05
シロクが柵を飛び越えて、人が逃げてくる流れを逆らって走れば、そこは阿鼻叫喚の地獄絵図――誰もがパニックに陥り、塔の近くにあった露店は見るも無残に潰されていた。
呼吸を荒く乱して、その光景を見つめる。
ぎりり、と歯を噛み締め、力強く拳を握るシロクの横を逃げ遅れた人が転びそうに足をもつれさせながら駆け抜けて行く。
「ゴムゴブリン」
シロクは背中に背負ったエメラルド・ソードに伸ばしかけた手を不意に引いて駆け出す。
「お母さん! お母さん!」
崩れた露店の板切れの隙間で、体を丸めていた小さな女の子が泣いている。
とっ、と足取り軽やかに跳んだシロクは、女の子に迫るゴムゴブリンに肩から体当たりを見舞う。
「ぐううっ」
ゴムゴブリンは横からの不意打ちに体をよろめかせて、低い唸り声を上げる。
ここは塔の中ではない。
シロクが過去に二度戦った時のように、足場や地形を利用しての奇抜な攻撃は通用しない。
「早く逃げるんだ!」
「うっ」
立ち上がろうとした女の子は、尻を少し浮かせてひっくり返るようにして、再び尻もちをついて足首を摩った。
「あ、足が……」
悲痛な叫びが、シロクの心臓の鼓動を速める。
体勢を立て直したゴムゴブリンがゴムの棍棒を振りかぶるのを見て、背中に背負ったエメラルド・ソードに今一度手を伸ばしかけた時、ゴムゴブリンの背後に人の気配がどこからともなく現れた。
「はっ!」
両手持ちの長剣が、ゴムゴブリンの背中を斜めに斬る。
ぐしゃっ、という音とともに血飛沫をまき散らして、ゴムゴブリンはその場に倒れ落ちる。
「グルリポ! さん!」
ゴムゴブリンの背中から現れたのは、シロクがよく知る――塔破者としての心得を色々と教えてくれたグルリポだった。
「シロク、なにをやっている」
変な呼び方をされたグルリポは気にする風でもなく、長剣を背中に戻し、小柄な少年を見下ろした。
「お前の実力なら……そういうことか」
グルリポはシロクの背後で蹲る女の子に気づき、文句を途中で止めた。
「その子はどこの子だ?」
「わからない。ゴムゴブリンに襲われていたところを助けに来たばかりなんだ」
「そうか。立てるか?」
グルリポが訊ねると、女の子は首を左右に振った。
「わかった」
グルリポは女の子を抱き上げて、お姫様抱っこで抱えると、塔に背中を向けた。
「シロク、塔から少数ながらモンスターが出てきている」
「うん。全部、倒さないと」
「ああ、そうだな。俺もこの子を安全な場所に移動させたらすぐに戻るが……無茶はするな」
「うん、大丈夫。全部、倒すから」
まったくグルリポの話を聞いていないシロクに、今一度注意をしようとするも、シロクの表情は普通ではなかった。
塔の壁を破壊して外へと出てくるモンスターを睨みつけている。
「リーヴ・リリースは僕が止める」
シロクはエメラルド・ソードを抜き、右手で持って走り出す。
「なんで、それを知ってるんだ? あいつはまだ十五歳になったばかり……。以前のリーヴ・リリーズは十年前だぞ」
十年前のグルリポは、今のシロクよりも少しだけ年下だったが、その凄惨な光景は今でも覚えている。
何百人という人間が一日で殺され、何千人という人間がケガをし、何万人という人間が住む場所を失った。
グルリポは家族揃って無事だったが、親を失った子供――孤児がたくさん生まれた年でもある。
また壊れた町を直すために、大きく区画整理をされ、被害が少なかった外周区の町を除き、中心区は魔法を多様して、想像以上に早く復興された。
「シロクのヤツ、もしかして……」
グルリポは一緒に塔に入る以前――『新米勇者候補決定戦』の結果を知った時から抱く違和感の正体に気づく。
「確証がないが……。ああ、どうしたらいいんだ」
とりあえず腕の中で震えている女の子を安全な場所に移動させるために、グルリポは塔から離れて行く。




