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「シロクくん、大丈夫? こっちいらっしゃい」


(まるで獣……)


 シロクの細い手首を掴んで、無理矢理にモンスターから距離を取れる方へと引っ張ると、シロクの足はしっかりと動いてくれるが、その顔の半分は真っ赤だ。


「座って、傷の治療をするから。どこか痛い場所はない?」


 エーコに肩を掴まれて、シロクは素直に座るものの応えはしない。

 エーコは甲冑のスカート部分に括り付けた小さな麻袋を手にして、その場でひっくり返す。


「大丈夫、薬草も包帯もある」


 束になった緑色の葉っぱを一枚ずつ引きはがしながら、左目の上の傷口に貼り付ける。


「沁みるかもしれないけど、我慢してね」


(額から流れた血が目の中にも……)


 見開かれたままの双眸。そして真っ赤に染まる白目。

 獣のような息遣いに、常人離れした攻撃速度。

 こんな一番外側の、一番弱いモンスターしかいない塔にいるのを不自然に感じてしまうほどの実力者。



 頼もしいと思うよりも、恐ろしさの方が強く感じる。



 目の前にいるのに――シロクの目にはエーコ自身が映っているのに、シロクの目も意識も、自分を見てなどいない。


 エーコは葉っぱの形をしたままの薬草を貼り付け、左目を塞ぐように頭にぐるぐると包帯を巻く。


「これでよし。他に痛い場所はない?」

「ありがとうございます。あと、これも」


 差し出されるエメラルド・ソード。

 しかしそれ以上にエーコには引っかかることがあった。


(さっきまでと人が変わったよう……)


 それは当然と言えば当然かもしれない。

 悪く言えば呑気で空気を読まない子供。

 どこか塔というものを軽く見ていたシロクに下った罰なのかもしれない。

 これが現実。


 どんなに自信があったとしても、なにが起こるかわからず、自分一人の実力では到底及ばない強敵はいくらでもいる。


 子供たちが塔破者に憧れても、その親たちがそうなること否定するかのように教えるのと同じように、いつ命を落としてもおかしくな状況は常に背中合わせ。


 今日勝てたから明日も勝てるという保証はない。



(現実を知って、ここで折れるか、考えを改めるようになるか……)



「あ、うん……」


 エーコは長い逡巡の後、戸惑いつつ、差し出されたエメラルド・ソードに手を伸ばす。

 指先が触れた瞬間、それを受け取る前にあることに気づく。

 ばっ、とエメラルド・ソードから顔を上げたエーコは視線を巡らせる。

 シロクも同じように視線を巡らせて、あることに気づく。

 あのモンスターが倒れていた場所から消えている。


「消滅した?」


 あれだけ攻撃したのだ。

 硬い装甲を持っていたが、その体に乱暴に剣を打ち付けても刃こぼれをしないだけの強度を持っていた。

 硬い物を硬い物で殴り、武器の方は傷一つない万全の状態を保っている。

 だからこそ考える。

 あのモンスターがゴムゴブリンやウルルフのように消滅したのだと――。


「なら、魂脈と素材を回収しないと」


 エーコはシロクから剣を受け取らずに、モンスターの倒れていた場所へと駆け寄った。

 なぜ受け取らないのか――受け取れないのだ。

 自分が持っていても、まったく武器の性能を引き出せないのに、初めて持ったシロクは十全の性能を発揮した。


 二人が生き残るためにも、モンスターを倒すために作られた武器としても、誰が持つのが正しいのか、考えたくなくとも考えてしまう。


 物に感情などないが、エーコが持つと武器が泣き、シロクが持てば武器は笑っている。


 そんな風に思ってしまうのだ。

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