13
翌朝、男の野太い怒鳴り声でシロクとセレナとエーコの三人は目を覚ました。
「おはよう」
真っ先に上半身を起こしたシロクが二人に挨拶をすると、その声を聞いて意識を徐々に覚醒させたセレナとエーコは間にいたシロクがいなくなったことで、横を向いたまま目が合った。
そして困ったように目礼をするも、変な気まずさが二人の間を満たす。
「朝だ!」
シロクは飛び上がり、エメラルド・ソードを背中に背負う。
エーコは腰に差していたが、シロクの身長ではヒモを襷がけにして背中に背負ってちょうどいいサイズだった。
「塔に行こう」
「ダメよ、入っちゃ」
「うん、入らない。約束したし、エーコさんの武器ができないと、一緒に入れないもん。それじゃあ、パーティーの意味がないもんね」
ニコニコと、屈託のない笑顔を見せて、エーコとの約束をしっかり守ろうとするのだから、エーコは……。
(もう、なんて可愛いのかしら)
目覚めた直後に、変な思考が脳内を浸食していた。
「なら、なにをしに行くのかしら?」
額を押さえながらエーコも上半身を起こし、今にも飛び跳ねてどこかに行ってしまいそうなぐらい元気なシロクを見る。
「大規模討伐チームっていうのを見たい!」
エーコは背後に首を巡らせると、大所帯が武器屋街から出て行こうとしている。
その中の何人が塔に入り、何人が見送りなのかはわからないが五十人弱はいるだろうか。
武器屋街の外でも、飲み屋街で働いていた人たちが声をかけている。
(パーティーだって私のことを認めてくれているのなら、これ以上口うるさく言わない方がいいわね)
シロクのことを信じることにしたエーコ。
「わかった。見送って来なさい。私はエンゾーさんとエンピくんのところで武器がどれぐらいできてるか、見に行くから」
手串で寝癖を整えながらエーコは、重たい体を無理矢理動かすような動きで立ち上がる。
「はい! セレナも起きた?」
ぽかん、とセレナは口を開いて呆けていた。
「あ、はい……。おはようございます」
「うん、おはよう!」
「セレナ、寝癖ついてるよ?」
「は、跳ねやすいから仕方ないんです」
恥じらいながらセレナは手串で外に向かって跳ねた髪を正そうとするが、セレナの抵抗むなしく、ぴょこんと跳ねてしまう。
それを見て、あはは、と笑うシロクは手を伸ばして、寝癖を頭に押し付けるが、すぐに戻る。
「セレナみたいだ」
「ど、どういう意味ですか……」
元気なシロクと寝起きのセレナを見下ろすエーコは、そんな二人を見て。
(私じゃ二人と歳が離れすぎかしら)
同じ目線の高さで喋れる二人が少しばかり羨ましい。
「セレナも行く? 大規模討伐チームを見に」
ゾロゾロとバラバラな列ともいえない無秩序な集団はすでに柵の向こうへと出て行ってしまい、最後尾が建物の向こうに消えてくのが見えた。
「はい、少しだけ見てみたいです」
大規模討伐チームになど興味はない。
でも、グルリポが裏で糸を引いて作ったチームがなにをなそうとしているのか、その結果になにが齎されるのか、気にならないわけがない。
セレナの動きを常に二手三手と先読みをして回り込むグルリポには、先見の明がある。
そうとしか思えないセレナは、シロクの鼻、シリリィに見抜かれた嘘――そういう特別な人間がいくらいたって不思議はないと考える。
特にグルリポとは一緒にいる時間がシロクよりも長いのだから、その的中率と脅威は当然のように知っているし、警戒しても、その警戒を掻い潜ってくるのだから逃れられない。
(たぶん、あの人たちは死ぬ)
ギルドでアラクネロイトーを狩る用意があるのに、わざと朝一でどこの誰とも知らない塔破者を焚き付けているのだから、そこで攻略されるなんて間抜けな失態は演じないはずだ。
シロクも入らないと言っている。
このまま入ってしまえば、あの連中と同じように死ぬ運命を選ばされかねない。
そういう意味でもセレナの安全は保証されているのだから、なにが起こるのか見学――ちょっと趣味が悪いが――をしたいと思ってしまった。
「じゃあ、行こう! エーコさん、いってきます!」
「はい、いってらっしゃい」
シロクが足早に行くものだから、セレナは足をもつれさせながら追いかける。
「はあ」
寝起きですぐに活発に動き回る二人の背中を見て出てくるため息。
「自己嫌悪ってやつね」
好きだ、というわかりやすすぎる好意はいくらでも向けられてきたのに、自分から誰かを好きだと思う好意はどう対処していいのかわからない。
「あんな小さな子にまで嫉妬しちゃうなんてダメね……」
はあ、ともう一度ため息を吐いて、昨夜は無数の星が瞬いていた空を見上げる。
「青いわね」




