器用貧乏のテンプレな召喚
白い光の奔流が収まると、目の前に広がっていたのは神秘的な神殿だった。ハルトは神殿になど行ったことは無いが、目の前に広がる光景は神話に出てきてもおかしくないと感じた。
ざわざわ
周りを見渡せば、クラスメイト達がキョロキョロと辺りを見回していた。しかし、なぜかハルト達のクラスの奴しかいなかった。体育館に一緒にいたのに他のクラスの生徒はいなかった。クラスに関係あるからか担任と副担任の先生はいたが。
(これって、なろうでよくあるアレじゃないよな?)
ハルトはオタク故にこの事態に心当たりがあったので、一人不謹慎にも少し興奮していた。だが、いろいろ考える前に事態が動いた。
「初めまして、異世界の方々。私はロゴスと申します。聖十字教会では教皇の地位に就かせていただいております」
漫画やアニメに出てくる法衣のような物を着た、いかにも聖職者という感じの初老の男がハルト達に話かけてきた。よく見れば周りに神官らしき人がチラホラいた。
「突然の事で混乱しているかもしれませんが、あなた方にはこの世界を救っていただきたい」
(なんでお姫様じゃなくておっさんなんだー!!)
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ハルトが脳内でアホみたいな叫びをあげている間に神殿だか祭壇だかわからない場所から移動して、無駄に広い部屋に来ていた。
(うおっ、アニメとかで見る無駄に長いテーブルだ。よく金持ちの貴族とかが親と子しか居ないのに食事に使ってるやつだな。なんで端と端に座るんだろ? リアルで見れるとは思わなかったな~)
召喚先にいたのが可愛いお姫様ではなくおっさんだったのにショックを受けて、立ち直ったがいまだにアホ全開のハルトである。
全員が座った後、ロゴス教皇が話を始めた。
「改めて説明させていただきますが、あなた方には魔王の討伐をしていただきたい」
ロゴス教皇の話はファンタジーでありがちな、自分勝手なものだった。
要約すれば、この世界には魔王がいて最近魔王の力が強まってきており、このままではそう遠くない内に戦争になる。魔王の軍勢はとても強く勝てないので、異世界から勇者を召喚して助けて貰おうというものだ。
当然大ブーイングである。これが国民的アイドルのコンサートなら感謝カンゲキで拍手喝采の雨嵐なのだろうが、現実は文句、悲鳴の雨嵐だ。
「ふざけないで!! ようは生徒達に戦いをさせるつもりね。そんなことは許さないわ!!」
今ロゴス教皇に対して食って掛かったのは遥子先生だ。さすが生徒思いのいい先生だ。
「お、落ち着いてください、北条先生。ま、まずは話し合い。そう、話し合いましょう」
顔色が悪く、汗をふきふき話しているのは副担任の小池 吉彦先生。化学の教師で遥子先生と比べるとぱっとしない。まずお前が落ち着けよ。汗かきすぎだ、服透けてるし。
「そうよ、早く帰してよ!!」
「戦うのなんて冗談じゃねーぞ!!」
口々に生徒が騒ぎ出す。小池先生は悲しいくらい無視だ。
「申し訳ない、実は我々にも元の世界への帰し方が解りません」
場が静まりかえった。
「そ、そんな、どうして!? 連れてこれたのなら帰せるはずでしょう!?」
さすがの遥子先生も顔色が悪い。
「この世にはたくさんの世界があり、我々はその中の我々の世界より上位の世界から召喚したことしか解りません。ですので、どのような世界からどんな者達が召喚されるのか解らなかったのです。まさかこんなに若い方々が召喚されるとは思ってもいませんでした。それに今回の召喚には主神ベラヒムー様のお力をお借りしたので、我々の力だけでは足りません」
「なら、また力を借りればいいじゃないですか!!」
「残念ながら今回の召喚はベラヒムー様から神託があったのでお力をお借りできましたが、神託が無い事柄に関してはお力をお借りできないのです」
「そんな…」
帰せる手段が無いとわかって、遥子先生の顔色が更に悪くなる。生徒に至ってはパニックだ。
ハルトはというと魔王の討伐あたりから頭をフル回転させていた。今までに得たオタク知識を総動員して考えを巡らせる。
(召喚系の創作物なら最悪なのは召喚して奴隷にするものだけど、今のところそれは大丈夫みたいだな。まだ安心はできないけど)
ハルトは話を聞きつつ、どんどんシュミレーションをしていく。召喚系の創作物はたくさん読んでいたので予習はバッチリである。実際に使う機会があるとは夢にも思っていなかったが。予習と復習はマジ大事。
しかし、生徒達のパニックは加速していく。
「ふざけんなよ!!帰せ、帰せよ!!」
「嫌よ、嫌ー!!」
「嘘だ、嘘だ…」
騒ぐ者、嘆く者、喚く者、泣き叫ぶ者、途方に暮れる者、遥子先生が落ち着かせようとするがパニックは治まらない。
(む、不味いな、収集つかなくなってる。考えるのは得意なんだけど、人の前に立つのは苦手なんだよな。どうやって止めよう?)
ハルトがどうやって止めようか悩んでいると
ドン!!
大きな音がして、発生源にみんなの視線が集まる。
「みんな、落ち着こう。慌てたっていいことはない。こんなときこそ冷静にだ」
イケメンスマイルと共に告げたのは学園のアイドルの守。どうやら、テーブルを殴ったらしい。話している姿はあまりにも落ち着きはらっていて、オフィスでコーヒー片手に話しているようだ。
だが、パニックになっていた生徒には効果抜群だった。あっという間に静かになって、女子に至っては熱いまなざしを送っている者も数知れずだ。
あまりのカリスマっぷりに、遥子先生は軽く落ち込んでいる。小池先生は口から魂だして、ピクピクしている。
「ロゴスさん、先ほど俺達が上位の世界から来たと言いましたが、どういう事ですか?」
「この世界の人間よりあなた方のほうが強いということですよ。潜在能力と成長率を合わせると数倍から数十倍くらいですね」
「なるほど、どうりで体が軽いわけだ」
守は少し考える素振りを見せた後。
「みんな、俺は魔王を倒そうと思う。この世界の人達が助けを求めていて、俺には助けられる力がある。なら、俺は助けたい。それに、魔王を倒せば元の世界に帰れるかもしれない!! どうなんですか、ロゴスさん?」
「ええ、ベラヒムー様も世界を救った勇者の頼みなら聞いて下さるでしょう」
「なら、やっぱり俺は魔王を倒す!! そして、この世界とみんなを救ってみせる!!」
と言って笑顔を浮かべた。なぜか守の笑顔が無駄にキラキラしていたが。
まるで物語に出てくる勇者のようである。
「俺もやってやるぜ!!」
「私も!!」
みんな、どんどん守に賛同していく。遥子先生が止めるが効果は無いようだ。小池先生は燃え尽きて白くなっている。
(確かに召喚されてしまった以上は、戦わないと立場が悪くなるかもしれないが…)
生徒達が戦う選択をした瞬間、神官達の雰囲気が一瞬変わった気がしたのでハルトは眉をひそめるが他の生徒達は気がつかなかったようだ。
現実逃避するかのように騒ぐ生徒に不安を覚えるハルトだが、結局は遥子先生の説得も虚しく魔王を討伐することに決まった。