16
外周区の塔で、リーヴ・リリースが起こった、という情報が国の中心付近を拠点とする塔破者に届いたのは、城からの国防軍が動き出してからのことだった。
国防軍とはいえ、国を守るため組織された部隊は塔のモンスターと戦うことはあるが、塔破者のように頻繁に経験を積めるわけではなく、給料をもらって生活をしているため、無茶なことをする者は少なく、新しい兵が入れば入るほどに、その経験は少なくなっていく。
それは仕方のないことであるが、塔破者を嫌う国民にとっては、そんな事情を知らずに国防軍の活躍を期待すると同時に、彼らが大部隊を率いて動くということは、国のどこかで問題が起こった、ということでもある。
リーヴ・リリースが起こっていても、それが国民に正式に知らされるのは、事態が片付いてからだ。
それは混乱を招かないためであり、国中にいくつも点在している塔の近くすべてに塔破者の拠点があるため、国防軍が到着するまで、モンスターの侵攻を食い止めておいてくれることだろう、という暗黙の期待がある。
「リーヴ・リリース自体は頻繁とは言えないものの、起こってしまう事態だ。しかし問題はその規模だ」
国防軍はモンスターとの戦闘よりも、塔の修復に重きを置いているため、剣などの武器で戦うよりも、魔法を使って塔の修復をする修復士を中心に、彼らを守る盾持ちの兵隊が何人もいる。
「人への被害が出れば、リーヴ・リリースは噂で留めることができなくなる。そのためには十年前のような、本物のリーヴ・リリースを招くことだけは阻止をしなければならない。あれに比べれば、塔の一つが崩壊することなど、些細なことだ」
不幸中の幸いと言うべきか、今回のリーヴ・リリースは外周区の一番モンスターが弱い塔だ。
部隊を率いる隊長は、新米兵士や、モンスターの討伐を塔破者に頼り切って経験の浅い部下たちにリーヴ・リリースがなんたるかを教えながら、歩き続ける。
「十年前のリーヴ・リリースが本物とは、どういうことなのですか?」
盾を持ち鎧に全身を固めた男からの問いに部隊長は頷く。
「国の上層部ではリーヴ・リリースとは十年前の一件を言うことがほとんどだ。その十年前のリーヴ・リリースというのが多数の犠牲者を出した、ウコククがここに城と都市を構えてから、一番大きな被害を被った未曽有の大災厄だ」
私もそこにいた、と部隊長は付け加えた。
「今の世は、塔からモンスターが出てくることをリーヴ・リリースと呼んでいるが、十年前のあれを最初とするのなら、それは違う。『モンスターの退去』という意味を持つリーヴ・リリースは、そんな生易しいものではない。リーヴ・リリースとは、その意味の如く、モンスターが住まう塔から、モンスターを強制退去させることを言う」
「強制退去ですか?」
「人間とて賃貸に住んでいて、家賃の支払いが滞れば大家に追い出されるのと似ていてな、行く場所をなくした強力なモンスターが国中で暴れまわり、他の塔の壁を破壊してしまうことを言う」
「塔の破壊……」
それにはさすがにざわつきを見せる一行。
「一番強いモンスターが他の塔を破壊し、そこから出てきたモンスターがまた別の塔を破壊して、モンスターを強制的に外に出す。最近のリーヴ・リリースは塔治者の放置によって起こることがほとんどのため、他の塔にまでは被害が及ばないが、十年前の本物は違ったというわけだ」
「国中の塔からモンスターが溢れだした……」
正確には元より無数存在していたモンスターの住まう地下迷宮を覆うように塔を建て、その塔を覆うような形で都市という括りを作り、そこに国の中心を置いたに過ぎない。
その理由は単純だ。
世界中に無数存在する地下迷宮。そのどこからモンスターがいつ地上に出てくるかはわからない。しかし、すでに穴が開いている場所の近くでは、そう簡単に新しい穴が開かない。
そのため、それ以上のイレギュラーの穴が生まれないことを前提として、都市の囲いを作り、国で管理する。
そうすることで塔を攻略して金儲けをしようとする塔破者を世界中から募ることができるため、換金率や塔破者へのサポート、さらには鍛冶師のスキルなど、国が求める塔破者にも、そういった施設やサービスの良いところに率先して拠点を移す。
国としても魂脈を集めてきてくれることで、経済が潤い、人口が増えて税収が増えれば、魂脈の買い取りの値段もあげられ、国にも塔破者にもいいことづくめであり、塔破者が多ければリーヴ・リリースなどがもしも起きても助けてくれる人手は多く、『新米勇者候補決定戦』のような娯楽まで提供できる。
しかし十年前に起こった『本物のリーヴ・リリース』と呼ばれるそれは、国の規模が大きくなってきたから起こった悲劇ともいえた。
「あれだけの出来事だったから国中は混乱していて、正確な情報も復興で慌ただしく時間が経っても流されることがなかったため、皆が体験したのはその一端に過ぎなかっただろうが、全体像としてはそういうことだ」
想像するだけで恐ろしい。
よくそんな事態を収拾できたな、というのが誰の胸にも宿る感想であり、疑問だろう。
「元々、私たち人間は魂脈という資源を目当てに、モンスターが出てくる地下迷宮を塞ぐ塔を建て、その周りで生活しているに過ぎない。塔は私たちのような弱い人間が、モンスターの侵攻を制御しようとした装置でしかない。いつ破られたっておかしくない危険は常に孕んでいることを忘れないでもらいたい」
「はい!」
「それでも、そのリーヴ・リリースのおかげで塔の外にモンスターが出てくれば塔破者がどこからともなく駆けつけて、戦う力を持たない人たちを助けてくれるもの。そう信じている」




