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「私も色々と救われました。もうギルドがなく、これから自由になれるのなら……」
きゅっ、と震える唇を噛み締める。
「一人の塔破者として胸を張って生きていけます」
悪いことをたくさんしてきた。
ギルドの命令でさせられてきた、というのが事実だが、それでも自分のしてきたことには変わりない。
「それに、グルリポ……さんは、私を気にかけていてくれたんですよね?」
いつだって視線を感じ、いつだって傍にいた。
逃げないように監視をしていた、と思っていたが、シロクと接触をさせるだけでなく、何度も強引にくっつけようとしたりしたのは、シロクといると安全だと、グルリポ自身がシロクの強さと人柄を見て判断したのだ。
実際問題、シロクのおかげでセレナはとてつもなく救われていた。
「……そうか」
グルリポは、シロクのようなセレナを任せられる塔破者を探していた。
戦闘では役に立たないのに、責任感は人一倍強く、頭も良いし、我慢強く観察眼が鋭く、手先が器用だ――その器用さは盗みでしか使うところを見つけられなかったのが、グルリポの反省すべき点だ。
アイテム合成士であることは今現在も知らないが、グルリポにはセレナがなにかを隠しているのは、魔法のバッグと魔法銃という、子供が持つには不釣り合いに立派な物を見て、疑っていたが、その隠している部分までは探れなかった。
「悪役でいたのも、私を守るため、なんですよね」
わかってます、とセレナは小声で言った。
「行き場所がない私がギルドの呪縛から解き放たれたらシロクくんと一緒にいけるように、嫌われ役をしながら、守ってくれたんですよね」
それはセレナに、なにかを感じたからだ。
他の子供たちには、なにも思うことはなかったのに。
『新米勇者候補決定戦』で見かけたセレナは異端だった。
誰もがたった一枠を血眼で競っているのに、セレナは違った。
へっぴり腰で、周りを見て泣きそうになっているのに、塔破者を目指している田舎者――そして運よく最後まで残った。
あの回は、事前に他の子供をターゲットにしていたのに、結局その子供は他の参加者にやられてしまったのだから、グルリポの先見をもってしても、見ることができない未来だった。
「だから、感謝して」
ばっ、とフードを取り払うように勢いよく顔を上げた瞬間、セレナは見て言葉を切った。
グルリポの背後で起き上ったドドンメが剣を向けている。
それを静止しようとした隊長は殴り飛ばされていた、そんな光景がセレナには見えた。
「死ね」
目を見開いたドドンメの口がそう動き、切っ先を自分に向けている。
シロクもそれに気づき、背中のエメラルド・ソードに手を伸ばそうとするが、その手が止まり、足をよろめかせた。
(シロクくん、血が……)
まだ安静にしていなければいけなかったのに、派手に動き回ったせいで、額の傷が開いていた。医者のいうことを聞かなかったツケが今になって出てきた――エーコはその異変にすぐに気づくものの、腰に装着してあるサンフラワーに弾は入っていないし、速射には対応できない。
シロクとエーコの思考がスローになったように感じたのは、自分たちが動けないと脳が悟ったせいかもしれない。
そのため声だって出ず、体が思うように動かせない。
「セレナ!」
シロクが叫ぶように声を出せたのは、立ちくらみを堪えるために片膝をついた時だった。
「あ、あ……」
へなへな、と腰を抜かして座り込むセレナを庇うようにグルリポが腕を広げてセレナを庇って立ち尽くしていた。
腹を貫く太い剣。
奇しくもそれは、グルリポ自身の剣だった。
グルリポを貫き、セレナの眼前で止まった剣。
その切っ先からは刃を伝って赤黒い血が止めどなく溢れ出ている。
「意外に早かったな……罰」
がふっ、と大量の血を吐き、膝をついたグルリポは両手で腹に刺さった剣を掴んだ。
「放せ! その小娘を殺してやる! そうすれば、リーヴ・リリースは、ギルドは――」
ドドンメはまだ、リーヴ・リリースの被害拡大をもくろみ、国から報酬をせしめようとしている。
「ギルドはもうない!」
血を流しながらグルリポが怒鳴る。
「もう終わりだ、俺たちは。シロク!」
頭の傷が開き、その血が目に流れ、白目を赤く染める。
「ドドンメ!」
シロクは瓦礫を足場にして跳躍してドドンメの顔面を全身を使って殴り飛ばした。
小さな拳が顔面にめり込み、その巨体はゴロゴロと転がるようにして瓦礫の山を転がり落ちて行った。
「誰か! 医者を!」
叫ぶエーコの声で呆けていた隊長が体を起こして、近くにいた兵に命令をする。
「修復士の中に、治癒魔法を使える者はいないか!」
経験の浅い修復士たちは、怯えて隊長の視線を受けては応えるように首を横に振った。
「シロク、セレナ……俺の分まで……塔破者になってくれ」
震える手が伸ばされるが、シロクに届く前に力なく落ちた。
「グルリポ!」
「俺が医者に連れて行く!」
隊長が腹に剣が刺さったままのグルリポの体を支えるようにして持ち上げて、走り出す。
「グルリポ!」
シロクの叫びは、外周区の町中に響き渡った。




