器用貧乏と裏切り
(おいおい、嘘だろ!)
ハルトの視線の先で満身創痍のヒュージラプトルが立ち上がる。
魔物にも一部スキルやアビリティを持つものがいる。ハルト達は知らないがヒュージラプトルもそれにあたり、『暴走』というアビリティを持っている。
『暴走』は自分が大ダメージを受けたときに発動するアビリティで、理性と引き換えに一時的に能力を強化する。そして、痛みに鈍感になるというものだ。
「うあっ」
「ぐあっ」
守と拓真が迎撃しようとするが、能力の低下中も合わさりあっという間に蹴散らされる。
ハルトがアレク達の方を見ると、まだコモンラプトルを突破できていないようだ。ただあと少しのように見える。
(ちっくしょう、仕方ないか!)
ハルトは腹を決め、自分で足止めをする決意をする。
「俺がヒュージラプトルの足止めをする! 大河と達也は魔法で援護を、他は勇者二人を連れて下がれ!」
言うや否やハルトはヒュージラプトルに向かっていく。
(見た感じ、傷が癒えている様子は無い。てことは何らかの特殊能力で強化してるってことか。瀕死のとき限定で発動するとかか?)
オタク知識には一家言あるハルト。いいとこをついている。
ヒュージラプトルは近づいてくるハルトに血走った目を向けると跳躍した。
そのまま、ハルトの上に落ちてくる。踏み潰すつもりのようだ。
ハルトは全力で横っ飛びして回避する。
ズドーーーン!!
凄まじい衝撃が辺りに伝わる。守と拓真を連れて移動していた凜達が足をとられた。円形のステージのひびも酷くなる。あと何回かあの大跳躍をされたらステージが崩壊してしまうかもしれない。
地面に剣をぶっ刺して衝撃に耐えたハルトはすかさずヒュージラプトルに肉薄する。ヒュージラプトルは大技の直後のため、僅かに硬直している。
ハルトのまわりに七つの魔方陣が現れ、瞬く間に魔法が発動し、七つの大槍が形成される。
七つの大槍は全て異なる属性で七色に分かれている。それぞれ、火、水、風、土、雷、光、闇の七属性。〝炎槍〟、〝水槍〟、〝風槍〟、〝土槍〟、〝雷槍〟、〝光槍〟、〝闇槍〟である。
七つの大槍が一斉に解き放たれ、ヒュージラプトルの顔面を襲う。ヒュージラプトルは血反吐を吐くが、ハルトを鋭い爪で切り裂こうとする。ハルトは『縮地』を使い距離をとる。
「何なのあれ!? 一瞬で七本の槍が……」
さっきまでは戦いに夢中で気づいていなかった凜達もハルトの魔法に気づき困惑している。
だが一人だけ魔法の正体に気づいたようだ。
「あの魔法、刻印魔法なんじゃ……」
レイラだ。事前に教えられていた大河と達也は知っていたが、それ以外で気づいたのはレイラだけだ。
「えっ!? 刻印魔法って役に立たないんじゃなかったの?」
凜は驚いたような顔をしている。しかし、アレクは別に刻印魔法が役に立たないとは言っていない。ハルトが器用貧乏の役立たずという雰囲気が生徒達の間に流れていたため、勝手に役に立たないと勘違いしているだけである。
「どんな魔法も使いようなんだよ、きっと。現に日向くんはヒュージラプトルと渡り合ってる」
「……そうね、その通りだわ。日向くん、凄いわね」
「でもこのままじゃだめ! 刻印魔法のストックが切れたら……」
「レイラ、早く守と荒谷くんの回復を。二人なら……」
「くそっ! 何もできないなんて。俺達の方がよっぽど役立たずじゃねーか!」
「ああ、俺達はまだ弱い……」
レイラは急いで守と拓真の回復を。凜は回復したところで『リミットブレイク』後の二人でどこまでやれるかと考え。錬也と猛男は自分達の驕りに気づいた。
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小林は震えていた。自分が功を焦り、そのせいでこんな状況になっている。
誰も何も言わないが、心の中では自分を罵倒しているのではないか。もし死人がでたらどうしよう。そんな考えがずっと頭の中をぐるぐるしている。
もう駄目だと思ったとき、アレクが来てくれた。これなら大丈夫かもしれない、小林はそう思った。
ヒュージラプトルを見ると、勇者二人が戦っていた。自分とは違うと思った。
もう少しでコモンラプトルを突破できると思ったとき、恐ろしい咆哮が聞こえた。
ヒュージラプトルを見ると、勇者二人が仲間に運ばれていた。かなりのダメージを受けているようだった。
勇者でも倒せないなんて、もう無理だ。ヒュージラプトルには勝てない、小林は諦めた。
だが、ヒュージラプトルは一向に襲ってこない。
小林が恐る恐るヒュージラプトルの方を見ると、ハルトが戦っていた。
小林は呆然とした。
何故? どうして、お前がそこにいる? 勇者でも倒せないのになんで立ち向かえる? 怖くないのか? 恐ろしくないのか?
