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01

「さて、どうしよう」


 考えるのは苦手。

 考えるよりも行動した方が早いから、何度目かの「どうしよう」を言葉にした途端、シロクは立ち上がった。


「どうにかなるよね~」


 能天気に微笑んで、今一度避けていた歓楽街の方へと戻るかと意識を向けた時、なにかの気配を背後に感じて振り返るシロク。

 そこにはなにもいないが、シロクを引き付けるように、なにかが手招きしている。


「そうだ、塔に行こう」


 塔は朝だろうが夜だろうが、一日中実力者によって監視され、いつだって資格を持った塔破者は入ることを許されている。

 そこに行けばシロクに道を示してくれるかもしれない。

 このウコククという国、その首都であるこの町には、いくつもの塔がある。

 今シロクのいる場所から見えるのが、一番外側の、一番初心者向けの塔であることは、なんとなくだがわかった。

 塔の中は蟻の巣のようにどこまでも広がる地下迷宮への入り口ともなっているが、国に雇われた実力者がいるため、日常の生活を送る上では、不自由なことはない。

 そうは頭でわかっていても、心安らかに眠っている夜に、モンスターが飛び出して来たりでもしたら堪ったものではない――そういう理由から、塔の周りには人家はなく、人が通るのがやっとな道しかない、頑丈な壁の倉庫などが多く並んでいる。

 近くで見上げれば、その倉庫とて塔よりも高く見えるため、自分がどこにいるのかわからずに、あっちへこっちへと彷徨っている始末だ。


「あれ~、どっちだろう~?」


 わざわざ夜に塔に挑もうとする塔破者でもいない限り、塔の周りをうろつく者もおらず、完全に迷子になってしまったシロク。

 茫然と立ち尽くしたシロクは目を閉じ、耳を澄ませ――先ほどの歓楽街からの声が背中から聞こえるのを確認する。


「こっちだ」


 そちらを背にしたまま、前へ進めばいい。

 シロクは己を信じて前へと進むと、倉庫と倉庫の狭い路地で道を塞ぐように倒れた男がいた。


「大丈夫ですか?」

「んあっ?」


 影を落とすように問いかけると、眠っていた男は即座に、パチリと目を見開いた。


「……なんだ、子供か」

「昨日十五歳になり、今日勇者になる一歩を踏み出しました!」

「勇者……?」


 男は上半身を起こして、訝しむようにシロクを爪先から頭までを見て、腰にある木剣に気づく。


「そのおもちゃは、闘技場のものだろう」

「誰もこんな短いの使わないからくれるって言うので、記念にもらいました! 武器屋に行くお金なかったので助かりました!」

「お前……それで、塔に行くつもりか?」

「はい! 大丈夫です!」


 胡坐を掻いて、顎に手をやって、うーんと唸る男。


(こいつは数時間前の『新米勇者候補決定戦』で優勝したやつだな)


 噂が広まるのは早いとはいっても、噂の流れる場所にでも行かなければ、その正確な情報が耳に入ることはない。

 先ほどシロクやシリリィから金を巻き上げようとした二人組が知らなかったのは、人目を避けていたことが大きかったのだろう。


「お前、強いのか?」


 うーん、とシロクは腕を組んで首を傾げる。


「僕より強い人はたくさんいると思います。でも、僕はいつか、この国の塔をすべて塔破して、本物の勇者になります!」


(直情的だな……。扱いやすいといえば扱いやすそうだが……)


 男は立ち上がり、尻の土埃を払うと、首をコキコキと鳴らした。


「ちょっと腕前を見てやる。その木剣なら使ってもいい。俺に一撃を食らわせてみろ」


 狭い倉庫と倉庫の間で、男は両腕を開く。

 それだけでもう人は通り抜けができなくなるぐらいの空間だ。


「武器は?」

「俺か? 俺はいらん。さあ、遠慮するな」


 じゃあ、とシロクは呟いて、腰を落として左手を前にして構える。

 次の瞬間――男は一度だって目を逸らさなかった、そのはずなのに――気が付けば、男の眼前にシロクの顔があった。

 男は咄嗟に上半身を逸らすことで、シロクの肘を避わす。しかし、それに続けとばかりに裏拳を顔面に向けて放つが、それは男がバク転をすることで避ける。

 先ほどのチンピラ二人とは違い、多少の手応えを感じたシロクは笑みを零して、地面に片足をついた瞬間、再び跳ぶようにして男に殺到する。


「ちっ、こいつ――」


(マジもんかよ)


