器用貧乏の限界
ハルトは悪魔の攻撃をどうにか捌きながら反撃のチャンスを窺っている。だが悪魔の攻撃は気を抜くと一発であの世行きなので、なかなか反撃に出られないでいる。
一方悪魔はなかなかハルトが死なないことを疑問に思っていた。普通ハルト程度の実力なら数合も打ち合えばあっさり死ぬのたが、しぶとく生き残っている。
「ハッハッハ! 小僧! 貴様なかなか惜しいな」
「はあ? 何がだよ?」
ハルトは悪魔が急に攻撃を止めて話しかけてきたので驚いたが、息を整えるのと反撃の隙を窺うために返事をする。
「貴様の咄嗟の判断力や機転、戦闘のセンスはなかなかのものだ。肝も据わっている」
何故か予想外の高評価にハルトは眉を寄せる?
「だが残念なことにステータスが足りない。スキルの熟練度も足りない。貴様のレベルがいくつか知らんから平均より強いか弱いかはわからん。たとえ強かろうとも、今の貴様のステータスとスキルでは我と戦うには足りない」
「……」
ハルトは悪魔の言葉にぐうの音も出なかった。現在のハルトのスキルはこんな感じだ。
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スキル
武器系統
片手剣268・両手剣211・短剣134・細剣0・刀0・槍63・片手斧156・両手斧0・戦槌0・戦棍0・鞭0・鎌0・爪0・杖0・投擲0・弓0・盾112
防具系統
金属防具154・革防具88・布防具109
魔法系統
火魔法52・水魔法41・風魔法46・土魔法36・雷魔法159・光魔法44・闇魔法32・回復魔法61・支援魔法55・生体魔法74・結界魔法58・振動魔法45・刻印魔法101
耐性系統
火耐性0・水耐性0・風耐性0・土耐性0・雷耐性0・光耐性0・闇耐性0・状態異常耐性0・打撃耐性71・斬撃耐性52
身体技能系統
体術42・剛力82・縮地94・金剛79・筋力90・速力105・耐力89・鑑定74・索敵65・隠蔽51・採取0・所持容量拡張32・武器防御55・魔力消費量軽減52・魔力総量増加47・魂力消費量軽減32・魂力総量増加31
生産系統
鍛冶0・調合0・料理0・木工0・裁縫0・釣り0
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ヒュージラプトルを倒したことで戦闘に使ったスキルの熟練度は軒並み急上昇している。それでも他のクラスメイトと比べて尖ったスキルが無く、言ってしまえば光るものが無い。そもそも勇者ですらこの悪魔と戦うには役不足なのだが。
「本当に惜しい。貴様が我と伍するステータスであったなら我が待ち望んだ戦いができただろうに」
「待ち望んだ戦い?」
ハルトの問いに悪魔は素直に答えた。
「我は我と互角の実力を持つ者と死闘を演じたいのだ。折角ダンジョンのボスをやっておるのに一向に強者は現れん。そもそもここに誰かが来たのも久しぶりだ」
「そりゃそうだろう。このダンジョンの近くの街で病が蔓延してこの辺り一帯がしばらく封鎖されていたらしいからな」
ハルトは隙を窺うが悪魔は隙らしい隙を見せない。
「ふむ。なら貴様がここにいるということは封鎖は解かれたのか?」
「ああ、最近解かれたらしいぞ」
「なるほど、なら貴様を殺して強者が来るのを待たせてもらおう」
どうやらこれから攻略者が訪れるとわかった悪魔はさっさとハルトを殺すことにしたようだ。
「我の無聊を慰めてくれたことは感謝するぞ!!」
悪魔は剣を構え直した。ハルトも剣を構え直して啖呵を切る。
「ステータスの能力差が戦闘での決定的差でないことを教えてやる!!」
悪魔が跳躍して剣を叩きつけてくる。
ハルトは横っ飛びで辛うじて避けると、後ろに跳躍する。そして話している間に確認しておいた物を手に取る。
戦闘前に地面に突き立てておいた槍と片手斧だ。