小林はこのとき理解した。自分がハルトより劣っていることを。
どんなにステータスが高くとも、それを使うのは自分自身。心が弱ければ十全には扱えない。
小林はレイラの方を見た。彼女は必死に守と拓真を治療しながらハルトを気にしている。当然だろう、一人で強敵と戦うたとかまるで勇者のようだ。
自分はただ震えているだけなのに、ハルトは勇者のように戦っている。そう思った瞬間、小林の心の中にどす黒くて粘ついた感情が生まれた。
小林の目は狂気に満ちていた。
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(不味いな、持つか!?)
ハルトは堂々とヒュージラプトルに立ち向かっているように見えて、実際は冷や汗たらたらである。
先程使った刻印魔法は左右の膝当て、左右の肘当て、左右の脛当て、左の腕当て。実はあまり刻印魔法のストックが残っていない。
ハルトは回避に徹しているので、どうにか避け続けることができている。また、ヒュージラプトルの理性が飛んでいるようなので動きが単調というのも大きい。
もう何度目かわからない攻撃を避けようとしたとき、ハルトの右目に汗が入った。
「っ!!」
避けきれずに爪がかする。それだけで左の肩当てが吹き飛んだ。幸い体の方には傷は無いが、肝が冷える。
しかし、ヒュージラプトルは体を横に回転させて尻尾での一撃を狙ってくる。攻撃範囲が広くて避けるのは無理だ。
ハルトは刻印魔法を発動させる。今回刻まれていたのは生体魔法。二つの魔方陣が瞬時にハルトの体を強化する。ハルトが使ったのは〝豪刻〟、二つとも〝豪刻〟である。
生体魔法は魔力で体を強化する。言わばドーピングのようなものだ。当然同時に使う数が多いほど、より強化される。デメリットもあり、使う数が多いほど体への負担も大きくなる。今のハルトでは同じ種類の魔法一つで筋肉痛、三つでは筋肉の断裂である。
そもそもハルト達は勇者も含め、同じ魔法を複数発動する多重展開の技術は会得していない。違う魔法を複数発動する同時展開をやっと会得したところなのだ。
なので本来ハルトは筋肉痛以上になりようがない。だが刻印魔法がそれを覆す。予め準備しておいた生体魔法が発動することで擬似的な多重展開が可能なのだ。
バスタードソードと短剣の鞘に刻まれていた〝豪刻〟と自前で発動していた〝豪刻〟により腕力に限り、『リミットブレイク』状態の勇者に迫るほどとなった。
その腕力をもって真正面から尻尾の一撃を受け止めた。尻尾の半分近くまで剣が入っている。
「グゥルァーーー!!」
ヒュージラプトルが尻尾を逆に振り、剣を抜く。
そのとき、アレクの声が聞こえた。
「ハルト!! もういい、戻ってこい!!」
ハルトがアレクの方を見ると、コモンラプトルを突破して出口に繋がる通路の前で陣取っていた。
たくさんいたコモンラプトルは駆逐されつつあり、地面の魔方陣から定期的に湧いているようだが倒す速度の方が速いらしく、コモンラプトルを完全に抑え込んでいる。
ハルトは離脱するべくタイミング計っていると、ヒュージラプトルの顔面に火球が当り爆発を起こした。
達也の魔法だ。ハルトが逃げる隙を作るためにずっと狙っていたのだ。
ハルトは爆発が起きた瞬間、反転して猛スピードでダッシュしている。
透かさずアレクが生徒達に指示を出す。
「今だ、全員全力で魔法を放って足止めしろ!!」
生徒達は初め、コモンラプトルを突破してすぐに通路を渡ろうとしたがアレクの指示で通路前に陣取った。本当はすぐにでも安全な所に逃げたいが守やレイラが足止めしているので未練を断ち切って通路前を死守していた。
そして遂に守やレイラが離脱して、あとはハルトだけになり、そのハルトも離脱を始めたので全員が嬉々として魔法をはなった。
無数の魔法が色とりどりに輝きながらヒュージラプトルに向かって飛んでいく。
ハルトは後ろを振り返る間も惜しんで全力で駆ける。
しかし、背筋に悪寒を感じて振り返るとヒュージラプトルが跳躍をしたところだった。
慌てて転がるように横に避けると、隕石のようにヒュージラプトルが降ってきた。衝撃により地面が陥没したり隆起したりしている。なによりステージのひびがより一層酷くなる。
ハルトは衝撃で転んでいたが、すぐに立ち上がって走ろうとした。