 体勢を満足に立て直せなかった男は、シロクからの拳が顔面に炸裂する光景を見た――だが、現実には痛みはなく、顔にかかるのは微風。

 小さなシロクの拳は、眼前で止められていた。


「降参だ。参った。お前の腕は本物だ」


 両手を上げて降参のポーズをする男は、苦虫を噛み潰したように笑い、どっかりと腰を下ろした。


「ありがとうございます。お兄さんもお酒を飲んだ後の寝起きじゃなければ、もっと動けたはずです」

「……酒臭いか?」

「少しだけ匂います」


 肩に顔を近づけて、鼻を鳴らして匂いを嗅いでみるが、まったくわからない。


(俺は一滴も酒は飲まないんだけどな……)


「お前が、今回の優勝者なんだな」

「はい、シロクっていいます! よろしくお願いします」


 ぺこり、と頭を下げられ、男は後ろ頭を掻いた。


(あいつがこいつに敵うわけもないか)


「俺はグルリポってんだ。よろしくな」

「グルリポさんは、ここでなにをしてるんですか?」

「寝てた」

「でも、僕が来たらすぐに起きましたよね」

「そりゃお前、一度塔の中に入ったら、その日のうちに出てこれないこともあるからもしれない。どんな場所でもすぐに休む特技みたいのが誰にだって身に着くし、身の危険を感じれば飛び起きて、いつだって臨戦態勢だ。まあ、町中でも俺はなかなか緊張が解けないからな。人気のないところで、武器も少し離れたところに置いて寝ているんだ」


 ん、と親指でグルリポが背後を指差すと、そこにはポーチと剣が置かれていた。


「じゃないと、誰かを斬っちまう」


 グルリポは脅すようにシロクに言うも、そのシロクは目を輝かせていた。


「僕も、グルリポさんみたいになれるように、がんばります!」

「お、おう……。精進しろよ」


(やりにくい相手だ)


 それがグルリポにとっての本音であったが、それ以上に今の動きは彼を感心させた。


「なあ、お前――シロクっていったか? パーティーや仲間はいるのか?」

「今はいません!」


 うーん、と今一度深く考えてからグルリポは右手を差し伸べた。


「少しの間だけだが、俺が仲間になってやる。シロクはまったくの初心者だからな、色々と教えてやる。どうだ?」

「はい、よろしくお願いします!」


 シロクは差し出された右手を握り返し、握手をする。


「でも、武器も防具もないからな……。ほんと、少し入るだけになっちまうかもしれないぞ」

「お金ならあります」


 ポケットから残りの札をすべて――三万ゼンをグルリポに差し出す。


「これでなにか買えますか?」

「お、お前、こんな大金……ああ、そうか。優勝賞金か……」


 今の制度になってから、一律五万ゼンがもらえる『新米勇者候補決定戦』の賞金。


(すでに二万も使ってやがるのに、なんで武器や防具の一切がないんだ……)


 なにに使ったのか、半ば呆れてため息を漏らす。


「しまっておけ、大金だ」

「塔に入るのに、お金とかかかりませんか?」

「かからん、かからん。金より重たい命を懸けてるんだからな。それどころか塔に入れば、簡単に金が稼げる――なんてことは言わない。簡単に稼げれば、俺は今頃、メイドを何人も雇った豪邸に住む大金持ちだ」


 そんな夢を見ていた時期がグルリポにもあったな、などと新米のシロクを見て思う。


「じゃあ、これあげます」


 シロクは一枚、札を差し出す。


「おいおいおい、なんでだよ。子供に同情されるほど落ちぶれちゃいねぇーよ」

「僕を育ててくれた人は、人に知らないことを教えてもらったらお礼をしなさい、って言ってました。でも、僕はこれしか持っていないので、これだけで許してください」


 シロクに押し付けられるようにして、シワだらけの一万ゼン札を受け取る。

 グルリポは目をパチクリさせて、顔色一つ変えずに大金を差し出すシロクが正気かどうかを疑ったが、決して笑顔を崩さず、なにを考えているのかわからない。


「本当は塔に行きたくて、歩いてたんですけど、ここで迷子になってよかったです」

「塔って……すぐ目の前なんだが……。まあ、いいか。塔には明日の朝に行くぞ。今はここでゆっくり休め」

「はい! 塔の中で寝る時の練習ですね!」


 宿屋でいくらかかるかわからなかったが、シロクにとってはパーティーまで組めて、情報を教えてもらえ、一石二鳥どころの騒ぎではなかった。


「おやすみなさい」


 道の真ん中で四肢を投げ出して眠るシロクは、すぐにイビキをかきだした。


「こいつ、人を疑うってことを知らないのか……?」


 手にした一万ゼン札を握りしめ、グルリポは口の端を釣り上げて笑った。


「楽しい塔攻略になりそうだ」

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