#1 プロローグ
「もう、こんな所におられんわい!」
一人の金髪少年が、厳格な神社の前でそうのたまった。重そうなボストンバック一つを担ぎ、この弱い太陽の光を背に寒空の中、揺らぐ事のない決心がついたかのように前へと歩き出す。
塚原叶。それが彼の名前であった。
叶は、泉神社の跡取り息子であり、期待を一手に背負った陰陽師候補として育てられてきた。
何百年に一人の逸材。
過去この神社の神主に偉大な一人の陰陽師がいた。その人の名前は、塚原叶一郎上左衛門。叶の名前はその陰陽師からとられたと云う。
期待に添えるかどうかも赤ん坊の叶にとってみれば定かではないと云うのに……
両親は、何をするにも第一に、叶を厳しく育てるように写経やら、古い書物を押し付けてくる。特に厳しかったのは、父方の租父、良園であった。
『この子には、陰陽師。または、霊媒師としての素質がある』
そうのたまったばかりに、両親は祖父の跡を……この神社を継がせる事を約束してしまった。それはまだ幼かった叶の母に、不思議と霊が見えていたことが始まりだった。
「じいちゃん?あそこに座っとる女の人。何であんな所に一人で座っとるんや?」
神社の奥にある庭先の石段の所に腰を掛けて、静かに足下の階段を見詰めているその女。
それが元凶であった。
見えるはずの無いモノが見えてしまったのだ。それからの叶への教育は、あらゆる形で明るみになった。
そして、これが叶の最大の問題でもあった。
見たくもないモノさえ見てしまう事があるのは、図らずしも楽しい事ではなかった。それに、極一般の子供達と一緒に、野球や、サッカーをして遊びたかった。
だけど、叶には自由は許されなかった。授業が終わればすぐ帰宅して、宿題もさることながら、日夜、陰陽肺としての修行が待っている。それがどれ程叶の心を痛ませていたかなど、誰にも理解は出来なかったことであろう。
もちろん友達などできるはずもなかった。
だから、ついに逃げ出した。
置き手紙を残すことなく、大阪のこの街から東京の親戚を頼りに、自らの貯金と母親の財布からくすねたお金で、混雑したJR大阪駅に辿り着いたのである。
占夢者人シリーズの番外編です。
壱ノ巻を読まれてから読むとより一層判りやすいかと想われます。もし宜しければ、どうぞ。