00
ウコクク国の外周区の裏町――。
そこではよくチンピラが屯していて、近隣住民は怯えていたが、そこのボスだったドドンメがいなくなってからは大きな騒動がなく、比較的平和な日々が過ごせていた。
「さあ、今日も稼ぐか」
筋肉質の男が太陽に向かって腕を伸ばしながら言えば、隣にいた細身の男も太陽の下に出てくる。
「外周の塔に塔治者が戻ったせいか、それともリーヴ・リリースがあったせいか、鳴りを潜めていた塔破者が増えてるから、ここらでがんばらないと」
新米塔破者を騙して小銭を巻き上げて生活をしているチンピラ二人組にとっては、初心者は格好のターゲットだ。
つい先日、シロクに痛い目に遭わされても、性懲りもなく悪さを続けている。
「その前に久しぶりの『新米勇者候補決定戦』を見て行くか」
「次のターゲット候補か」
シロクのように天然で無茶振りをしてくるような子供はそうそういるはずがないが、二人は観客席に入って、いつもより参加者の多い舞台を見下ろす。
外周区にある闘技場、そして外周区の塔でリーヴ・リリースが起こったことで、塔破者に期待する戦うことのできない市民が多いのは頷けたが、それ以上に参加者がここ最近で一番多く見える。
そして舞台の上ではドドンメがいつものように巨大な木剣を手に暴れていた。
「俺が塔破者になる!」
右目を眼帯で覆っているが、その強さは健在どころの騒ぎではなかった。
「塔破者になり、あいつらを……グルリポ、シロク、セレナにエーコ、全員ぶっ殺してやる!」
いつもよりも派手に動き回って、腕自慢の参加者たちを根こそぎ倒していく様は圧巻の一言。
実際、舞台を見ている観客たちからは、あまりの凄惨さに悲鳴めいた声があがっている。
「ドドンメさん、なんか荒れてるな」
筋肉質の男が、いつもとは違う様子に気づく。
「『ルーキー狩りのドドンメ』らしいと言えばらしいけど……」
細身の男が言いながら、舞台の上にいる小さな影に気づく。
「あの明るい髪の女の子。シロクと出会う前に俺たちが狙っていた子に似てるような」
人が薙ぎ払われて吹き飛ぶ中、そんな光景を意に介さず、開けたドドンメの視界に飛び込んでくる、小指で弾き飛ばせそうな小さな女の子。
「俺はお前のようなガキは全部殺してやる!」
大剣を遠慮なく振り下ろした瞬間、客席から悲鳴が溢れる。
誰もが顔を覆い隠して、ドドンメに潰されるように殺されてしまうであろう小さな女の子から視線を逸らした――しかし鮮血を散らすようなことはなく、その女の子は宙を舞っていた。
「ねえ」
後ろに飛んだ女の子を追いかけるようにドドンメが木剣を振るう。
いくら木剣とはいえ、身の丈ほどもあるものを軽々と振り回すドドンメの攻撃を、女の子は簡単に避け続ける。
「シロクをいじめた人?」
「てめぇ……。あのへらへら笑っているガキの知り合いか!」
乱暴に振り下ろされた木剣が舞台のタイルを砕く。
それを避けようと跳んだ女の子に伸ばされる太い手。
「シロクをいじめるやつは許さないよ」
迫り来るドドンメの懐に入りこむ。
「ぐぉっ……」
当事者以外には、巨体を持つドドンメに押し潰されたかのように、小さな女の子の姿は消えて見えた。
「ねえ、シロクをいじめるの? あたしの好きな人をいじめる人は許さないよ?」
明るい髪を振り乱す小さな女の子が腕を引くと、びちゃびちゃと大量の血が腹から溢れ出る。
「お、おまえ……は……」
ドドンメが膝をつく。
「あたしはシリリィ。とーはしゃになって、シロクとあそぶの!」
にっこり笑う、その笑顔は意識を失う寸前のドドンメの脳裏に恐怖の象徴として張り付いた。
うつ伏せに倒れたドドンメの周りには血だまりができ、その匂いに誘われたウルルフ五匹が獲物を狙うかのように近づいてくるが、シリリィが笑顔を見せた瞬間、ウルルフは尻尾を逆立てて舞台の下の壁際まで逃げ出した。
「待っててね、シロク」
明るい空を見上げて、小さな女の子が笑う。
この日、異端の塔破者が生まれた。
シリリィという、最近名をあげたシロクと同じように戦闘中だろうと笑い続ける女の子が、塔破者になった意味をまだ誰も知らない。
なにせ、それはまた別の話なのだから……。