ハルトは悪魔に突っ込むと槍と片手斧に刻まれている刻印魔法を起動する。〝雷渦〟〝炎渦〟が悪魔に直撃した。
魔法の爆発で悪魔が一瞬ハルトを見失う。ハルトは素早く悪魔の後ろに回り込むとASを発動させる。斧系AS『シングルクラッシュ』が悪魔の背中をかする。
しかし、浅いようだ。悪魔が体を傾けてダメージを減らしたらしい。図体がデカイくせに器用な奴だ。
「むんっ!」
悪魔が一回転しながら剣を振るう。ハルトはギリギリのところでスライディングで避ける。髪の毛が数本もっていかれた。
「禿げたらどうすんだ!」
ハルトが槍系AS『シングルスティング』を繰り出すが簡単に防がれた。
お返しとばかりに悪魔が横薙ぎの一撃を繰り出す。
ハルトは槍で棒高跳びの要領で攻撃をかわすと、空中で片手斧を投擲した。悪魔は剣を振り切った体勢のため避けられず、左腕で防ぐ。
着地したハルトは真っ二つにされた槍を捨て、刻印魔法を起動する。ヒュージラプトルにもダメージを与えた七つの大槍が瞬く間に形成され、放たれた。
ズドドドドドドドンッ!!
悪魔の体が衝撃に揺れるが、ハルトはここで倒しきるべく更に刻印魔法を起動する。〝雷渦〟〝炎渦〟が発動して追撃をかける。
今ので左右の肩当て、左右の肘当て、左右の膝当て、左右の脛当て、ブレストプレートの刻印魔法を消費した。
「うおおおっーーー!!」
だめ押しとばかりにAS『バーチカルスラッシュ』を発動させる。
ガキィィン!!
しかし、『バーチカルスラッシュ』は防がれたようだ。
ハルトが目を見開くなか、悪魔がゆっくり剣を構える。
「良い攻撃だった。我もまんまと不意を突かれた。だが威力が足りなかったな」
ダメージはあるものの、致命傷にはほど遠い様子の悪魔にハルトのこめかみに冷たい汗が流れる。
悪魔が大振りの一撃を繰り出し、ハルトは動揺していたため反応が遅れて吹き飛ばされた。危ういところで剣で直撃こそ防いだが衝撃が内蔵にダメージを与えたらしく吐血した。
(やっぱり器用貧乏じゃ駄目なのか……?)
ハルトはアンダーシャツに刻まれた刻印魔法を起動して、体を治療する。しかし、ハルトの頭の中には器用貧乏の限界という文字が浮かび、体から活力が失われていく。
「なんだ、もう終わりか。残念だ、興が乗ってきたところなのだがな」
悪魔が剣を大上段に構える。ハルトはそれをノロノロとした動きで見上げた。全てがスローモーションに感じるなか、今までの出来事が走馬灯のように浮かび上がってくる。そして、ハルトは思った。帰りたいと。訳もわからず召喚されて、問答無用で戦わされて、挙げ句クラスメイトに裏切られて死ぬ。そんなのは理不尽だと。
(まだ、死ねない!!)
ハルトの体に活力が戻った。だが悪魔の剣は目の前まで迫ってきている。咄嗟に短剣を左手で抜いて、自分と迫る剣の間に滑り込ませる。
カキィン!!
「!!」
ハルトの短剣が自身の何倍の大きさもある大剣を弾いた。悪魔はその光景に驚愕し、動きが止まる。
「ハァッ!!」
その隙をついて、ハルトのバスタードソードが悪魔の脇腹を切り裂いた。
悪魔が後方に飛びす去り、まじまじと自身の傷を見ている。
「フッ、フハハ。フハハハ。我に剣で傷をつけたか。良い、実に良いぞ!」
なんかダメージを与える度にテンションが上がっている気がするがハルトは気にするのを止めた。どうせ録な答えは返ってこない。
「少々貴様を舐めていたようだ。我に剣で傷をつけた貴様には名乗らなければな。我は上級悪魔アゲインスト」
「えーと。じゃあ一応俺も名乗っとく。俺はハルト、よろしく」
「ふむ、ハルトか。覚えておこう。では殺し合いを再開するとしよう」
悪魔改めアゲインストが堂々と名乗り、ハルトがなんとなく名乗る。そして、戦闘が再開された。
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ヒュッ!