しかし、そんなハルトのすぐ近くに魔法が着弾した。ハルトは驚愕するが魔法は一つだけではなく、立て続けにハルトの近くに着弾した。
地面に魔法が当たった衝撃で少しずつステージが崩壊を始めている。どうやら度重なる衝撃で遂に限界を迎えたようだ。
ハルトは驚愕しているが別にハルトを狙って魔法を放った訳ではない、初めは。ヒュージラプトルが大跳躍して衝撃を撒き散らしたときにはもう魔法を放ってしまっていただけだ。そのためまるでハルトを狙って魔法を放ったように見えるのだ。
ハルトはたまったもんじゃない、近くにヒュージラプトルはいるわ、魔法は飛んでくるわ、ステージは崩壊を始めるわで踏んだり蹴ったりだ。
レイラや大河達は魔法をやめるように声を出しているが、一向に魔法はやまない。
何故なら生徒達は恐ろしくなったのだ。今までコモンラプトルと戦っていたから気づかなかったが、ヒュージラプトルの大跳躍を目にしてびびったのだ。あんな恐ろしいものをハルトが逃げるまで足止めする? そんなことをすればヒュージラプトルが自分達のところまで来るのではないか? 大半の生徒はそんな考えが頭をよぎった。
そして、魔法が当りステージが崩壊するのを見て思った。このままステージが崩壊すればヒュージラプトルも落下するのでは? と。
円形のステージは端の通路によって支えられているだけで、下に土台は無く、吹き抜け同様下は地面が見えないほど深い。
生徒達はヒュージラプトルを落とすべく魔法を次々と地面に当てる。狙いに気づいたアレクが辞めさせようとするが聞かず、ジェイクなど一部の騎士や魔術師まで魔法を放つ始末。
なんな中、目に狂気を浮かべ嫌らしい笑みをしているは小林だ。この展開は小林にとって渡りに船だった。ただでさえハルトを恨んでいたのに自分との差を見せつけられ、憎悪に変わっている。この状況ならなにをしてもバレない。
(ヒヒ、ヒヒヒ。あいつのせいだ。あいつが悪いんだ。雑魚のくせにでしゃばるから……。この状況も全部あいつのせいだ)
小林はとある魔法を放った。
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ハルトは混乱していた。何故自分が魔法で狙われているのかと。一発、二発なら誤射かもしれない。でも魔法はもう数えきれないほど飛んできている。
そのせいでハルトは満足に動けない。あまりのことに硬直してしまったのと、崩壊が始まり地面が不安定だからなのと、単純に魔法が脅威だからだ。
しかし、いつまでも留まっていたら崩壊に巻き込まれる。ハルトは決死の思いで走り始めようとした。その瞬間、目の前に魔法が着弾した。身構えるが特に何も起こらなかったので不発かと思い、足を踏み出したら地面が沈んだ。
(えっ!? なんで!?)
ステージは崩壊を始めたといってももう少しもつ筈だった。ステージは下の方から崩れていったので、ハルトのいる地面はまだ大丈夫の筈なのだ。
それなのに、何故崩れたのか。それは直前に着弾した魔法。あの魔法は土属性の〝土崩〟。地面を軟らかくする魔法で本来は敵の足止めをしたり、罠に使う魔法だ。ただこの状況で使えば崩壊を加速することができる。ハルトが気づかなかっただけで既に何発も〝土崩〟がハルトのまわりに着弾していた。
ハルトは崩壊に巻き込まれ、空中に投げ出された。下は底が見えないほど深く、ハルトはちびりそうになる。
「グゥーーー!!」
咆哮が聞こえて上を向くと、ヒュージラプトルも崩壊に巻き込まれて空中に投げ出されたところだった。
ハルトは全てがスローモーションに感じる中、クラスメイト達の方に目を向けた。クラスメイト達は大半が安堵の表情を浮かべている。騎士や魔術師も何人か安堵の表情を浮かべている。アレクやトウル、何人かのクラスメイトや騎士や魔術師が青ざめた表情をしている。大河と達也は何か叫んでいる。レイラと凜は悲痛な表情をしている。
しかし、ハルトにとっては一部の生徒が青ざめていることよりも大半の生徒が安堵していることで頭がいっぱいになった。
(ふざけんなよ。なんで安心してんだよ……。誰が足止めしてたと思ってんだよ……)
「ふざけんなよ!!」
ハルトは絶望しながら、闇に呑まれていった。




