01
塔があることで、大きく発展したウコクク国の中心部からは山を一つ挟んだ先にある、とある鉱業で賑わいを見せるウコクク国の田舎町。
朝は早くから薄汚れた汗臭い男たちが、肌着のようなラフな格好で山に掘った横穴に入っていっては、横や上に向かって穴を掘り進む。
そこに眠るのは無数の魂脈。
田舎町では数は必要とされないが、まとめて都市部に持っていけば相当な金になるため、一攫千金を目指す男たちが、各地から集ってくる。
横や上に掘り進めれば、稀に土に埋まった魂脈が見つかることがあるのだ。
かつて、そこに地下迷宮がありモンスターがいた、という証明はされていないが、掘れば出てくることがある、という理由で、原因がわからずとも誰もが目先の金を得るために、モンスターがいない山を掘り進めていた。
地下迷宮の存在は誰もが知っているのに、どこからどこまで広がっているのか、その規模が誰にもわからないため、決して人の住む場所よりも低い位置に向かっては掘ってはいけない、というルールがある。
陽が沈む前の夕刻――小高い丘の上にある鐘が打ち鳴らされる。
カーン、カーン、カーン
間延びした三度の鐘の音は、横穴に入った男たちの耳にも、小さな音ながら時間をかけてゆっくりと届く。
「さあ、今日の仕事はこれで終わりだ!」
国の都市部にある塔と同じように、モンスターを警戒して、横穴に入った男たちはその合図を聞いて、額の汗を拭いながら、穴の外へと出てくる。
そして娯楽の少ない田舎町で男たちが楽しむのは酒と女である。
そのため、この町で働くのはほとんどが女だ。
「いらっしゃいませ~」
猫なで声の女たちが、通りのあちらこちらで汚い格好をした男たちを呼び込む。
それに簡単につられて、店に入っていく男たち。
この町には、すごく単純なことしかない。
魂脈を掘り当てる男たちと、その男たちに金を使わせて儲けようとする女たちと……。
「……もう、そんな時間か」
屋根裏部屋の小さな明り取りの窓から差し込むオレンジ色の目に痛い光が、細い筋となって僅かばかり狭い部屋に差し込んでくる。
そして鐘の音と、女たちの甘ったるい声が聞こえてくると、小人の部屋のような背中を丸めなければ入れない小さなドアが外から開かれる。
「セレナ、時間よ!」
上半身を折り曲げて、部屋の中を覗いては耳に痛いぐらいの声量で怒鳴る化粧と香水の濃い、どこぞの貴族の屋敷にいてもおかしくない地味なメイドの格好をした、不思議なバランスをとった妙齢の女性。
「はい、お母さん。今、行きます」
おどおどしながら、セレナは文机の上に広げていた魂脈をそのままに、膝で這うようにしてドアの外へと体を出す。
小さな屋根裏部屋のすぐ目の前にハシゴのような階段がある。手すりがなければ、傾斜も急で、一歩踏み外せば打撲程度では済まないケガを負いそうだ。
「あなたはまったく、やることなすことがトロいんだから」
いつだって機嫌の悪い母に小言を言われ、セレナは小声で、
「ごめんなさい」
そうやって謝るのが口癖のようになっていた。
「ほら、もういいから、とっとと店に出なさい。あなたのようなトロい子は、給仕なんてできないんだから、おとなしく座って、お酒の相手をしてなさい」
「……はい」
ここは母が経営する、魂脈採掘に熱を出す男たちをターゲットにした酒場。
だが、ただ酒や食事を振る舞うだけでなく、若くて綺麗な女を相席させることで、客を奪い合っているのだ。
そこで働く女たちも、汚い男たちの、面白くもない自慢話を聞かされてウンザリするのが常のことだが、客の機嫌が良ければチップとして魂脈をもらえる。
だからこそ、嫌な相手だろうが、嫌な顔をせずに接客をする。
「おい、店長! この娘、なにも喋らなくて面白くないぞ!」
客席からの怒鳴り声に、飛んでいく店長――セレナの母は、そこに座る娘の姿を見て、怒鳴りたくなる衝動を抑えて、頭を下げた。
「すぐに別の娘を用意いたしますので」
「胸の大きい娘で頼むぞ」
不満を言いながらも酒がたくさん入っているのか、上機嫌な男は豪快に笑う。
それを店長は内心で毒づきながら、セレナの腕を引っ張って立ち上がらせる。
「あなたはこっちに来なさい」
「そういえば店長さんよ」
「はい?」
「その娘っ子、そろそろ夜の仕事もできるのか?」
母は、母としてではなく、店長として恐怖に怯えるセレナを見下ろした。
「あなた、いくつだっけ?」
「ら、来月十六になります……」
「ほー、なら。俺が来月の一番客になってやろうじゃないか! でかい魂脈十個でどうだ」
自分の娘の処女を魂脈十個と天秤にかける――娘のセレナは怯えて今にも泣きそうな顔をしているが、満足に他人と会話をせず接客のできないダメな娘。
そんな娘が夜の営みに出せば初物として魂脈十個……。
「ええ、それでお願いします。しっかりと当日に前払いでお願いしますよ」
「へーへー、しっかりしてるな、店長さんは」
「こちらも商売ですから」
「げへへ、よろしくな、セレナちゃん」
男の品のない笑みから逃げるように、二人は従業員の控え室に戻り、代わりの女を、あの男の席に行かせた。
「お母さん、私には無理です……」
「なにを言ってるの! ここで暮らしている以上、こういう形でしか生きられないのよ! それよりも、あなたのような胸も愛想もない小娘に大金を出してくれるっていう客なんだから、大事にしなさい」
はあ、と母はため息を吐く。
「ここには同年代の男の子なんていないから考えたことなかったけど……まさかとは思うけど、あなた処女よね? 初潮はきてるのよね?」
セレナは下唇を噛んで、頷いた。
「なら、避妊はしっかりしなさい。来月までに、そっちの勉強も知識として頭に入れておきなさい」
「あ、あの……」
小声で呟くセレナを、腕を組んで見下ろす店長は、他の従業員に呼ばれる。
「今日はもういいわ。まだ一月あるとはいえ、覚悟を決めなさい。それすらもできないのなら、どこかに奴隷としてでも売るしかなくなるわ。役立たずなんていらないのよ。まったく……」
それだけ言い残して、母はセレナを置いて行ってしまう。




