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08

 いつもなら閉店をしている武器屋街へと、左手の甲の証を提示して柵の中に入り、シロクはエンゾーとエンピのいる店へと足を運んだ。


 そこは他の店と違って閑古鳥が鳴いていたため、すぐに見つけることができた。



「ここがエンゾーのお店なんだ!」


 他と特に変わったところのない外観の店だが、店の前に商品が並んでいることもなければ、見本の武器や防具が展示されていることもなく、値段表などもない。



「おお、シロク。本当に来たのか」



 鉄くずをまとめて暇を潰していたエンゾーが、背筋を伸ばして腰を叩きながらシロクを見て、すぐ隣にいる美人に見惚れる。



「うん、来た! エンピは?」

「ん? ああ、あいつはに今、夕飯の買い出しを頼んでいるが……ちょうど帰ってきた」

「ただいま帰りましたけど、どうせうちの店にはお客さんなんて……」



 息を切らしながら帰ってきたエンピ。

 エンゾーに指示をされて、弟子であるエンピが走らされたのであろうが、その口から荒い息とともに出るのは文句だった。



「って、シロクさん!」



 シロクの姿を認め、素っ頓狂な声をあげて驚くエンピ。



「うん。武器を作ってもらいに来たよ」



 鍛冶屋に塔破者が来る理由は、それしかないのだが、この店には誰も寄り付かない。


 魂脈を動力に魔法の力を借りて性能を何倍にも引き上げる魔法ブーストを搭載する武器は、その燃費の悪さから、今では需要がほとんどないため、大規模な討伐チームが組まれて、時間を過ぎても窯の火を落とさないような日でも、客足など疎らだ。


 暇を持て余した鍛冶屋に、これまた待ち時間で暇を持て余した塔破者が冷やかしにくるぐらい。



「武器って……まだ昨日の今日で、僕にはまだなにも作れないんですが……」



 エンピの首元ではヒモで括られてチョーカーのようにされたゴムゴブリンの素材が揺れる。


 シロクから預かった、未来への予約の証だ。



「エンピには無理でも、エンゾーさんならできるかなって。あの木剣、壊れちゃったんだ」

「まあ、あんな木剣で塔に入るような無茶をすれば壊れるわな……。で、なにが欲しい? 素材と金はどれぐらいある?」



 シロクは素材をすべてぶちまけた。



「お金は二千六百ゼンと、モンスターの魂脈が四個です」

「おいおい、そんなんじゃなにも作れないぞ」



 鉄の武器を作るには、鉄の素材が必要となるが、ゴムと牙では、なにも作れない。


 エンゾーが顎を指で撫でていると、おずおずとエーコが手をあげた。



「あの、中衛か後衛を務めるのに適した武器はありますか?」

「援護用か?」

「いえ、私は回復魔法やアイテム精製もできないんですが、攻撃魔法ぐらいなら使えるので、それを補える武器なんかがあればいいんですが……」

「そうさなぁ……。基本、場の限られた塔での戦闘では、前衛が剣や斧なんかの大きな武器を持ち、中衛はその間隙をつける小さな武器を持ち、後衛は魔法や援護を使うことがほとんどだが、攻撃魔法のみとなると中衛でも、結構な攻撃サポートを求められるな」



 エンゾーも過去の経験から、必要とされる武器をいくつも思い浮かべるが、攻撃魔法のみで、前衛を務められる俊敏性やパワーを持ち合わせていないとなると、実に中途半端だ。


 それこそ前衛に盾を持った守りの硬い仲間でもいればいいが、そう都合よくはいなければ、そんな盾を持ち歩けるほどに強い人間など限られてくる。



「魔法銃みたいのはないですかね……?」



 セレナという顔も知らないシロクの知り合いが持っていたという骨董品。



「作ろうと思えば作れるが、なにしろ素材がな……」

「そうですよね……」



 エーコはモンスターの素材など持ち合わせていない。


 花や鉱石の小さな魂脈が少しと、薬草を使い切ってしまったため、毒消し草のような状態異常回復アイテムしかない。


 お金だってそこまであるわけではない。


 財布の中を確認すればシロクよりも有り金が少なそうで、確認するのが怖い。



「あの、師匠、少しいいですか?」



 エンピが遠慮がちに、こちらも挙手をする。



「なんだ?」

「あの……僕が子供の頃に遊んでいたものなんですけど、ゴムゴブリンのゴムと、シロクさんの持つ、その細長いので、スリングショット作れませんか?」

「これ?」



 シロクは黒く、細長いアラクネロイトーの脚を掲げて見せる。



「それの強度がどのぐらいあるのかわかりませんが、そのモンスターの素材を加工し、ゴムゴブリンのゴムを溶かし、ウルルフの牙で固定すれば頑丈な魂脈を弾としたスリングショットが作れると思います。遠距離魔法ほどの飛距離はないですし、近距離での攻撃も魔法銃に比べると暴発や反動が少なく、使いやすいと思います」



 つらつらと雄弁に語るエンピを見て、エンゾーとエーコはぽかんとしていた。


 その様子に気づき、エンピは顔を赤くして頭を下げる。



「す、すみません! こんな僕のような未熟者が意見など」

「いや、作れるかもしれないぞ。この嬢ちゃんは魔法を使えるんだ。ただの石や鉛の弾を飛ばせば近接打撃武器と同じ効力を持つし、魂脈を撃てば魔法になる。どうだ、使えるイメージがあるか?」

「は、はい! そんなものが可能であるのなら」



 なにより魂脈の魔法にだけ頼らない点は大きい。


 魔法が存在していても、滅多に使われないのは魂脈がもったいないのと同時に、魂脈がなくなればなにもできないからだ。


 余程の熟練パーティーで後衛を専門にでもしていない限り、魂脈だけに頼った戦闘スタイルは取れない。



「エンピ、よくやった」

「は、はい……!」



 師匠に褒められ強張らせていた表情を綻ばせるエンピ。



「ところで、シロク。それはなんの素材だ?」

「これ? アラなんとか」

「アラクネロイトーです。今、そこの塔で暴れている塔治者の脚を一本、シロクくんが折ったんです」



 本当は飲み屋街に集まった塔破者相手に、この脚を証拠として掲げて塔破者を募りたかったが、すでに大規模討伐チームが組まれていては、これ以上なにかを言うのは無駄だ。


 なにより想像以上に事が大きくなっているため、エーコが攻略組に入るチャンスはなさそうだった。



「あの八本脚の内の一本か。やっぱすごいんだな、シロク」



 シロクなら本当になんでも有言実行してしまえるかもしれない。


 それならば余計に自分の武器を持ってもらいたくなるのが職人だ。



「シロク、お前の武器はどうする?」

「僕はお金も素材もこれしかないから、なにか買えるかな?」

「生憎、うちは持ち込まれた素材と魂脈で作るぐらいしか貯えがないんだ。シロクの持つような近接武器には素材がな……」



 エンゾーだけでなく、エンピの知恵でも、こればっかりはどうしようもない様子だ。



「シロクくんに大事な話があるんだけど――」



 エーコは意を決した。


 過去と未来、二つをつなぐための橋渡しのための大事な願いを込めて――。

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