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04

 医師がシロクの言葉をバカにするでも、笑うでもなく、真剣に聞き、そして訊ねた。


「――勇者になる? それは本気かい?」

「はい、本気です」

「そんなに負けてもかい?」

「次、勝ちます」


 にこり、とまだ麻酔が抜けきっていないのか、ぎこちない笑顔を見せている、と普段のシロクを知っているため見比べてしまうエーコ。


「あ、でも、病院ってお金かかるんですよね? 僕、あまりお金持ってないんですけど」


 またお金なくなっちゃうのかな~、などと呑気なことを呟くシロクであるが、その表情にはちっとも悲壮感など浮かんでいない。


「それなら大丈夫だ。塔破者から金はもらわん」


 シロクのそんな気持ちを汲み取ったかのように、事務的な声で言う。


「なんで?」


 シロクの問いに、医師は不思議そうにシロクを見下ろす。


「普通、患者はタダになったら素直に喜ぶもんだぞ。今回の治療費は普通なら十五万は欲しいところだが、無料だ」

「サービス?」

「バカたれ。なんで好き好んで死地に赴いて大ケガしてくるバカどもを無料で治療せねばならんのだ。どんな暇人だ」


 ふふ、とエーコは笑う。


「あのね、塔破者を診てくれるお医者さんは国からお金が出てるの。塔の受付の仕事と同じで、欠かせないものだし、私たちが持ち帰る魂脈がなければ、国は機能しないからね」


 ほほー、とシロクは素直に感心する。


「塔破者ってお得ですね!」

「それだけなるのが難しいんだけどね」


 エーコはシロクがどんな過程を経て『新米勇者候補決定戦』で優勝したかは知らないが、塔内部での戦闘を見ていれば、圧倒的な勝利をしてきたのだろうと推測する。


「難しいといえば、今回お前たちをやったモンスターはなんだったんだ? 二人とも、モンスターから直接受けた傷はなかったようだが」


 医師は言いながら、手術前にシロクが握っていた細長い棒のようなものに視線を落とす。


「……これから、飲み屋街が開けば人は少ないでしょうけど、そこで告知するつもりです。この戦利品もありますし」


 ベッドの傍らに置かれたモンスターの左脚の一本。


「私はモンスターについては知らないのだが、どんなモンスターだったんだい?」

「でかいお尻」


 シロクが言うと、医師は首を傾げた。


「美人なら歓迎したいところだ」


 医師のボケなのかどうかわからない言葉を消し去るようにエーコはそれを手に取る。


「黒い糸を吐くクモ型の大型モンスターです」

「黒い糸のクモねぇ~。あら……ある……えっと、あれ……」


 医師が少し前のエーコと同じように、その名前が出てこないのか、こめかみの辺りを指で突いている。



「アラクネロイトーです」



 ようやく、何度も喉元まで出て来てひっかかっていた名前をエーコは口にできた。


「それだ、それ! あらくろねとー」

「まあ、名前はいいんですけど、それで間違えないです。八本脚に黒い体に金色の八つ目。これはそのうちの一本です」

「じゃあ、今は七本脚か」

「はい。シロクくんが立ち回っていたのを傍目に見ていただけですが、一本減るだけで戦力はだいぶ削れたと思いますし、なにより弱点もわかりました」

「ならば、これ以上被害者を出さずに塔を開放できるな」

「いえ、そういうわけでもないんです。武器が、ないんです」



 シロクにエメラルド・ソードを託してもいいとは思っている。

 しかし、完全に手放すことを心のどこかで拒んでいる。

 ハイスとトーレの想いもそうだが、これを渡してしまえば、エーコは武器をなに一つとして持たない。

 武器を買えるほどの金も素材もない。あるのは安値の花の魂脈ぐらいだ。

 武器がなければ戦うことができなくなる。



「武器なら、この脚を使えばいいだろう。塔治者クラスの素材を剥ぎ取ってきたのなら、そこそこの武器が作れると思うが」

「この細い脚じゃ剣には……。レイピアぐらいならできるかもしれませんけど……」


 ゴムゴブリンやウルルフ程度でも、この細い脚から作られるレイピアで一撃必殺できるとは到底思えない。


 なによりこれから相手にするのは、強固な外殻を持ったアラクネロイトーだ。


 エメラルド・ソードでは刃こぼれせずに打ち合えたが、鍛冶屋で必要最低限の安値で買えるような性能の劣った武器ならばすぐに刃こぼれしてしまっていたことだろう。


 それだけアラクネロイトーは硬かった。


「エーコさん、あとで僕の行きつけの鍛冶師のところに行ってみましょう? きっとなにかいい案をくれますよ」

「……ええ、そうしましょうか」

「僕も新しい武器を買わないといけないんだった。エーコさん、僕が今いくら持っているのか、ポケットの中、見てもらえますか?」

「ポケットね」



 ベッドの上に横たわり、まだ麻酔が切れずに満足に動けないシロクは綺麗な手術着のままだった。

 そのシロクが着ていた服は、カゴの中に畳まれて入れられている。