ハルトの耳元で死の風切り音がするが、ハルトは努めて無視する。
ハルトの頭を通り過ぎた剣が高速で戻ってくる。アゲインストは単発の攻撃をやめて連続斬りを始めたようで、ハルトかさっきからちょくちょく死にかけている。
今度は避けずに左手の短剣で弾こうとする。しかし、完全には弾けず逸らすのが精一杯だった。逸らしたことでできた空間に体を潜り込ませて剣を避ける。
「なるほど武器防御スキルか。しかもステータスに釣り合わない高レベルなものだ。だが左手の短剣でしかできないようだな。つまりその短剣のアビリティという訳か」
「……」
図星だったがハルトは何も言わずにバスタードソードを振る。ハルトの態度から図星とわかったアゲインストは防いでみろとばかりに果敢に攻める。ハルトは防御と回避でいっぱいいっぱいで、守護の短剣が無ければ即行で御陀仏だ。
だがやはり完全には弾けない。ここでも低いステータスが仇となっている。少しずつ体に切り傷が増えていく。
「やばいな……」
このままではジリ貧だとハルトは最後の賭けに出ることにした。なんか最近ギャンブルばっかだなー、俺破産するかもとか頭の隅で考えながら最後のカードを切る。
左腕の腕当て、左足のブーツ、ズボン、バスタードソードの鞘に刻まれた刻印魔法を起動する。〝豪刻〟〝尢閃〟〝天冑〟×2が発動して身体能力が強化される。
現在ハルトには〝豪刻〟〝尢閃〟〝天冑〟が三つずつかけられている。ヒュージラプトルと戦った時に比べて〝天冑〟の数が増えており、またステータスやスキル熟練度も上がっていて段違いに身体能力が上がっているのだ。そのかわりに体への負担も半端ないのだが。
「うおおっ!」
キィン!!
ハルトが完璧にアゲインストの剣を弾き、大きく体勢を崩させた。その隙をついてハルトは反撃に出る。次はこんなに上手く体勢を崩すことはできなそうなので、実質最初で最後のチャンスだ。
全力の横薙ぎの斬撃がアゲインストの胸板を捉える。
「グッ!」
胸板から血が吹き出し、アゲインストがよろける。どうやら初めてハルトの攻撃がクリティカルヒットしたようだ。
ハルトは更に剣を振るい、アゲインストに線を刻んでいく。
「調子に乗るな!」
アゲインストがこれ以上好き勝手はさせぬとばかりに剣を叩きつけようとする。ハルトはバスタードソードで弾こうとする。今までなら絶対に無理であったし、今でも分が悪い。だが剣の腹を叩くことで軌道を逸らすことはできる。
ハルトは剣の軌道を逸らし、紙一重で避ける。そして懐に飛び込み脇腹に短剣を突き立てる。
「くらえっ!」
即座に短剣に刻まれた刻印魔法を起動し、〝雷放〟で体内からダメージを与える。
「グハッ!」
アゲインストは吐血しつつも拳を振り上げ、ハルトに殴りかかる。
ハルトはひらりと避け、両手でバスタードソードを構える。そのままアゲインストに突っ込もうとすると、アゲインストは驚異的な反応で剣を振り抜きカウンターをかましてきた。
しかしハルトは想定内だと落ち着き払って刻印魔法を起動する。短剣の鞘に刻まれた〝断壁〟が発動し、一瞬だけ剣を受け止める。その間に這うほど姿勢を低くして剣をかわし、立ち上がる勢いも乗せて全身全霊で突きを放つ。
刀身がスカイブルーに輝き、剣系AS『ハードスタブ』がアゲインストの胸を貫こうとする。それに対してアゲインストは振り切った剣を強引に戻して振るう。
「うおおあああーーーー!!」
ハルトとアゲインストの影が交差し、動かなくなる。天井の水晶が二人を照らす中、静寂が訪れる。永遠のような一瞬の後、静寂が破られた。
