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「グルリポ」

「なんだ」

「なにが目的なの?」

「お前に関係あるか?」



 シロクは少し逡巡して笑みを零す。



「関係ないね。でも、これだけは言わせてほしいんだ。僕に色んなことを教えてくれたことは、すごく感謝しています。ありがとう。すっごい楽しかったし、勉強になった!」



 一時休戦の空気を解き、緊張の色を浮かべて真剣な眼差しに戻るシロク。



「お前が間に合ったのなら、俺は向こうへ行く。ここを任せたぞ」

「ドドンメはどこへ?」



 グルリポが静かに訊ねる。



「そこのガキに邪魔されちまったからな、もう一回どこぞのガキをエサにしなきゃならない」

「どういう意味……?」



 グルリポでも、シロクでも、セレナでもなく、エーコが反応をする。



「そこのガキが割って入ってきたから失敗したが、無力なガキでも女でも、モンスターに殺された方が、塔治者を倒した時の功績が大きくなるんだよ。凶暴なモンスターを殺してくれた、ってな」



 被害がゼロの状態でモンスターをいくら殺しても、恐怖を拭い去ったことにしかならないが、どこかで犠牲が出ていれば、そのモンスターを倒した時の評価は高くなる。


 だが、もしもドドンメが塔破者であっては、それが成立しない。



「そうか……。塔から人を守れなければ塔破者の責任になるけど、塔治者を倒すことでその非難を最小限に留めることができるどころか、その功績はギルドに向く。でも、塔破者ではないドドンメが、無力な人を助ければ、それは……」



 例えることが難しいほどの、大きな功績となることだろう。



「だから、あなたは塔破者にならないの? それだけの力を持ちながら」



『新米勇者候補決定戦』でカモとなる弱い子供をわざと優勝させて金を得るだけでなく、こういった場合を見込んで、わざと塔破者にならずに金を稼いでギルドを大きくしている。


 こんな大規模なリーヴ・リリースはそう頻発に起こることはないとはいえ、モンスターを闘技場の外に連れ出す際に逃げられてしまうことがないとは言えない。その場合、居合わせた塔破者が手助けするようなことも珍しくない。



「塔に入って数少ないモンスターを狙うよりも、こういった時を狙って国から金をもらう方がおいしいんだよ。まあ、協力者はいるけどな」



 そう言って国王の住む城の方を見るドドンメ。


 ギルドの拠点となる酒場が常に真っ暗で、夜しか集まらなかったりしたのは姿を見られないためであり、昼間は人気のないところで役人と密談を交わしたりしている。


 そうやって塔破者ではないのに、塔破者のギルドを率いていた。



「ドドンメ、俺は許さない。逃げられると思うな」



 セレナだけではない。


 シロクがさっき救った女の子までも、自分のために犠牲にしようとしていたとわかれば、シロクの怒りも我慢の限界だった。


 それにこれから、また同じようなことをしようとしているのだ。


 黙って見過ごせるわけがない。



「どうして俺なんかに構う? お前もモンスターを倒したり、塔治者を狙う方が簡単に稼げるぞ。今は塔に差し込む光が多いから、それに引き寄せられて地下迷宮から、どんどんモンスターが上がってくる。いや、それだけじゃない。朝一で入った大規模討伐チームの連中の死体の血の匂いがモンスターを引き寄せているんだ」



 モンスターが住まう塔という人の手ではどうすることもできな巨大なものを、たった一人の悪意によって、こうも好き勝手に動かされている。


 まだ国の内側まで被害は及んでいないが、このままではそれも時間の問題だ。



「俺は勇者になる!」



 シロクが叫び、エメラルド・ソードを手にして突っ込めば、ゆらりとグルリポが間に割って入り、剣でその刃を受け止める。


 ガキン、と耳障りな音が鼓膜を叩く。



「グルリポ、退け!」

「退かない。俺にはシロクの攻撃が手に取るように見えている。そういう目を持っている」



(やっぱり……。グルリポは未来を見通せるんだ……)



 それはセレナが常に懸念していた、不思議な力。


 行く先々で回り込まれていたり、セレナのしようとしていることを読んでいたり、なにかが起こると予言めいたことを言ったり……。思い当たる節はいくらでもあった。


 それが経験から来る冴えわたる勘なのかどうかはわからない。



(あのシリリィって子は嘘を見抜いていたし、なんなの……)



 刃をぶつけて力を競い合っていた二人は、互いに刃を弾いて距離を取る。


 シロクもアラクネロイトーにしていたように、何連撃も撃ち込める隙を見つけられない。



「シロク、エーコ、セレナ」



 グルリポが順に名前を呼ぶ。



「お前たちは塔の中に行け」

「グルリポ!」



 それにはドドンメが怒鳴る。



「アラクネロイトーを倒して、この塔を攻略する方が先だ」

「どういう意味……? なにを企んでいるの?」



 セレナの震える声にグルリポは答えず、怒りに任せて大剣を振り下ろすドドンメの必殺の一撃を、グルリポは避けられたはずなのに、剣を横にして受け止め、押し返すように力で競う。



「行け!」



 ドドンメの圧倒的な力に押し潰されるのを必死に踏ん張るグルリポが叫ぶ。



「シロクくん、セレナちゃん! 私たちの目的は塔治者を倒すことよ! 外に出たモンスターは他の塔破者が援護に駆けつけてくれる! これだけ散らばっていては、私たちでは追いつけない! だから、本体を叩きに行きましょう」



 シロクにとっても、セレナにとっても、一番年上のエーコにそう言われては正しいと信じて従うしかなく、ドドンメの攻撃を防ぐグルリポの背後を通って、三人は塔の中に駆け込んだ。


 シロクの目的は最初から塔治者を倒すこと――ドドンメやグルリポの相手ではない。



「どういうつもりだ! グルリポ! 裏切るのか!」

「裏切る? そうかもな」



 今一度、足に力を込めてドドンメの刃を押し返す。



「はあ……はあ……」



 呼吸を整えるように息をする。


 たった一撃とはいえ、真っ向勝負の力比べでは分が悪いことは体格差や武器の大きさから見ても明白だ。



「俺は自分という存在を裏切る!」

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