 ズボンを持ち上げて、ポケットに手を突っ込めば、まるで子供のズボンのように色々な物が入っているのが手触りでわかる。



「えっと、お金が二千と六百ゼンで……魂脈が四つ――すごいわね。あとは、変な石ころが七つあるけど、これは?」

「エーコちゃん、知らないのかい? それはモンスターを倒した後に落とすドロップアイテム、武器や防具を作るための素材だよ」

「これが……」


 モンスターを倒した後に出る小石ぐらいある魂脈も珍しいが、それ以上に初めて見るモンスターの素材。


「エーコちゃんは長いこと塔破者をやっているのに見たことがないのかい?」

「はい……、恥ずかしながら」


 ハイスとトーレと三人で塔に入っても、前衛を務めるのが二人だ。


 エーコは二人と同じ甲冑装備に、立派な剣を持っているのに後衛を任されていた。


 二人の武器は何度か壊れて買い替えたことはあるのに対して、エーコのエメラルド・ソードは傷一つない状態を保っている。


 それは戦闘を二人に任せきりだったこともあるし、それ以上にこの剣の性能があったためだ。


 その性能のすごさを知れたのは、シロクが振っているのを見れたおかげ。


 鈍でも、装飾過多な見かけ倒しのイミテーションでもない。


 もしかしたら安い部屋ぐらいなら買えるぐらいの代物だったのだろうか。



(だからって、手放せないわよね……)



「そのゴムのがゴムゴブリンので、牙みたいのがウルルフのです」

「合計七つ……七匹も仕留めたのか」


 医師が感心すると、シロクは誇らしげに笑う。


「セレナにも手伝ってもらいました」

「セレナって子は美人か?」


 医師の問いに、エーコはため息を吐くが、返って来るシロクの言葉は、


「すごい珍しい武器を持ってたよ」


 まったくかみ合ってなどいなかった。


「どんな武器なの?」


 塔の中でも、シロクからセレナの名は聞いていたが、冷静になって聞いてみると、色々と気になるところがある。

 シロクは戦闘中でもなければ大人に対しては敬称をつけるが、セレナに対しては一度だってなければ、すごく親しみを込めて呼んでいる。



(け、決してヤキモチとかではなく……そ、そう! セレナって子はたぶんシロクくんと歳が近いのよね)



 自分で自分に言い訳をしながら、エーコは思考を巡らせる。


「セレナのは、三つ穴が開いた銃だよ。でも、弾が出るところは一つなの」


 少しばかり思い出して興奮するシロク。


「魔法銃とは珍しい。そんな骨董品を使う塔破者がいたとは……」


 ほー、と医師の男がセレナの美人度合よりも、そちらを気にしだした。

 それを見てエーコも、魔法銃がどんなものか興味を持ってしまう。

 そんなエーコからの好奇の視線を浴びて、医師の男は得意げに口元をゆがめる。


「魔法銃というのは、鉱石や花、魔力が宿った小さな魂脈を弾として射出する武器だ。エーコちゃんは魔法を使えるんだろ? 集中力を必要とする魔法に比べて練習なしで誰でも手軽に使えるのだが、応用が利かないのが欠点だ」


「あくまでも基本は銃ってことですか」


「そうだな。利点と欠点、それぞれを別の部分で補えれば、どちらも採用する材料にはなるが……」


 歯切れの悪い医師の続く言葉は、エーコにはわかった。


 魔法とは魂脈を飛ばすことだ。


 花や鉱石のなら、換金しても小銭にしかならないが、貧乏生活をしていれば、それは貴重な小銭になる。


 モンスター一匹一万ゼンという約束された大金も一人で倒せれば問題ないが、パーティーで分け合えば少額になってしまう。


 そのため塔破者は花や鉱石を採取して小銭として得る。


 無論、自分の生活の中でエネルギーとして使うことだってできるし、余裕があれば輝く花などインテリアにしたっていいが、アイテムに加工するが塔破者にとっては一番堅実な使い方だろう。しかし、それにも専門の技術が必要なため現実的ではない。



(なにもかも、すべてが都合よくはいかないようにできてるのよね)



「エーコちゃんに適した武器や戦い方を、これからも塔破者を続けるのなら考えて見つければいい」

「私の戦い方……」


 ハイスとトーレだけでなく、年下のシロクにだって守られている。それどころか初めてパーティーを組んだシロクの足を引っ張ってしまった。


 少しでもシロクへの贖罪をと考えてしまう。


 前衛しかできそうにないシロクと合わせるとなると、自ずと答えは出てくる。


「中衛か後衛……」


 魔法銃のような骨董品は当然持っていない。


 魔法は使えるが燃費が悪いし、開けた場所でなければ使えないし、近接戦闘の経験やスキルを無駄にするのも惜しい。


 魔法は便利な反面、使えない場所でそれにしか頼る力がなければ瞬く間に無力となる。


「中衛も後衛もできるような武器か」


 どちらにせよ……。


 エーコは腰に帯剣したエメラルド・ソードの柄を撫でるように手を置いた。


 その感触を名残惜しむかのように――。

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