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23

「あのモンスターはたぶんこの塔の塔治者だと思う」

「塔治者?」


 塔の最上階を守護する、その塔で一番強いモンスターである。


 しかしここは一階の出入り口のすぐ近く――モンスターとて生きているのだから、食事なり必要なものがあるのだろう。そうなれば塔の最上階という縄張りに留まり続けてはいられないため、塔内部を徘徊する。


 塔治者争いが活発に起これば、新しい塔治者になろうと挑んできたモンスターを捕食して腹を満たす。弱肉強食の世界は、塔破者とモンスターの間だけにあるわけではない。


 モンスターがかつて動物だった時代と同じように、食物連鎖というのは今も存在する。


「でも、それなら」


 シロクは剣を手にしたまま、周囲を見回す。


「塔治者を倒したら、塔内部の一番外側の壁の脈動が止まるはずですよね?」

「あ」


 シロクの言葉に、熟練の経験者であるエーコはそれを思い出す。


 ここは出口に近い場所――つまりは、一番外側の壁に接している場所でもある。


 その壁は今もまだ脈打つように動いている。


「まだ死んでない!」


 シロクが叫ぶと同時、エーコとの間にまたしてもあの巨体が天井から落ちてくる。


「なにこのしぶとさ……」


 カシャン、という軽い足音には不釣り合いなほどの巨体が視界を塞ぐように立ちはだかる。


 自分を痛めつけたシロクではなく、最初は無視していたエーコを狙っている。


 一度、エサとして狙いをつけたために、エーコはマーキングでもされてしまったのだろうか。


「あれだけの攻撃を受けても、動けるなんて」


 もうシロクを頼ることはできない。

 あれだけの傷を負い、バーサーカーのように理性を欠いた攻撃をし続けていたシロクの集中はすでに切れている。

 それに今度はエーコの手元に剣はない。一瞬の隙すらも作れない。

 さらについでとばかりに、今度のモンスターはさっきよりも怒っている。

 一度、エーコを食べ損ねたことと、シロクに滅多打ちにされたことで怒りを増しているようだった。


「シロクくん、逃げて!」


 エーコの最後の叫びは、それだった。



 ガブッ、と音がしたかは定かではない。



 モンスターが口を開いて突っ込んできた。――なのに、先ほどと同じように痛みはないのに、今度は目の前から気配は消えていない。


 恐る恐る瞼を開けば、そいつは口を大きく開いて威嚇してきている。


 首はないのに、首を伸ばすかのようにエーコの頭を、いまにも噛み砕かんばかりに口を開いていた。


「エーコ、逃げろ!」


 三度、呼び捨てにされるエーコは、迷うことなく這うようにして横に退いて、声の主、シロクのいる場所を見れば、左脚の一本を片手で掴んで動きを制していた。


「しぶといな!」


 右手にしたエメラルド・ソードを下から切り上げるようにして目にも留まらぬ速度で振り上げる。


 翠色の閃光と軌跡がモンスターの腹の下で半円を描く。


 ぐちゃ、という果物を潰したような音と同時に、前のめりになっていたモンスターが、後ろに引っ張られる力をなくし、自ら壁に頭から激突する。



「キシャアアアアアアアアアアッ」



 何度となく聞いた鳴き声だったが、今度ばかりは違った。


 ゴロゴロと転がりながら壁に激突しては、逃げるように走り出すも、走ったかと思えばバランスを崩して倒れて転がる。


 そんな変な行動を繰り返しながら、モンスターは二階の階段のある方へと走って逃げて行く。


「なにが起こったの?」

「脚を一本切りました」


 シロクの左手にはエメラルド・ソードよりも三倍は長い、あのモンスターの脚が握られている。


「シロクくんが、脚を掴んで押さえつけてくれてたんだね」

「はい。それでこの剣で切りました」


 エーコへと向かっていたモンスターの脚を掴まえ、筋が伸び切ったところを硬い装甲の上からではなく、細胞が密集している下から切り上げることで、強固な装甲に弾かれることなく切断ができた。


「ありがとう、シロクくん。私、何度死ぬかと思ったか……」


 目の前から消えるだけでなく、しっかりと逃げて行ったのを確認できたためか、エーコは安心して泣き出してしまった。


「早く帰りましょう」


 エメラルド・ソードとモンスターの脚を持ったままシロクは優しい笑顔を見せる。


「ええ、そうね」


 最初は不安や恐怖を抱いたシロクの笑顔だったが、今度ばかりはそれを見て安心したエーコだったが――、



 ばたり



 シロクが倒れた。



「し、シロクくん!」


 突然のことに、よろめきながら駆け寄り、体を起こして膝の上にシロクの頭を抱きかかえる。


「……呼吸と心臓の動きが弱い。血を流し過ぎたんだ」


 エーコは他のモンスターに出会わないことを祈りつつ、剣を鞘に戻してシロクの体を背中に背負う。


「よかった、体が小さい軽い子で」


 これがハイスやトーレだったら、エーコの力では到底背負うことができなかっただろう。


「ちゃんと掴まってて、っていうのも無理よね。急いでお医者さんのところに連れて行ってあげるから」


 エーコは背中に震動を伝わらせないように走り出すも、すぐに足を止めて、回れ左。


「こっちだった」


 道を間違えそうになることは相変わらずだったが、シロクが掴んで離さない、あのモンスターの脚を落とさないようにも注意を払っていた。


「シロクくん、ありがとう」


 意識のないシロクに向けた感謝の言葉は誰も聞いていない。



 だからこそエーコは誓う。



 もう一度、ちゃんとお礼を言わなければ。


 塔破者は言う。



 強靭なモンスターを打ち破れるほどの戦闘力や戦術、武器を持った塔破者のそれを『牙』と。

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