスはハルトの近くで隠れている。ステータス激低のクリスのために隠蔽効果のあるマントを装備させているので魔物に襲われる可能性は低い。結構な値段だったのだから効いてくれなきゃ困る。
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二時間後、ハルトは二足歩行のワンワンの死体を積み上げて……はいなかった。死体は消えちゃうからね。
スローイングダガー、スローイングピック、ダーツ、投げ槍、ブーメランなど様々な投擲武器を使ってみた結果、ここら一帯のコボルトは駆逐されつつあった。索敵で相手を見つけ、隠蔽で背後を取り、投擲武器を急所に一撃。それだけで面白いように倒せた。
ハルトはホクホク顔でスキルウィンドウを確認している。元々熟練度だけは上がっていたのでコボルト程度では大して熟練度は上がってはいないが、スキルの感覚は掴めたので実戦でも使えるだろう。それに実際に使ったことで何のスキルModを取得すればいいかも目処がついた。
投擲のスキルModは〔投擲ASの威力上昇〕、〔投擲距離ボーナス〕、〔投擲速度ボーナス〕、〔投擲武器の命中率ボーナス〕を取得した。まだ他にも取得することは可能だが、やはり使いこなせないので徐々に取得することにした。他のスキルも同様である。
「さて、帰るか」
「本日の討伐は終了ですか?」
「ああ、もうとっくに数は足りて……!?」
これから帰ろうかというところでハルトの索敵スキルが接近してくる大型の魔物を知覚した。どうやらテンプレは一週間遅れでやって来たようだ。
「なんだ? でかいのが来るな」
ハルトは開けた場所に移動すると魔物を迎え撃つことにした。
五分後、ハルトの索敵スキルのスキルModによって強化された視力が敵を捉えた。ちなみにハルトが索敵スキルで取得したスキルModは〔索敵距離ボーナス〕、〔隠蔽看破〕、〔視力ボーナス〕、〔夜目〕である。
敵は身の丈二メートル程の大型のコボルトだった。体毛は茶色で筋骨隆々である。
コボルトとの距離が百メートルを切るとハルトは武器を構えた。投げ槍である。他にもハルトの全身にはこれでもかと投擲武器が装備されている。
ハルトは胸を反らし投げ槍を構えると、走ってくるコボルト目掛けて投擲した。
「オラァ!!」
槍はクリアイエローに輝きながら飛んだ。投擲系AS『イグナイトスロー』。途中でもう一度投げられたように加速した槍はコボルトの脇腹を抉った。
コボルトは構わず突っ込んでくるがハルトは慌てず騒がずスローイングダガーを取り出した。
「無駄、無駄、無駄、無駄ーー!! 斑模様じゃないコボルトなんぞ雑魚だ!」
弾幕の如く大量に投げられたダガーにコボルトは怯んだ。そして足を止めてしまった。それで勝負が決まった。
動きが止まったところにマシンガンの如くダガーやピックを投げつけられて全身蜂の巣にされた。結局ハルトとの距離は三分の一も詰められなかった。
圧勝である。光る線が見える暇も無かった。そもそも見えないけど。
「よし、帰るか」
「はい。……はぁ」
ハルトが何事もなかったかのように帰ろうとすると、クリスはため息を吐いた。ハルトが非常識たがらである。
クリスも出会ったときにクリムゾンワイバーンを倒しているところを見たことがあるので、ハルトが強いということは理解している。ただ大型のコボルト、正式名コボルトリーダーを倒して何の感慨も無いのは驚くを通り越して呆れた。
倒し方も投擲だけときた。一人で倒すのはまだわかる。一流の冒険者なら可能だろう。しかし、遠距離から投擲だけで接近される前に倒すとかありえない。それで平然としているのもありえない。
そもそも毎日得物を変えているのも意味がわからない。しかも全てが一流レベルである。意味がわからない。
奴隷を奴隷扱いしなかったり、常識がなかったり、戦い方が歪だったりとクリスはハルトがまったく理解出来なかった。
そんなクリスの困惑をよそに二人は帰路についた。




