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「今日は、ありがとうございました。あとごめんなさい」
「こちらこそ、ありがとう。でも、謝られるようなことはないよ?」
「私はシロクくんを置いて、先に塔を出ました」
面と向かってだったら、こうもスムーズに言えなかったかもしれない。
「僕が悪かったんだよ。セレナは気にしないで」
素直に自分の非を認めるシロクに驚いて、セレナは隣を見るも、シロクは上を向いたまま瞼を落としていた。
「あの……明日、もう一度一緒に塔に入りませんか?」
グルリポがなにを考えているのかはわからない。
グルリポが、この武器屋街で血気盛んになっている塔破者たちに情報を流していたのは知っている。
それを含めてなにかを企んでいるのは知っているが、なにを企んでいるのかまではわからない。
危険な塔治者・アラクネロイトーが動き回る塔に、グルリポはシロクと入れと言ったのだ。
セレナ以外の、セレナと同じように騙されてギルドに入れられて逃げ場を失った子供たちには、一日一万ゼンのノルマすら休みにさせているにも関わらず、なぜ自分だけ――そう思わざるを得ない。
そして酒場の外で聞いた話では、ギルドの実力者たちを集めて、まとめて攻略に取り掛かろうとしている。
他の塔破者にアラクネロイトーの情報を流していた。
彼らが何人集まるのか知らないが、塔に入るのは朝だ。
早い者勝ちというのもあるが、それ以上に暗闇の迷宮の中で長いこと暮らしていたモンスターには、塔の外壁から差し込む太陽光に引きつけられはするものの、夜行性のため朝や昼は活動が鈍る。
それが常識だ。
だからこそ、そこで他の塔破者たちが入ってしまえば、アラクネロイトーとて倒されてしまうのではないだろうか。
(確か、リーダーたちは明日の夜に入るって言ってたっけ……)
なにもかもが矛盾している。
「もう一人」
はっきりと聞き取りにくい、口ごもった声にセレナは意識をシロクに集中させる。
「仲間がいるよ。エーコさんの武器ができるのがお昼だから、その後ならいいよ~」
いつもよりも間延びした、気の抜けた声に上半身を起こして、隣のシロクを見れば、眠っていた。
「…………はあ」
がっくし、と肩を落とすセレナは、シロクの足元にある緑色の綺麗な剣を見つけた。
「これがシロクくんの武器……。これでアラクネロイトーの脚を一本斬ったんだよね」
あんなおもちゃのような木剣でできるのなら、誰も苦労しない。
「魔法ブーストはついてないけど、結構いい素材を使ってる……。エメラルドかな」
そんな大事そうな武器を手の届かないところに置いて、大丈夫なのか不安にもなるが。
「そういえばグルリポもそんなことやってたっけ……」
あれは確か、近くに置いておくと、反射的に誰かの気配を寝ている時に感じたら武器を手にして斬りかかってしまうから、わざと手の届かないところに置いておくと言っていた。
それぐらい塔破者というのは、普段から気を張っていないといけない。
「シロクくんも、そう教えられたのかな? だったら、私の後輩になるのかな」
しかしセレナにはそんな芸当できないし、こんな壁も天井もなく、少し離れたところからは窯の熱と火の明かり、さらには鉄を打つ音や怒鳴り声が忙しなく聞こえてくるため、簡単に眠れそうにはない。……はずなのに、舟をこぎ始めた。
「ふぁ~」
シロクの寝顔を見て思わず漏れた欠伸を堪えようと手を出すも、眠気は強まってくるばかりで、いつしか意識を失う時間が多くなり……本人が気づかないまま、シロクに凭れかかるようにして眠ってしまった。
「らいすたわー」
シロクの寝言に、眠っていたセレナがピクリと反応する。
そんな二人を見下ろしているエーコ。
「まったく、こんなところで寝ちゃって……」
タオルケットでもあればいいのだが、ここは生憎と屋外だ。
武器屋街を囲う柵はあるものの、柵の内側にいる人間に対しては完全に無防備だし、エーコが様子を窺いに近づいてきても、まったく気づいていない。
それは敵として思っていないから反応しないのか、それとも疲労やケガの影響か……。
エーコにはわからなかったが、見知らぬ女の子とは反対側に、二人と同じように横になった。
「こ、これはあれよ……。エンゾーさんが、明日塔に入るなら休んでおけって言うから……! それにシロクくんを見張っておかなきゃいけないし……」
勝手に塔に入らないように――という名目で、シロクの向こうで、シロクにしがみついて眠るフードのついたコートを着た少女を少しばかり警戒して……。
警戒して……これは警戒のためだから。
仰向けのまま、そんな言い訳をして、シロクと腕が触れあうような距離にまで近づいた。
「あつい」
寝言のシロクが魘されながら、右手を動かして頬を掻いたかと思うと、その手がエーコの胸の上に落とされた。
「もう……」
これが手の平だったら払いのけていたかもしれないが、手の甲だ。
「そういえばこうして誰かと並んで寝るのって久しぶりかも」
ハイスとトーレは、いつだって離れたところで二人揃って寝ていて、最初の頃は自分の身を守ることで精神をすり減らしたりしたし、それでもなにもないとわかると、二人がそういう関係なのではないかと疑ったこともある。
二人がそういう優しい人間だと知るまで、そこそこ長い間、警戒していた。
「それなのにシロクくんは」
昨日今日会ったばかりの男の子の手を握って、エーコも瞼を落とした。




