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「リーヴ・リリース……」

「どういう意味ですか?」



 静かに繰り返すセレナと、エンゾーの異常な様子を見て誰にともなく訊ねるエンピ。



「塔に棲むモンスターの退去」

「退去……。あ、そっか。モンスターが人の生活を脅かさないために、人間が塔で地下迷宮の入り口にフタをして、それを管理するために周りに人里を作ったのが、今の時代ですもんね」



 エンピが納得する。


 モンスターの出てくる迷宮と塔を管理することで人への被害を最小限に抑えることもだが、それ以上に人間が望んだのは、モンスターから得られる魔法エネルギーの源、魂脈。



「そう。その塔から出てこられちゃ困るのが人間の本音。モンスターが塔の中で溢れかえったりすると、起こりやすくなるから、定期的に塔破者が退治する必要があるので、どうしても管理は必要になる」



 今ではそんな危険を冒すようになったのは、魂脈目当てが先か、人の安全を守ることが先かはわからない状態だ。



「塔破者という制度が設けられる以前は、それぞれの国の兵隊たちが塔に入ってモンスターを退治していた。けれど、それにも限界を感じた国がモンスター退治の専門家として、塔破者を選定し、今のような形で残っている」



 ここ最近では、一人しか優勝者が出なかったり、『新米勇者候補決定戦』が不定期開催なのは、塔破者が増えすぎたせいでもある。


 全員が全員、塔破者になってしまえば、国の働き手が減ってしまい、税収も減って国の経済が回らなくなる問題が起こるために、数を抑制する必要があるのだ。



「まあ、そのおかげでリーヴ・リリースは私が記憶している限り十年は起こっていないはずなんだけど……」

「この時期に起こった、っていうのは紛れもなくアラクネロイトーが関係しているな」



 エンゾーが顔をしかめながら言うと、エーコも頷いて応える。



「ただ気を付けなければいけないのは、リーヴ・リリースでなにが解き放たれたかだ」

「と、言いますと?」



 今度はエーコがエンゾーに問う。



「塔治者が出てくるような巨大な穴なら、すべてのモンスターが出てくる恐れがあるが、雑魚モンスターだけならば、どうにか対処できるってことだ」



 アラクネロイトーの姿が脳裏に過ぎる。



(あれが出てきたら、この町すべてがアイツの巣にされちゃう)


「そう願うしかないってわけですね……」



 柵の向こうでは、人の叫びが聞こえ、逃げ惑う姿も見ることができるが、まだモンスターの姿は見ることができない。


 塔に入らなかった塔破者がどうにか食い止めていることが考えられる。


 ならば、ここにいる二人の塔破者――セレナとエーコはどうするか。


 他人に意見を求めることはせず、己の心と葛藤を繰り返す。



「嬢ちゃんたちに一つ言っておくことがある」



 エンゾーは耐え切れなくなったのか、芝生の上に、そのままどっかりと腰を下ろした。



「誰かのために動くのもいいが、誰とも知らない他人のために動けば人間は迷う。それはなぜか。自分とは関係のない人間の命と自分の命を天秤にかけた時の、重さの違いだ。命の重さは平等なんて綺麗ごとは、安全な場所にいるから言える言葉だ。あそこに行けば、己の命の危険は、わざわざ説明するまでもない」



 それはモンスターと実際に戦ったことがある塔破者ならば、誰だってわかる。


 塔に入らず、モンスターは恐ろしいもの、という情報しか持たないただの人間にはわからない恐怖がある。


 目の前に立てば、足がすくみ、腰が抜けるかもしれない。


 それでも、その恐怖に打ち勝てるだけの力があれば、立ち向かえる。



(だけど……)



 セレナもエーコも、塔破者でありながら、そこに向かって行けるほどの実力も覚悟もない。


 どんなに強力な武器を持とうとも、それを扱うのは人間だ。


 その人間が尻ごみをしてしまえば、最強の武器とてその力を発揮することはできない。


 二人がモンスターに立ち向かえて来れたのは、紛れもなく一人の少年のおかげだ。


 その顔が、その声が、その背中が脳裏を過ぎる――。



「俺も、かつては塔破者だった。だけど、足をやられて長時間の立ち仕事や走ることはもうできない。今は命があったことを感謝しているし、戦う勇気を持っている連中の武器に、俺が成し遂げられなかった夢を託すのも悪くない人生だと思っている」

「夢……ですか」

「勇者になる」



 二人は揃ってエンゾーを見たが、彼は恥じらいの表情など見せていない。



「そう、シロクと同じだ。そういう時代だったのもあるが、どこかの誰かを守るために、モンスターを全部倒そうと思った」

「それって、言ってることが矛盾してるんじゃ」



 エーコの言葉にエンゾーは笑った。



「綺麗ごとが大好きなんだよ、勇者を目指すってやつは。誰に対しても分け隔てなく接して、困っている誰かがいれば、なりふり構わず走っていく。そして手を差し伸べる。――それができなかったから、俺は勇者にはなれなかった」


(シロクくん……)



 それを聞いて、まさしく自分に対してのシロクがそれではないかと思うセレナ。



(やっぱりあの子は……)



 エーコもたった一人の少年の顔を思い浮かべる。


 言葉にはできない、シロクとの思い出が――少ないはずなのに、どうしても忘れることのできない濃密な思い出が、二人の中を暴れるように駆け巡る。



「失敗した俺が言えることは一つだ。俺の時代は、全員が全員、ライバルだった。仲間、パーティーなんてものは存在しなかった。だから思うんだ。国が発展し、生活を楽にするために魔法が廃れてしまった世の中でも、そういう力を必要としてくれる猪突猛進の勇者がいるんじゃないか。それを支えられる仲間がいれば、あるいは――ってな」

「「私はシロクくんの力になれる――!」」



 セレナとエーコの言葉が綺麗に重なり、互いに恥ずかしくなって顔を見合わせ、そして頷く。



「うん、行こう」



 エーコが、



「シロクくんを助けに」



 セレナが、


 覚悟を決めた表情で意見を揃える。



「いってこい。でも、絶対に死ぬな。魔法銃と魔法スリングショット使い」

「……私の語呂悪くないですか?」



 エーコの苦情にエンゾーは困ったように後ろ頭を掻いた。

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