器用貧乏と底
(うそ……。どうして……)
レイラの視線の先でハルトがヒュージラプトルと共にステージの崩壊に巻き込まれ、落ちていった。
レイラは現実を受け入れられず、立ち竦む。
「ふざけてんじゃねえぞ!! なんでハルトに魔法を放ちやがった!!」
達也が通路前に陣取っていた生徒達に怒鳴り散らす。
生徒達は気まずげに目を逸らすだけで何も言わない。
「お前らそれでもっ」
達也が更に怒鳴ろうとしたとき、辺りにガラガラという音が聞こえ始めた。
ステージの崩壊が生徒達の方まで迫ってきたのだ。
「全員速やかに通路を渡れ!!」
咄嗟にアレクが指示を出したことで、完全にステージが崩壊する前に全員が通路を渡りきった。
通路の先には魔方陣があり、アレク達が調べたところ転移の魔方陣のようだ。他には出口は無いようなので、魔方陣に魔力を流して起動させる。
辺りを光が包み込むと、罠のあった隠し部屋に転移していた。
生徒達の中には安心したのか地面に座り込む者もいる。守や拓真でさえ壁にもたれかかって荒い息を吐いている。
アレクは一人を除き、全員がいるのを確認するとダンジョンから脱出するため、移動を促そうとした。だがそうはいかなかった。一部の生徒達が揉め始めたからだ。
「なんでだ! なんでハルトを見捨てた!」
達也が生徒達に食ってかかっている。
「し、しょうがないだろ! あのままだったらあの化け物がこっちまで来てただろ」
「なっ、ハルトが足止めしてくれたお陰でお前らは無事だったんだろうが!」
「だ、だから最後まで足止めしてもらっただけだろっ。あ、あいつだって弱いんだから自分が死ぬのわかってただろ」
「てめえ!!」
殴りかかろうとした達也を大河が止めた。
「なんで止めるだよ大河! お前だって許せないんだろ!?」
「確かに納得はできない……。でも今はダンジョンから出るのが先だ。ハルトが足止めした意味を考えろ……」
達也が大河の手を見ると、握りしめて震えているのが目に入った。達也はもう何も言えず引き下がった。
アレクの指示で撤退を始める中、レイラはただ凜に手を引かれるままに歩いた。レイラの目に光は無く、憔悴していて酷い状態だ。
帰りは特に何も無く、無事にダンジョンから出ることができた。出口から出ると泣き始める生徒もいるなか、レイラはやっと現状を把握し始めた。
「ねえ凜ちゃん。日向くんは? 日向くんはどこ?」
辺りを見回して、わかっていても聞かずにはいられないといった様子で凜に問いかける。
「日向くんは……。彼は穴の底に落ちたのよ、ステージの崩壊に巻き込まれて。死んだのよ……」
「うそ……。うそでしょ、凜ちゃん。うそって言ってよ……」
レイラは凜にすがりついて泣き始めた。わかっていたのだ、自分が守るなどと言って結局守れなかったことを。それどころか、守ってもらったのは自分達の方だったことも。
なにを思い上がっていたのだろう、チートな力を手に入れて強くなった気でいて、ばかみたいとレイラは思った。
そして、気づいた。自分はハルトのことが好きなのだと。初めはたまたま同じクラスというだけで、しばらくしてからなぜかハルトのことが気になって自分から話しかけた。凄く驚いていたけど丁寧に対応してくれてとても嬉しかった。それから少しずつ話すようになって、二年生のクラス替えでも同じクラスになってますます話すようになった。
これからも一緒にいられるものだと思っていた。いなくなってから気づくことが本当にあるなんてと自分の鈍さに呆れる。
(私は日向くんが好きなんだ……)
レイラは自分の気持ちを自覚したが、既に伝えるべき相手はおらず、ただ泣き続けるだけだった。
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ハルトは現在、人生初の命綱無しのバンジージャンプの真っ最中である。
下を見れば暗闇のみで底は見えない。上を見ればどんどん光が遠ざかっていく。
(俺……、死ぬのかな……)
半ば命を諦めかけていると、ヤツの叫び声が聞こえてきた。
「グウアーーー!!」
同じく崩壊に巻き込まれたヒュージラプトルだ、ハルトの真上にいる。このままいけば地面とヒュージラプトルにサンドイッチされて素敵な最期を迎えること必至である。
さすがになんな死に方は嫌だなーと考えていると、ハルトのオタク知識しか詰まっていない脳に閃光が走った。
ハルトの目に力が戻り、口角が上がる。
「さあ人生で初の自分の命を賭けたギャンブルだ!」
ハルトはやけっぱちのように叫ぶと刻印魔法を起動させる。今回は右の腕当てに刻んだ刻印魔法で、発動した魔法は結界魔法の〝断壁〟。さらに両足の鉄で補強されたブーツに刻まれた生体魔法〝尢閃〟×2を発動させる。
そして、自分の落下先に展開した〝断壁〟を蹴っ飛ばして穴の壁面の方に方向転換する。
「うおらっ!」
ゴツゴツしている壁面を蹴っ飛ばして落ちてくるヒュージラプトルに向かって跳ぶ。その際かなりの衝撃が体を襲ったが、現在ハルトの肉体は生体魔法〝豪刻〟×3〝尢閃〟×3〝天冑〟×1によって強化されまくっているので問題なく弾丸のような速度で跳んでいく。
「くたばれ!!」
落下の最中でも手放さなかった愛剣ノワール・ディバイダーをヒュージラプトルの背中に突き立てた。それと同時にノワール・ディバイダーに刻まれていた刻印魔法を起動して、雷魔法〝雷放〟を発動させる。
「グゥギャアアアーーー!!」
解き放たれた雷がヒュージラプトルを内部から焼く。ハルトは剣を突き立てたまま、ヒュージラプトルの背中を蹴り壁面に向かって跳ぶ。これでヒュージラプトルの上をとったサンドイッチはない。
それから短剣を抜き、突き立てる。
「止、ま、れぇーーー!!」
途轍もない衝撃に両腕が悲鳴をあげているが構わず短剣を握り締める。盛大に火花が散り、ガリガリと嫌な音を立てる。
チラッと下を見ると地面が迫ってきている。
「やっべ! と、止まれー!!」
ベキッ
ハルトの願いとは裏腹に短剣は呆気なく折れた。
「なんて根性のねえ短剣だっ! お、落ちるー!!」
短剣に根性も糞も無いが、ハルトはズボンに刻まれた刻印魔法を起動する。風魔法〝風渦〟が発動する。
風が渦巻き真下に向かって放たれる。体を浮かせるほどの力は無いが、落下速度を鈍らせる。
まず、ヒュージラプトルが背中から落ちた。次にハルトがじたばたしながら落ちた。最後に崩壊したステージの瓦礫が落ちてきた。
「ついてないな……。まったく……」
迫ってくる瓦礫を見ながら、ハルトの意識は闇に落ちた。




