器用貧乏とワンモア・トラップ
第一話冒頭の辺りの話になります。
「はぁ、はぁ……」
ハルトが探索を開始してすでに十数時間が経過している。時間の感覚はとうに無く、度重なる魔物とのエンカウントで疲労が溜まってきている。
「ッ!!」
魔物の叫び声が聞こえてくる度にビクつきながら進んで行く。拙い索敵や隠蔽のスキルを使いながらの探索であるため、精神的な疲労も凄まじいことになっている。
「こんなことなら斥候向けのスキルを鍛えておけばよかった……」と後悔しているが、後の祭りである。
ハルトは現在地を完璧に見失っており、最早適当に進んでいるだけだ。初めはマッピングモドキをしていたのだが、魔物から逃げるうちに完全な迷子になったのだ。
もう何度目かわからない十字路を適当に右に曲がる。
「またか……」
曲がった先は行き止まりだった。先ほどから何度も繰り返し見てきた光景にハルトは目眩を覚えた。
そして、すごすごと引き返して反対方向、さっきの状態で言えば十字路の左に進んだ。
通路の明かりは壁から露出している石がほのかに光っているだけで光源は乏しく、薄暗いダンジョンは不安をかきたてる。
ハルトは知るよしもないが、ハルトがいる階層は第五十層である。本来は三十層までしかないカリルカのダンジョンに公式には存在しない階層だ。なぜ公式には存在しないかというと、カリルカは魔法によって何層まであるか調べられたのだが、三十層から下は実際に踏破しなければわからない仕組みになっているからだ。ハルトは意図せずに大幅なショートカットをしてしまったのだ。
「グギャギャ!」
十五メートルほど先の曲がり角からゴブリンが姿を現した。
ハルトはすでにゴブリンと五回エンカウントしていて、六回目のエンカウントになる。五回の内、二回倒して三回の逃走だ。倒した二回はどちらもゴブリンに気づかれて逃げられない場合だった。
どうしてそこまでゴブリンを避けるのかというと、理由はいくつかあるがまず単純にゴブリンが強いからだ。ゴブリンと一纏めに呼ばれてはいるが、ゴブリンは複数の種類がいて種類によって大きく強さが変わる。そしてこの階層のゴブリンは強い。
曲がり角から出てきたゴブリンはエリート・アサルトゴブリン。エリートと付くだけあって普通のゴブリンとは比較にならないほど強い。武装も立派な剣を持っている。
「!! グギャギャー!」
どうやらゴブリンはハルトに気がついたようで、ハルトに向かって走り出した。
「チッ! こなくそ!」
ハルトはバスタードソードを構えて迎え撃つ。
ゴブリンはハルトの間合いの外で大きく剣を振りかぶった。一瞬のタメの後剣が青白く光り、通常の斬撃とは一戦を画する威力を秘めた斬撃が放たれた。
ハルトがエリート・アサルトゴブリンを避ける最大の理由がASを使うからだ。身体能力もさることながら、武器を持ち人間と同じように使われては戦いづらい。ASは強力であり、当たればハルトも無事ではすまない。また、ハルトが人型の魔物との戦闘経験が少ないのもネックであった。
「ぐぅぅー!」
ハルトはゴブリンが放った『バーチカルスラッシュ』を受け止め、鍔迫り合いに持ち込んだ。
「グギャギャ!」
ゴブリンの不細工な顔がハルトの目の前で醜悪に歪んでいる。
ハルトはすでに全力を出しているがいっこうに押しきれない。ハルトとゴブリンの身体能力は拮抗しているのだ。
ハルトとゴブリンが同時に飛び退いて間合いが開いた。
「ゴブリンって俺より強くね?」
ハルトは額の汗を拭いながらどっかの盗賊みたいなことを言っている。
ゴブリンはハルトの言葉が気にくわなかったのか、また突っ込んできた。
「おらっ!」
もう一度鍔迫り合いになったところで、ハルトは刻印魔法を起動させた。
ノワール・ディバイダーから〝雷放〟が放たれ、ゴブリンを感電させる。
「グッ、ギャァー!!」
ゴブリンが痺れている間にハルトは剣を大きく振りかぶり、ASを発動させる。『ホリゾンタルスラッシュ』がゴブリンの首を断ち切った。