ブハッ! アゲインストが大量に吐血して膝をついた。胸の中心にはノワール・ディバイダーが深々と突き刺さっている。
「フッフッフ……。やるではないか……」
血ヘドを吐きながらもアゲインストはどこか嬉しそうだ。一方ハルトは何も言わない。沈黙を保っている。
「相討ちとは我もまだまだだな」
ぐらり ハルトがよろめいた。ハルトの右目から太股までが斬られている。最後の一撃の瞬間にアゲインストが無理矢理振った剣がハルトの体を切り裂いたのだ。ただ無理な体勢だったため間合いが狂い、ハルトを両断するには至らなかった。それでも右目は完全に失明して、体も深々と切り裂かれているが。
ハルトがヨロヨロと後ずさると大量の血が傷口から流れ出した。天言の腕輪とパンツに刻まれた刻印魔法を起動して回復魔法を発動させるが傷が深く一向に傷が塞がらない。
(やべぇ、血が止まらねえ……)
ハルトの足下には血溜まりができている。そして、なにより全身が熱く、言葉にできないほど痛い。
「相討ちとはいえ、見事だったぞ。我に致命傷を与えるとはな」
アゲインストがなにやら褒めているがハルトは意識が朦朧としていてあまり聞こえていない。傷が致命傷のため回復魔法を重ねがけしても死ぬまでの時間を延ばすことしかできない。
「だが残念だったな。我はこれでは死なんぞ」
「な、なにっ?」
アゲインストの爆弾発言に瀕死のハルトも反応して掠れ声で問う。
「やはり知らんようだな。正確には生き返る。上級悪魔は特定の部位にダメージを与えた後にしか殺せない。我の場合は首輪を壊してからでないと死なん」
アゲインストの首には目立つ首輪がつけられている。
「けっこう有名な話だと思っていたんだがな」
「な、まじかよ……」
ハルトは呆然とする。有名な話だとか言われてもハルトはついこないだまでこの世界にいなかったので知ってるわけがない。
「惜しかったな。だが誇って良いぞ、我を殺すのだから」
「ふ、ふざけんな……」
怒鳴りたいがもはや大声は出せず、ヒューヒューと空気の抜けるような呼吸音に負ける小さな声しか出ない。
「では先に逝くぞ。我を殺したこと、あの世で亡者どもに自慢するがよい……」
アゲインストは言いたいことだけさっさと言って、あっさりと死んでしまった。しかし奴はしばらくすれば生き返る。
ハルトは遂に立っていられず仰向けで倒れこんだ。体から熱が逃げていくのを感じながら、何故こんなことになったのかとぼんやりと考える。もう体の感覚が無く、痛みも感じない。
(俺は死ぬのか……。底に落ちるまでは心のどこかでラノベの主人公みたいになれるんじゃないかと思ってたけどな……。バカみたいだな……)
虚しさを感じながら、何も掴めないとわかっていながらハルトは宙に左手を伸ばす。
そのとき、ハルトの視界にリザルト画面が表示された。アゲインストが死んだことで経験値が入ってレベルが上がったようだ。生き返るのでドロップアイテムは無いらしい。レベルは39まで上昇した。また壁をぶち抜いたようだ。
しかし、そんなものはもうすぐ死ぬハルトにはなんの意味も無い。
回復魔法も効果が切れて、ハルトは急激に命が失われていくのを感じた。もはや体は冷えきり、死体と変わらない。
それでも尚、手を伸ばすと別のアイコンが表示された。アイコンには称号 器用貧乏が覚醒しましたと書かれている。
(覚醒? なんだよそれ……。死ぬ直前に覚醒しても意味無いだろうが。やっぱり器用貧乏は嫌いだ……)
「死……に、たく…ない……」
伸ばしていた手が地面に落ちて動かなくなった。
その日、日向 ハルトは死んだ。




