09
飲み屋街の端にある、いつもの明かりのない酒場――。
「作戦は上手くいっている」
暗闇の中で、この酒場を拠点とするギルドのリーダーが口を開く。
そこかしこに配されたテーブルでは酒と食事の音をさせながら、その声を聞く無数の気配。
「お前たち、しっかりと準備を整えておけ」
「おう!」
リーダーの声に呼応する無数の声だったが、にやり、と口元を大きく歪める気配に、酒場内の男たちは固唾を飲んで黙り込む。
「明日の夜、俺たち……いや、お前たちが塔治者を倒せ!」
その言葉を聞いた瞬間、酒場が震えるような雄叫びに包まれた。
うるさく足を鳴らしたり、雄叫びをあげて気合を入れたり、乾杯を繰り返したり、真っ暗な店内は一瞬にして大音量で満たされる。
「俺には俺の役割がある。お前たちは塔破者として、明日の夜に行ってもらう。いいな?」
「おう!」
「外は俺に任せておけ!」
リーダーが血気盛んに怒鳴る。
「塔治者の情報はグルリポが齎してくれた。アラクネロイトーだ。八本のうち一本はすでに折られているようだが、残り七本――あいつは素材としても優秀だし、なにより塔治者だ。魂脈もゴムゴブリンやウルルフ数十匹分に相当するぞ」
リーダーからの言葉は、まるでこのギルドに希望を齎してくれる神の言葉と同義に聞こえる。
誰もが、このギルドに入ってよかった――この場にいる誰もがそのように思っていた。
「だから、今日は金づるのチビたちを休ませているんですね」
「これから大金が手に入るわけだし、ガキどもは塔治者の前に出せばエサにしかならない。飴とムチをうまく使い分けてこそ、無能なクズどもを使い続けられるんだ。死ぬまでな」
再びの大笑いに店内が満たされる。
「……ひどい」
グルリポに連れられて、酒場の外にいたセレナは、その場に膝をついた。
「なにが酷い? お前たちザコに休みを与えてやっているんだぞ」
隣からのグルリポの言葉を、セレナは涙目で睨み上げるが、グルリポは鼻を鳴らしてすぐに視線を逸らす。
「早くここから離れないと、聞いていたことがバレて大変なことになるぞ」
「……私の、味方でもしているつもり?」
今までは逃れられないギルドという呪縛で捕らえ、帰る場所も、行く場所もないことを知っているからこそ、少しの甘いエサと引き換えに、無茶を押し付けてきた。
セレナよりも前に『新米勇者候補決定戦』で優勝させられ、ギルドに入れられてしまった子供たちは、暴力に怯え、今ではすっかり心を消している。
一日一万ゼンというノルマを達成できないために、男たちに殴られることで毎日を乗り越えて、死なない最低限の水と食事をもらっている。
こんなギルドなど、逃げ出せばいいのに――そう思ってもそうできない。
そう思うことすら、もうできないのかもしれない。
だが、セレナは違う。
特別な魔法銃も持っていたし、なによりノルマを毎日のように達成している腕利きだ。
だからこそグルリポに監視されている。
強く力をつければつけるほどに逃げ場はなくなり、経験を重ねることで相手との力量差を理解できてしまう。
「私を、シロクくんと組ませようとしたり」
その名を出してもグルリポは表情一つ変えない。
「なにを考えているの?」
キッ、とキツイ目で睨まれ、セレナは生唾を呑みこむ。
「いいから早く行け。殺されたくはないだろう」
グルリポの考えていることはわからない。
なにかを言いたくても、吐き出す言葉が見つからず、唇を噛んで背中を見せる。
「シロクは武器屋街にいるはずだ。あそこの医者は夜まで患者を置いておかないからな」
「……なんでも知ってるのね」
ふん、とグルリポは鼻を鳴らし、わざと足音をさせて真っ暗な酒場に入っていく。
その気配を背中で感じて思う。
(酒場だから夜にしか人が集まらないのはわかるけど、なんで明かりを点けないんだろう)
ギルドは決して貧乏ということはない。
外周区を拠点にしているギルドは少ないため比較対象は少なくとも、他のギルドよりも人数が少ない割に、金には困っていない。
それなのに電気を引かないし、魂脈で火や明かりを起こすことはしない。
それどころかセレナに小さな魂脈は全部渡されている。
「そういえばシロクくんのライスタワー預かったままだ」
襷掛けにしたバッグに手をかけて思い出す。
これがあればもう一度、会いに行く理由になるのではないだろうか。
「グルリポ、お前、例の件はどうなっている?」
怒鳴り声に近いリーダーの野太い声が、遠ざかろうとしていたセレナの足を止めさせた。
「まだ、調整中です」
(なにを企んでいるの……)
わかったところでセレナにはどうすることもできない。
力の無さを嘆くことも許されないのが、弱者なのだとセレナは痛いほど知っている。




