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さまよえる異世界人 1

「あ・・・・・・」


眩しい、眩しすぎる。眼球が穢れ無き灼熱の威光に爛れ、視界のコントラストが最高度にまで上がり、世界の全てが焼き焦げる。

いや言い過ぎた、ただ数年ぶりの直射日光が目に染みて痛い。痛すぎる。涙が出そうだ。いや本当に出てきた。

痛みにまぶたを閉じてもまだ眼球がなんとなく熱かった。いや、全身が熱いようにも感じられる。


目をつぶったまま考える。

ここはどこだ、俺の部屋はいつもダンボールで窓を遮り、その上からカーテンをしていたはずだ。

とっくに切れた蛍光灯を飯炊きババア(母)が変えて、電気を付けたのかもしれないが、それはこんな光だろうか。

さすがに部屋を全て片付ければ、音と気配で気付くはずだ。あまりのダメさに見兼ねて外に追い出されてしまったのか。


そう思いながら、意識を失う前のことを思い出していた。まさか本当に今まで死んでいて転生したのか。

わからない。とにかくわからないが、今自分がいる場所に目を向けなければならない。

吹く風がここが室内でないことを教えてはいたが、いや、それでも、窓を開けただけなのかもしれない。

とにかく外は嫌だ、外は疲れる。家を追い出されてしまったのか。本当に転生してしまったのか。


どちらにしても、どう生きればいいのだ。

自分は生きるのには弱すぎる人間なのだ、1人でどう生きていけばいいのだ。わからない、わかるのはここが外だという事実だけだ。

軽くパニックになっている自分自身に気付く。そしていつまでも目を瞑っているその間抜けさにも気付かされた。

とにかくだ、なんであれ目を見開くしかないのだ。こうやってやたらと格好つけてみても、現実は大したことじゃないかもしれない。


そう思いながら目を開けば砂塵が目に入ってきた。

ぼやけた視界の向こうには影が一つ見えるだけ、これが砂の海ということかとぼーっと考えてしまった。

いや、ぼーっと考えている場合ではないのだ。俺は砂漠に1人取り残されているのだ。誰かいてもコミュニケーションが怪しいし、そもそも外で生きていける気もしない。

いきなり砂漠というのも意味がわからないのだが、とにかく今俺は灼熱の砂漠に1人佇んでいる。

道理で全身熱いし眼球も焼けるのだ。


「はは・・・」


弱々しい笑い声が漏れるが、とにかくここにいても死を待つだけだ。視界に入るピンクの前髪を払って立ち上がる。

いや待て髪はいつもどおり長いが、ピンク色はおかしい。しかも立ち上がったくせに視点が妙に低い。

というか胸からも異様な重さを感じる。

手を見てみるとやけに小さく頼りないものになっていて、服の袖もピンク色でひらひらのフリルが沢山付いている。

少し下の方に目を向けてみればやけに盛り上がった胸部があった。


「はっはっはっはっはっ・・・」


わざとらしく笑ってみるが、その声もまさにロリ声のアニメキャラというか、設定している自キャラのボイスと同じようなものだった。CV.永瀬みのりちゃんである。

なんだこの声、ちょっと恥ずかしいぞ。もうちょっと低く普通の声出せないのか。うーんいやもちろんかわいいんだが、うーん。

まあこの声で常時喋らされるとなると、なかなか精神に来るものがある。普通に喋りたい。いや人と話せる気しないけど。

もうちょっとマシにならんのかこれ。どうにかしてくれ。ただでさえコミュ障なのに余計辛いぞ。


足元をもう一度見る、ヘソの位置は完全に胸に隠れていた。これは・・・デカい。

まるで乳だけ袋にいれてるかのように、やけにバストを強調するデザインの服なのもあるかもしれないが、自分で見てもデカかった。

なんとなく揉んでみる。すごく柔らかい、おっぱいすごい。柔らかいが、揉まれた側の感覚として少し甘い痺れがあった。

うーん柔らかい。というか凄い。これはなんだろう凄い。

自分におっぱいがあるという事実にはすごく興奮できるが、それを認識するのと同時に少し背筋に寒い予感も走った。


ああ・・・そうなのか。俺は本当にネトゲの自キャラになったんだな。


周囲に人がいないことを確認し、スカートもめくる。ちょっと胸が邪魔だった。

そのスカートの下にあるのは、ゲーム内の自キャラに付けたくまさんパンツ(ゲーム内の相場:16億メタス)だった。

上から触ってみるが、いつもの相棒の姿はそこにはない。その事実に深い喪失感を与えられる。

TS好きでもシコれなきゃ意味が無いじゃないか・・・自分がTSするにしても結局ネタにするためのものなんだよ・・・

泣きたいのとはまた違う、虚しさや寂しさ、喪失感が混ざったような感情を受けざるを得なかった。


いやTSしてるから当然なんだけどね・・・やっぱないとなんていうか寂しいというか。

TS好きなら現実に考えてみて、自分がTSしたのはいいけどさ。こうその事実に興奮してシコれるマイサンがないのは致命的というか。

悲しくならないですか?だからこそ世の中で男のフタナリ化とかもあるのかもしれないけどさ。