ゴブリンの首が放物線を描いて飛び、細かい粒子になって消えた。
「……もう疲れた……」
ハルトは壁にもたれかかり、そのままずるずると座り込んでしまった。
ハルトが倒したゴブリンは強かった。だがゴブリンですら、この階層では最弱だ。さっきでっかい昆虫にむしゃむしゃ食べられてるのを見た。つまりハルトはこの階層の生態系最弱ということだ。
そんなお先真っ暗な状況にハルトの心は折れかけている。その度に自分を裏切ったクラスメイト達の顔を思い出して心を奮い立たせてきたがそれも限界に近い。
しかし、ずっと座っているわけにはいかない。魔物の叫び声が聞こえてハルトは慌てて移動を再開した。
ハルトが重い体を引きずるように移動していると、行き止まりの壁の手前に宝箱を見つけた。宝箱は階層が深いほどレア度が上がる。
ハルトはまわりを警戒しながら宝箱に近づいて箱に手をかけた。転移系のアイテムでも出ないかなーと微かな期待をしつつ箱を開ける。
「…………短剣?」
出てきたのは特に豪華でもかっこよくもない、見た目普通の短剣だった。
ハルトは半ば諦めつつ短剣を鑑定メガネで見てみる。
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守護の短剣
固有アビリティ 左手の護剣
この短剣を左手で扱っている時のみ、短剣最上位武器防御AS『マインゴーシュ』が使用可能になる。
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なんか凄そうなの出たー!とハルトがガッツポーズをしようとしたところ、後ろから唸り声が聞こえてきたのでダッシュした。
ゴブリンとの戦闘をしてから二時間ほど経った頃、ハルトは魔物に追われていた。
今まではなんとか撒いていたが今度は無理そうだった。追いかけてくる魔物はゴブリンやら巨大昆虫やら名状しがたい化物やらたくさんいる。
「はぁっ、はぁっ、はぁっ」
ハルトが息を荒げながら通路を走り抜けると、通り過ぎた角から魔物が追いかけてきた。さっきから走れば走るほど魔物が増えていく。
もうだめ、もう無理、もう限界、もうもたない、もうやだ、もう死ぬ。心の中は弱音でいっぱいだが足は止まらない。だって足を止めたらマジで死ぬ。
ハルトが振り返ると更に魔物が増えていた。
「っ~~~!!」
声にならない叫び声をあげながらハルトは走り続ける。
そして、角を曲がった先は行き止まりだった。
「冗談じゃねーぞ……。こんなとこで死ねるかよ……」
背後から大量の魔物が迫ってきた。
ハルトは壁際にギリギリまで引っ付いて青い顔をしている。
いよいよ視界が魔物で埋まったとき、震えながら足をちょっと横に動かしたらカチッと音が鳴った。
「えっ?」
ハルトの視界が白く染まった。
視界が晴れるとハルトは大きな扉の前にいた。どうやら転移したようだ。
「またトラップか……。今度は助けられたのか?」
辺りを見回すが扉は目の前の大きな扉だけ、他には出入口は見つからなかった。魔物はいないようで、ハルトは一安心する。
扉しかない部屋、言うなれば扉の間だろうか。他には何もなく酷く殺風景だ。唯一ある扉はどこか不気味で近寄りがたかった。
ハルトはとりあえず腰を下ろすとストレージから水筒と保存食を取り出して休憩を始めた。
食料に関しては騎士団からダンジョンに入る前にまとまった数を渡されていたので一週間くらいは問題ない。腐らないし。
「まいったなー。でかい扉しかないけど、嫌な予感しかしないんですけど」
ハルトがモグモグしながら打開策を考えるが特に何も思いつかない。
やっぱ開けるしかないかー。でもなんかヤバそうだしなー。見るからにボス部屋っぽいしなー。とかうだうだしているうちに眠たくなってきたのでハルトは考えるのを諦めた。
どうせ魔物は出なそうだからと、ハルトは無防備に夢の世界に旅立った。




