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 武器屋街の柵の内側で、シロクは胡坐を掻いて地面に座り込んでいた。



「う~ん」



 その前に横たわっているのはエメラルド・ソード。


 大事な話と言って託された剣。



「シロクくんの持ってる素材と交換ってことでどうかな? 私の武器はエンゾーさんに作ってもらうスリングショット。シロクくんの武器はエメラルド・ソード。ほら、これで問題なし」



 高そうな剣だったし、断ろうとしたが、半ば強引に押し付けられた。


 しかしシロクは武器を持たない身だ。


 その申し出は助かったのも事実。


 金はいくらかあっても、ゴムゴブリンとウルルフの素材では、シロクの望むような武器は作れない。


 アラクネロイトーの脚だって、作れる得物はレイピア程度と言われてしまえば、突くよりも振り回す方が得意なシロクには扱えないことだろう。


 エメラルド・ソード。


 触れていた時間は少ないが、これほど手に馴染む武器は少ない。


 現状文句のない満足な性能を持つ武器だ。



「エーコさんの武器ができるのが、明日の昼だっけ。どうしようかな~」



 エンゾーは徹夜で作業をすると言っていた。


 アラクネロイトーの硬い脚を分解し、武器として使える素材を抜き取り、必要な形に加工をする。元が強度があるだけに簡単にはいかず、熱を加えながら少しずつ分解と変形をさせていくと説明をしていた。


 脚でスリングショットの本体ができたら、ゴムゴブリンの素材でゴムの部分を作る。これまた魂脈を窯にくべて、薪では起こせないだけの火力で溶かして、その弾力を損なわないように注意しながら細くて長い、そしてなによりも強いゴムに変形させる。


 最後にウルルフの牙で骨組みとゴムを固定させるらしいのだが、牙もそのままでは使えないため加工が必要だが、前述の二つができてからでないと、どのような形に加工すればいいのか形が決まらない。


 スリングショットなど、木剣と同じように子供に与えるおもちゃレベルの物のため、塔破者が持つ武器――それも魂脈を使って魔法を放つとなると、繊細な作業が必要となるようだ。


 窯は一つしかなく、窯で作業ができるのもエンゾーだけなので、組み立てやデザインのアドバイスはエンピにできても、作業効率が増すわけではない。



「エンピも緊張してたもんな~」



 本当は最初にシロクの武器を作ってもらいたかったが、エンピがどの程度関わるのかシロクにはわからなくても、エーコの持つスリングショットは、エンピがいたからこそ生まれたアイデアだ。



「でも、パーティーの仲間の武器になるんだから、僕のためでもあるのかな~」



 塔破者になるために出場する『新米勇者候補決定戦』に参加する資格を得て、まだ数日しか経っていない。


 同じ国に暮らしながら、こちら側にはまったく来たことのなかったシロクは、すべてが目新しかったし、知り合いと呼べる誰かもいなかった。


 それでも運がよかったのか、グルリポやシリリィ、セレナやエーコといった色々な人と出会えたため、寂しい思いはせずに今日まで過ごせている。



「なんだか昔を思い出すな~。二人とも、元気にやってるかな~」



 一人ぼっちではないことを改めて思い出せば、シロクはエンピと約束したことなど些末なことと考え、大の字になってひっくり返った。



「うわあ、星がきれいだな~」



 頭上を見上げれば、真っ暗な空に数えきれないぐらいの星が浮かんでいる。


 塔の中にいては決して見ることのできない、幻想的な光景に見惚れていると、不意に視界が上半分、遮られた。


 誰かがシロクの背後――仰向けに倒れるシロクの頭の上に立っている。



「白いパンツが見える」



 ありのままの事実を口にしたところで、そこに立った少女は慌ててスカートを押さえた。



「また、ここであったね」



 スカートを押さえている少女の声を聞いて、シロクはすぐにそれが誰だかわかった。



「セレナ無事だったんだね」



 シロクは仰向けのまま、そんなことを言った。



(だからなんで、シロクくんは私なんかを気にするんだろう……)



 自分には優しくされる資格などないのに――そう思いながらも、セレナはシロクに変な勘ぐりをされないように、余計なことを言わないために口を噤んだ。



「ありがとう」

「え……?」



 思わぬ感謝の言葉に、一瞬幻聴でも聞いてしまったのではないかと思うほどに、セレナ自身が向けられてもおかしくないと考えていた罵詈雑言からは、最もかけ離れた言葉が、シロクから発せられた。



「セレナが先に塔から出てくれたおかげで、僕はセレナの匂いを辿って外に出れたんだ。だから、ありがとう」



 反論するよりも先に、セレナは自分の肩に顔を向けて匂いを嗅いだ。



「私、匂いますか……?」

「いい匂いだよ」


(最後にお風呂に入ったの、いつだっけ……)



 宿屋に泊まるほどの金も、部屋を借りられるほどの金もない。


 そういう塔破者は少額を支払って利用できる大衆浴場に行くしかないのだが、なかなか足を運べない。その理由は、やはり金銭的問題だ。


 持ち金が裕福なら、女の子として毎日足繁くだって通いたいというのが本音。



「あの、シロクくん」



 パンツを見られ、匂いを嗅がれ、普通なら逃げ出したいところだが、シロクの話を聞く限り、セレナよりも年下だ。


 なによりシロクは強いし、下心や変な思いを抱いていないのがわかる。



(シロクくんは思ったことを、そのまま言うだけだもんね)



 だから嘘ばかりを吐いてきたセレナとしては、接しやすいのかもしれない。



「ん~? セレナも横になってみなよ」



 気だるそうなシロクの返事に、セレナは出鼻をくじかれそうになるが、もう寝ていてもおかしくないような時間だ。


 明日に大規模討伐チームが、塔に入るということで武器屋街にとっては書き入れ時で、休みを返上して賑やかだが、マイペースのシロクにはそんなこと関係ない。



「わかりました。じゃあ……」



 セレナはシロクの隣にスカートを気遣って横になった。


 結構な疲労を体が訴えていたため、芝生の上とはいえ、こうして横になってみると、体の筋が伸びて、地面と背中が離れなくなるのではないかと思うぐらい、体が吸い込まれていく感覚を覚える。



「あ、すごくきれい……」



 シロクに気づかれないように、仰向けになったまま体の筋を伸ばして目を開ければ、そこに広がる星の海が視界に飛び込んできた。



「でしょ」



 得意げに言うシロクの功績でもなんでもないのに、セレナは静かに「うん」と返事をしていた。

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