そりゃ女の快感が・・・みたいなのあればいいけどなんかさあ。こうなんていうかそれもあるんだけどさ。

なんだろう、うまく言えないけどこう言葉で言えない虚しさがあると思うんだよ。てか今それがあるんだよ・・・


「死ぬかもしれないんだけどな・・・」


ぼそっと呟いた声もアニメ声だった。後に続く何をやっているんだ、という言葉はなんとなく口にしなかった。

なんだろうこの気分。気分じゃない現実だ。全てが非現実的だ。砂漠にいるのも当然だし、ネトゲの自分のキャラになっていることも、現実的ではない。

いや確かに今までの自分の現実というのがそもそも、部屋か、せいぜい家のトイレと風呂とリビングくらいまでだ。

庭や駐車場すらほとんど行くことはなかった、たったそれだけが自分の現実だった訳だが。

さすがにこの状況は引きこもってない人間と比べてもかけ離れすぎている。


「そうだな・・・」


片手でスカートを持ち上げて、もう片方の手をパンツに突っ込んだまま気付く。そうだ自キャラになっているなら魔法も使えるんじゃないか。

コスチュームのみでステータスが上昇する装備はないから威力はかなり落ちるが、素手でも魔法は使えるのだ。

このままじゃ暑くて死ねる。とにかく水を確保しないとまだ鏡見てないけど美少女のはずなのに干からびてしまう。

そう思いとりあえず水系の呪文を適当に唱えてみることにした。


「ウォータV!」


水系の基本魔法だ。とはいえ別に上級になるとそう威力が上がるわけでもなく、習得条件が少し厳しくなるだけである。

ちなみに後ろに冠されているVの文字は、スキルが5段階目まで強化されたことを意味している。

ウォータは燃費がよく、瞬間火力よりは継続火力を重視する場面で使う魔法、としか考えていなかったがいざこうなってみれば別だ。

水を放出できれば、様々な場面で使えるだろう。そう考えながらウォータVを唱える。


「・・・!」


掌が水色のオーラに光ると、少し遅れてすさまじい勢いで水が吹き出した。

空気を少し覆っていた砂埃が吹き飛び、撃った反動ですこし靴が砂に埋もれた。すごい本当に魔法が使える。

魔法が使える、ということは今の自分の職業はゲームのままの仕様であるとすれば、9職のうちのウィザードかプリースト、そして魔法剣士か召喚士だろう。

ゲームのコスチュームのままなのだから、ウィザードだろうか。


ゲームでは残念ながらシステムの成約で、高度制限が掛けられていた。

生放送で説明していたディレクター曰く、空まで対応するとコストが掛かり過ぎるらしい。夢のない話である。

そのため飛行魔法などというものも実装されていない。ここは本気でTSO2(テスタメント・スレイヤー・オンライン2)の開発を恨むばかりである。

移転魔法やアイテムはあるのだが、これは登録されている特定の所しか行けないため恐らく無意味だろう。

つまり自力で移動するしかない。水はなんとかなるが、他に安全な場所に付くまで体力が持つかどうか。


そもそもこの世界に安全な場所があって、意思疎通できる相手やコミュニティがあるかどうかとか、諸々が何もわからないのである。

魔法を使うにしてもゲームでは魔法・スキル使用時に消費されるTPは自動回復だった。しかしこの世界で自動回復であるかはわからない。

HPだとかTPだとかのステータス画面を見る術がわからないのだ。ここは慎重に行くしかないだろう。そう思っていながら立っていたがやはり暑い。

そもそも毎日部屋に閉じこもる引きこもりが、そんなに劇的に変わる環境に対応できるものか。

いやそれ以前にこのゴスロリみたいな服(ゲーム内の相場:49億メタス)がおかしいのではないか。砂漠こそ全身を覆う服が必要かもしれないが、これは少し違うだろう。


「・・・アイスースV」


自分を中心に追尾する氷のフィールドを展開する魔法だ。このフィールド内で相手にダメージを与えると氷属性の追撃ダメージと確率でフリーズの状態異常を付与する。

ゲーム内ではもちろん涼しくなるといった効果はないのだが、なんとなくそうならないかと期待して魔法を展開した。


「・・・っ」


寒いを通り越して肌が痛いほどだった。ゲームとはいえ自キャラはこの中でよく戦闘していたものである・・・

いや今はその自キャラになってるのが自分なのだが。魔法耐性や魔法防御力の高い装備がないからなのかもしれない。

しかし耐え切れなかった自分は魔法を止めた。どうやら止める時に詠唱はいらず、ただ止まれと脳内で考えるだけで止まるらしい。

よくわからないものである。


ただとりあえずいくつか魔法が使えることはわかった。

これからどうするか、そもそも何をどうしたいかは欠片も浮かばなかった。でもなんとかなるような気もしていた。

そう思いとりあえず建物の影が見える方角へ歩き出す。案外悪くないのかもしれない、こうなったのも。


この世界で自分の伝説が始まってしまうのかもしれない、これは進むしかない。勇者だな俺、いやウィザードだけどな。

胸が高鳴るのを感じて進もうと立ち上がった。転んだ。

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