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07

 武器屋街に近い、もう一か所の飲み屋街。


 そこは塔破者よりも、鍛冶屋や武器屋、アイテム加工師などの職人が多いため、塔破者は少々肩身が狭い思いをするが、今日ばかりは違った。



「噂で聞いたんだが、塔治者が一階まで下りて来てるんだって?」



 普段着で仕事帰りの塔破者が、ビールジョッキを運んできたウエイトレスに訊ねる。



「はい、そのようですね。昨夜はみなさん委縮していましたが、なんでも一人の塔破者様がそのモンスターの正体を探ったため、大規模な討伐チームが組まれるとのことです」

「なるほどな。だからか」



 男は飲み屋街から武器屋街の方を眺めた。


 普段はとっくに窯の火が消えて、鉄を打つ音も、そこからの熱もなくなるのだが、今日は煌々と明かりが灯り、心地よい風も熱風へと変われば、鉄を打つ音も心なしか昼間よりも大きい。


 そしてなにより一番の変化は、柵の向こうに無数の人影が見えるのだ。


 どの塔破者も、塔治者の討伐を目論んでいる。


 余程の腕前がなければ一人では塔を攻略・解放はできない。


 そのため、小さなパーティーで討伐される前に、討伐チームを組み、その一員となって塔治者を倒せれば、次の塔に入る資格をもらえる。


 実力のないものは、ここぞとばかりに、そのお零れにあやかろうとしているのだ。



「今回の討伐チームの首謀者は誰だろうな」



 ウエイトレスは他のテーブルの給仕に向かってしまったため、男は独り言を呟くが、その疑問に答える声はない。


 いや、答えられる者がいないというのが正しい。


 討伐チームに参加するため、武器の新調や手入れをするために、行きつけの武器屋に足を運び、躍起になっている塔破者たちも、それは知らないし知る必要もない。


 どんな形であれ、そこに自分が参加して、誰かが塔治者を倒してくれれば、自分の左手の甲に浮かぶ塔破者の証が一段階高くなるのだ。


 誰がいようが、何人いようが構わない。


 そこに自分がいる、というのが肝心なのだ。



「俺も行こうかな」



 大昔と称することができるぐらい昔に塔破者の資格を得ても、満足に稼ぎがなかったり、年齢やケガを理由に引退、あるいは一時休業して、普通の仕事に就く者も少なくない。


 この男も例外ではなく、稀に起こる討伐チームでの大規模攻略があるとわかれば、家のどこかで埃を被っている装備一式を引っ張りだして、塔破者に戻るのも悪くない――そう思ってしまう。


 男の耳に、風にのった塔治者の名前が届く。



「アラクネロイトーか……」



 記憶の中から引っ張り出せば、八本脚の巨大蜘蛛の姿がすぐに思い浮かぶ。


 八人がそれぞれ脚を一本ずつ押さえれば、あとは脚に比べて弱い本体部分を殴り放題で、簡単に倒せる――そういう攻略法は、酒の席に足を運んだり、仕事相手との雑談の中で、簡単に情報が広まり、得ることができる。


 それを聞いた塔破者ではない者も、



「俺にも倒せそうだ」



 そうやって存在しない自信をつけてしまい、大きな失敗をすることも珍しくない。


 男もどこにも存在しなかった自信を漲らせ、家のどこかにある武器を記憶の中から探していると、



「うそ、もう情報が漏れているの!?」



 飲み屋の客ではない、甲冑を着た胸の大きな女が子供を連れて、先ほどのウエイトレスと話しているのが聞こえてきた。



「ええ、誰が持ってきたかは存じませんので、今回の討伐チームのリーダーもわかりませんが、明日の朝一で大規模攻略を行うとのことです。すでに塔治者の情報は知れ渡っています」



 柵で覆われた武器屋街にほど近いため、ウエイトレスに話しかけてくる塔破者は少なくない。


 そのため仕事に支障が出ない範囲でなら、なんでも教えてくれる。


 塔破者でもない者が情報を持っているという事実が、後々の客の獲得に大きくつながる。


 誰だって情報のない飲み屋よりも、情報のある飲み屋の方がいいに決まっているのだから、こういう雑談は先行投資とも言える。


 無論、これは塔破者相手以外でも、酒の席での話題――時事ネタとしては大きな価値があるともいえた。



「料理も情報も鮮度が大事です」



 ウエイトレスは得意げに言うと、会釈して仕事へと戻って行った。



「えええー、じゃあ、僕たちも急がないと」

「待って、シロクくん。私たちには武器がないし、なによりケガをしている。この状態で動くのは得策とは言えない。って、これはさっきも言ったじゃない」



 シロクは眉間にシワを寄せる。


 先ほどもちゃんと返事はしてくれなかったし、今は他の塔破者を見て気が急いているのだろう。


 その気持ちもわからなくはないエーコだが、だからこそ冷静になるべきと判断して、シロクというまだ掴み切れない男の子を制する。



(もしかしたら逆にやる気になっちゃうかもしれないけど……)



 ハイスとトーレのような慎重さなど微塵も持ち合わせていないシロクの扱いは、まだまだエーコは理解を深めていく必要があると考えるて試す。


「それともシロクくん。あなたはあんな大勢の人たちの中の一人として、あのモンスターを戦って勝っても嬉しいの?」



 あ、となにか気づいた様子のシロクを見て、エーコも段々とシロクの扱い方に正解を導きやすくなった確信を得る。



(この子は直情的だけど、誰かに任せるよりも自分が、というのが強いのね)



「パーティーを組んだ仲間と倒すのなら嬉しいけど、誰とも知らない人たちと倒しに行くのは面白くないです」


「あら」



 ちょっとばかし意外だった。


 自分一人でなんでもするのではなく、自分と仲間という括りがしっかり存在している。


 実のところ不貞腐れたように言うシロクの気持ちも、エーコもわからなくはない。


 ハイスとトーレ、二人と組んでいても塔治者など夢のまた夢だったが、誰とも知らない誰かのお零れに授かるよりも、しっかりと信頼できる仲間で倒した方が、達成感は大きいし、ちゃんと喜べるだろう。



「武器もアイテムもない。シロクくんの行きつけの鍛冶師に相談して、なにか武器を工面してもらうのが今は最善でしょ?」



 本当は鉄板麺の店主から聞いた情報で、こちらに塔破者が集まっているのなら、昨夜のように非難されても構わないからアラクネロイトーを倒すパーティーを募ろうとした。


 そこで二人でも三人でも、腕利きの塔破者が見つかれば御の字だと思っていたのに、すでに誰かが大規模討伐チームを作ってしまっているのなら、どうすることもできない。


 何人いるともわからない大人数で塔に入れば、混雑して混乱することは確実だし、それで塔治者を倒しても分け前などあってないようなもの。


 得られるのは次の塔に入る資格だけ――勇者になりたいというシロクには望むべきものかもしれないが、現状シロクはそれに気づいていないため、エーコはなにも言わず、まずは体を第一に考えさせた。


 諦めさせるために出した見知らぬ他人とのパーティーを組むことへの拒絶は上手くいった。



(やっぱり仲間思いなのね)



 無茶振りをするシロクには反省をしてもらいたかったが、ケガをしたのもエーコを守るため、となっては、エーコ自身がまだ塔に入れないという理由が、シロクを立ち止まらせたとも思える。


 自分のケガなど、無視してしまいかねないのだ、シロクという鋭い牙を持った少年は。

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