器用貧乏の日常の崩壊
キィン!キィン!
暗い迷宮の奥底で、断続的に金属音が聞こえる。音を奏でているのは、一人の少年と異形の怪物。
少年、日向 悠斗は満身創痍の体を必死に動かして、怪物と切り結ぶ。対する怪物はハルトをいたぶるように、どこか嬉しそうに剣を振るう。怪物はこの世界では魔物と呼ばれている。この魔物の名前はエリート・アサルトゴブリン。迷宮の奥底に生息する魔物で、そこそこ強い。
ヒュン!!
「ぐっ」
ゴブリンの剣が、浅く肩を切り裂く。
流れる血が、痛みが、これが現実だと否応なしに突きつけてくる。今もし、ゴブリンの剣が、心臓を貫けば死ぬ。誰もいない、迷宮の片隅で。そんな考えが脳裏をチラつき、ハルトは背筋が冷たくなるが強引に体を動かす。ここで恐怖に呑まれれば、本当に死ぬ。
「くそったれが!!」
ハルトが無理矢理に武器を弾く。強引に作った間を使い、逆襲のための手札を切る。
武器を構え、ASを発動させる。
片手剣AS『ホリゾンタルスラッシュ』
刀身が白く輝き、空中に白い軌跡が水平に描かれる。ハルトが放った斬撃がエリート・アサルトゴブリンを深々と切り裂いた。
「グルァァァァー!?」
ゴブリンが怯んだ隙に、剣を喉に突き立てる。
返り血を浴びながらも、どうにか倒した。
「はあ、はあ…」
敵を倒したというのにハルトの表情は暗い。それはこのゴブリンはダンジョンに生息している大量の魔物の一匹でしかないからだ。敵はまだ無数にいる。
ハルトは息を整えながら、必死に脱出の方法を考えていた。しかし何も良い案が浮かばず、頭の隅で考えないようにしていたことを意識してしまう。
ハルトはついこないだまで普通の学生だった。だがありえない現象と裏切りによって今に至っている。
理不尽な世界を呪う声が心の中で吹き荒れる。
ハルトは息を荒げながら、これまでの経緯を思い浮かべた。
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「ふぁ~、今日は朝礼か、めんどくせー」
ハルトは高校二年生だ。勉強も運動も可もなく、不可もなくという感じで平凡だ。ついでに顔面偏差値も良くもなく、悪くもなく、平凡だ。
部活動にも入っておらず、バイトをしている。身長は170㎝後半でやや痩せ型である。
ハルトは所謂オタクなのだが、寝食を忘れるほどではない。普通の人よりも、少し漫画やラノベやアニメが好きなだけだと本人は思っている。
今日は月に一度の朝礼なのだが、面倒くさいものは面倒くさい。最近の学校は朝礼が無いところもあるらしいが、残念なことにハルトの学校にはある。
ハルトは朝礼が好きな奴なんていないよな。いたら、そいつは変態だなとか思ったり、あと世の校長先生は、もっと話を短くした方が人気が出ると思うな。とか、くだらないことを考えながら通学路を歩いた。
あくびをしながら、教室に入ると
「オッス! ハルト。なんかダルそうだな」
声をかけてきたのは蒼井 大河といい、ハルトとは小学校からの付き合いだ。大河は身長が180㎝後半と高く、バレー部に所属している。大人びていて、頼れるお兄さんといった感じで、バレー部では頼りにされているらしい。
「ああ、だって朝礼面倒くさいじゃん」
「まあ、確かにな」
他愛もない話をしていると、二人に近づいて来る女子がいる。
「もー、だめだよ。そんなこと言っちゃ」
彼女の名前は宮野 玲來という。
身長160㎝くらいのブロンドヘアの女の子で、ハーフで容姿端麗、運動神経抜群、頭脳明晰というスーパー美少女だ。さらにスタイルも良く、性格もみんなに優しいというチートっぷりである。
「えー、校長先生の話って長くない?」
「そんなことないよ」
じーっと、ジト目でガン見する。
「えっ!? そのっ」
「校長先生の話が好きな奴は変態だと思うよな、宮野さんもそう思うよね」
「ふぇっ!?」
ハルトがニヤニヤしていることに、宮野さんは気づいていない。
「ん? もしかして、宮野さんは変態なの?」
「ちっ、違うよ!! 私変態じゃないよ!!」
「じゃあ、校長先生の話は長ったらしくて、鬱陶しいよね」
「うーー、日向くんのバカ……」
やっと、からかわれていることに気づいたレイラは頬を膨らませて睨んでいる。しかし、まったく迫力が無い。
「日向くんあまりレイラを苛めないであげてね」
そう言って近いて来たのは、栗色の髪のポニーテールの美少女。名前は橘 凜といい、170㎝を超える長身でモデル体型の女子だ。クールビューティーという言葉が良く似合う。
「おはよう、橘さん」
「凜ちゃん、私苛められてないよ!!」
「そうね、嬉しそうだものね」
「凜ちゃん!?」
