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「戦えないやつは逃げろ!」



 あの時、シロクはグルリポとドドンメに意識を向けていたため、塔に何人入ったのか数えていないが、アラクネロイトーを囲うように周りにいるのは十人程度で、あとは目に見える範囲で血を流して倒れ痛みに呻いたり、意識を失っている者もいる。


 アラクネロイトーの脚の一本を受け止めている男が叫ぶものの、それに従う者はいない。


 立っている者は一本の脚に立ち向かい、倒れている者は誰も動けていない。


 シロクはその間隙を縫って、エメラルド・ソードを薙ぐようにして振るう。


 ザシュッ、と確かな手応えを、硬い脚で守られた先にある腹を斬り付けた時に感じた。



「キシャアアアアア――」



 発せられる耳障りな悲鳴。


 弱点への一撃を食らわせたところで、アラクネロイトーは巨体を地面に叩きつけるようにして、長い脚を立てたまま体を横たえた。



「お前は、さっきのガキ! ドドンメさんとグルリポさんはどうした!」



 アラクネロイトーへ初めて目に見えるダメージを与えられたのを見て、男たちは跳ぶようにして背後に距離を取る。


 追撃をしようと、軽はずみに踏み出す者はいない。


 アラクネロイトーの脚はまだ臨戦態勢――いつでも襲いかかる用意ができている証だ。


 シロクもそれを確認しつつ、アラクネロイトーの向こうを見れば、外へと通じる光の差し込む横穴が見えるが、外の景色は生憎と見えず様子を窺えない。


 しかし、その穴――アラクネロイトーが破壊し、それを背にして守る穴からは数匹のモンスターが出て行ったことだろう。


 今その穴が塞がれていない状況を見るに、まだまだ地下迷宮から塔へと上がってきて、光を求めて外に出て行こうとするモンスターは増えるかもしれない。


 一刻も早く倒さなければならないのだが、臨戦態勢でカウンターを狙っているアラクネロイトーに迂闊に近づけない。



「外で戦ってる」



 とっとと倒したい気持ちを必死に抑え、時間を潰すかのように男の問いに応じる。



「モンスターとか?」

「二人で」

「なんでだ」

「知らない。でも、グルリポはドドンメを倒そうとしている」

「本当か……?」



 アラクネロイトーを見据えたまま、武器を構えて会話をしていた男の視線がシロクを捉える。


 その気配を感じて、シロクも男の方を見て頷く。



「俺がドドンメに斬りかかろうとしたら邪魔した癖に、グルリポがドドンメと戦うんだから、横取りずるい」



『新米勇者候補決定戦』の時とは違い、本気での戦闘というのもしてみたいぐらい、面白い相手だったが、今は優先すべきことがあったため、グルリポに譲ったに過ぎない。


 セレナを悲しませたドドンメは許せないが、シロクにとっても、塔を攻略することが最優先だ。


 そうしなければ、もっと外の人への被害が増えてしまう。



「……お前如きにドドンメさんがやられるとは思えないが、グルリポさんとならば」



 言葉の途中で舌打ちをして、男は手にした剣を頭上に掲げた。



「聞け! 作戦変更だ! 撤退する!」

「な、なんでだ!」



 それに反論されるのは当然のことだ。


 仲間が何人もやられた状態で、部外者の子供とはいえシロクの一撃で、あれだけ手を焼いていたアラクネロイトーの動きを止められたのだ。この辛い戦いもあと一息、これを乗り越えれば二つ目の塔へ行けるようになるのだ。


 そちらはここよりも当然難易度が高いが、その分、金も簡単に稼げることは誰もが知っている。だからこそ、ギルドという組織に所属するものは、一斉に次の塔への手形を手に入れたくなる。



「グルリポさんが来ない。ドドンメさんとなにか問題があったらしい」



 それを聞いたギルドメンバーたちは、状況を忘れてざわつき出した。

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