二人は幼なじみで小学校からの付き合いで、いつも一緒にいる。凜曰く、レイラは抜けているところがあるのでほっとけないらしい。
「おはようございます」
美少女二人に挨拶したのは、二人に負けない美少女だった。
三人目の美少女の名前は白井 唯。身長は150㎝ちょっとで黒髪のセミロングである。
「「おはよう」」
「日向君と蒼井君もおはようございます」
「「おはよう」」
彼女は中学校から二人と一緒らしく、口調が敬語なのが特徴だ。
ハルトが朝から美少女三人を見れて眼福、眼福などと思っていると、もう一人の幼なじみがやって来た。
「やあ、みんなおはよう」
爽やかなイケメンスマイルと共に挨拶してきたのは南 守だ。レイラと凜の幼なじみで、超絶美少女の二人に釣り合う超絶イケメンである。
「「「「「おはよう(ございます)」」」」」
ハルトは実のところ守が苦手なのだが、このクラスになってからはこの六人がよく一緒にいる所謂いつものメンツである。美少女三人は大歓迎なのだが、守はとんだハッピーセットである。
守は身長180㎝半ばで容姿、学力、運動神経の全てがオールSのイケメンモテ男だ。月に何度も告白されているらしく、リア充は死ね!とハルトは思っているが、なぜこんな学内カーストのトップの奴らと一緒にいるか未だにわかっていない。一年生のときクラスが同じだったレイラに声をかけられたのがきっかけで、レイラと話すようになったら、他のクラスだった凜、守、唯とも芋づる式に話すようになったのだ。
だが、ハルトはなぜ声をかけられたかはわかっていない。まさか好意をもたれているとは思っていない。そんなのは漫画やアニメやラノベの中だけであることは嫌というほど知っている。中学で痛い目にあってるんだから、二度も引っ掛かるかと思っている。
ガラガラガラ
教室のドアが開いて、担任の先生が入って来た。名前は北条 遥子と言って、英語科担当である。170㎝という女にしては高い身長に加えてハイヒールを履いているので、さらに高く感じる。しかし、高圧的な印象は一切無く、むしろ生徒に親身になってくれるので人気がある。あとスタイルも抜群なので、男子の人気は半端ない。
「はーい、そろそろ体育館に移動しますよ」
先生の声を聞いて、みんな移動を始める。
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ざわざわ、ざわざわ
どこぞの賭博漫画のようになっているが、学生が一ヶ所に集まれば騒がしくもなる。
ハルト達のクラスはというと
「「アッ? やんのかゴラァ!!」」
一番騒がしかった。
「ボケッと突っ立って、邪魔だ!!」
「テメーのデカイ図体の方が邪魔だ!!」
見た目不良な二人の生徒が怒鳴りあっているが、一人はハルトの友達だったりする。
中猪 達也とは中学からの付き合いで、昔は一緒に悪さした仲だ。身長は180㎝後半で筋肉質、仲間思いのいい奴だけど、頭に血が上り易くて猪突猛進のおバカだ。
そして、喧嘩の相手は荒谷 拓真といって、身長190㎝の恐い顔した奴だ。よく他校の不良と喧嘩をしているとか噂を聞く。
大声を出して睨みあっているが、周りのクラスメイトはスルーである。日常茶飯事だからだが。
あんまりうるさいと他のクラスに迷惑なので、学級委員の竹中が仲裁に入る。クラスメイト達も二人の相手をするのがめんどくさ……いやいや大変だから、二人の相手は竹中!と暗黙の了解ができている。
ハルトも相手をする気は無く、頑張れ竹中!応援してるぞ、くらいしか考えていない。憐れ竹中。
「達也も毎回毎回よくやるよなー」
「まあ、あれは一種のコミュニケーションぽいしな」
ハルトと大河はのほほんと、他人事のように言っている。
それを凜が呆れたようにツッコミを入れる。
「あなた達も友達なんだから止めなさいよ」
「「いや、めんどくさいし」」
揃ってめんどくさそうにしている二人に凜はため息をつく。
そんなくだらない話をしている間に全ての学年のクラスが集まった。
この時、ハルト達はこんなくだらなくも楽しい日常がずっと続くと思っていた。平和な日常がどんなに尊いか知らずに。
朝礼が始まろうとした時、空中に見たことの無い文字がいくつも浮かび上がった。文字は複雑な図形を描いていた。そう、まるで魔方陣のような図形を。
「な、なんだよ、あれ」
「魔方陣? 嘘だろ…」
突然空中に浮かび上がった文字に、生徒達はパニックになりかけていた。
混乱する生徒達を必死に落ち着かせようとする先生達。
そんななか、魔方陣が輝き始めた。
「みなさん、逃げてください!!」
先生の誰かが叫んだ瞬間、白い光が世界を覆った。
この日、ハルト達の日常は崩壊した。