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「――ねえ、本当にこっちでいいの?」

「うん。セレナが迷ってなければ、こっちであってますよ」


 なぜセレナは迷宮に迷わないのか――それはわからないし、本当は迷っているのかもしれないが、シロクにとってはどっちでもよかった。

 セレナにはライスタワーを預けっぱなしだし、あんなモンスターがいるとわかれば一緒に外に出て行くべきだから、セレナを探すことには間違いはない。


「足元が揺れてる」

「え?」


 エメラルド・ソードを構えたエーコを前で歩かせ、シロクは常に後ろに警戒の網を張っていたが、その網になにかがかかる気配がした。


「……もしかして迷宮が変化しているのかも。私も遭遇したことがないけど、塔治者クラスのモンスターが動くことで迷宮は変化するし、運が悪いと壁に挟まれて死んでしまうようなことがあるの」


 それがモンスターが活発に動き回る夜間に塔に入らないことを理由にしている塔破者もいるぐらいに、その無秩序で無作為な暴挙に巻き込まれる可能性だって考慮している。


「ということは、あの八本脚が、この塔の今の塔治者……」


 エーコの背中に寒気が走るが、やはり、という納得の考えも浮かぶ。


 塔治者クラスのモンスターだったのだ。


 だからハイスとトーレが殺されたのも無理はない――そんな言い訳にはできないが、復讐をするために、外にいる塔破者に呼びかける看板にはなる。


「早く出た方がいい。走りましょう」


 まだ体が万全ではないエーコではあるが、それでも走ろうとするので背後から興味を外せないシロクも背中を追いかける。


「あ、そっちは右じゃなく真っ直ぐです」


 それでもエーコは道に迷う。というか、正解の道がわからない。

 一歩踏み出した間違った道へ向いていた足を引っ込めるのと同時、背後から風が吹き付け、地鳴りが聞こえる。


「うそ……。すぐ近くまで、あいつが来てる!」


「僕が止めます。この先を真っ直ぐ行って、二つ目の曲がり角を左でゴールです」


(なんでそこまでわかるの、この子……)


「でも、そうじゃない。シロクくんも逃げるのよ」


「逃げられませんよ、あんな速さでこられちゃ」


 曲がりくねっていた迷宮に、巨大なトンネルを掘るかのように一直線の太い道が生まれ、その向こうからやってきたのは、あの八本脚だ。


 そして甲高い声で鳴く。


 エーコは剣を手に舌まま両手で耳を塞ぐが、シロクはそれを正面から受け止めて、歯を食いしばる。


「怒ってるな~」


 シロクはおもちゃのような木剣を構える。

 刃渡り十五センチ程度しかない、小さなものを右手で構えて、モンスターと対峙する。


「さあ、どこから来る」


 相手の攻撃可能部位は口と八本の脚――口は小さいから、飛び道具でもない限り、シロクに攻撃を届かせる距離にあるのは前脚二本だろう。


「シロクくん、上!」


 前から二本目の左脚が天井高く持ち上げられ、関節を無視した曲げ方でシロクを刺し殺そうと伸ばされる。


 シロクは一瞬背後を確認してから、両足を広げ、右手の木剣を横にして構えた。


 木剣の刃部分でソレの脚を受け止める。


 ギギギギ、と木が軋む耳障りな音が響くものの、どうにか受け止める。しかしその力は強く、シロクは吹き飛ばされないように足の裏を地面につけて、攻撃を受け止めるだけで精一杯だった。


 脚が地面に叩きつけられた時には、ガリガリと木剣の刃部分を丸い脚の形で削り取られていた。


「っつ、痺れた」


 シロクは丸い穴が開いた木剣を見れば、丸く抉られた場所は黒く焦げている。

 にやり、と笑い、手の痺れを取るために両手を振る。



「エーコ!」


「は、はい……」


 突然、呼び捨てで怒鳴られたエーコは、その声が誰のものかわからなかった。


「すぐに逃げて! あなたを守りながらは戦えない」


 エーコはシロクの言葉に抗おうとするものの、どうしてシロクは避けなかったのか――力で押されて、地面を靴の形を残して抉った跡を見て察した。


(私を守るために……わざと受け止めた)


 そんな危機的状況にありながらも、モンスターの興味を自分に向けさせるために動き回っては脚の攻撃をやり過ごすシロクは笑っている。


 エーコは外に助けを求めに行く覚悟を決めた。


(私がいては足手まといだ)


 自分には戦う勇気も力もない。


「シロ――」


 ここから離れる覚悟を決め、合図とばかりにその名を口にした瞬間、エーコは目撃した。


 八本脚のモンスターの攻撃をやり過ごそうと機敏に動き回る小柄なシロクは、その攻撃が届きにくい場所――懐を目指して、今にも折れそうな木剣で避け切れない攻撃を受け流しつつ接近を試みているのだが、そう上手くはいかない。


 左右に四本ずつ、八本ある脚は近くに寄られると満足に攻撃をする術を持たないことは見ているだけでエーコにもわかるのだが、それ以外の残された三本が関節を幾重にも曲げて隙を埋めてくるし、他の場所からの最接近を試みれば残りの四本が猛威を揮う。


 シロクはなにを思ったのかモンスターの脚を足場にしてわざと弾き飛ばされる。その狙いは、壁の方に足を向け、壁を足場にして一直線に跳ぼうとしていたのだ。


 まるでこのモンスターが迷宮を崩しながら突き進んできたのを真似るかのように――。


 シロクは壁を足場にして跳躍をするつもりだったのだろう。


 エーコにも膝を曲げて踏ん張ろうとしているのが見て取れたかわかる。



 しかし、そこで変化が起こった。



 まるでシロクの行動を先読みしていたかのように、モンスターが咆える。すると、迷宮が変化を始めた。――壁が広がり、シロクは空中で足場にしようとしていた壁を失った。


 一瞬、あるべき場所に足場がなく視線を向けたシロクも気づき、すぐに次の体勢を取っての追撃するための策を練ろうとするが、モンスターの方が一枚上手だった。


 逃げるしかないエーコを、モンスターは見てはいない。


 最初から立ち向かってくるシロクしか相手にはしていなかったのだ。


 モンスターは空中に身を躍らせているシロクに、巨体を向けて前四本の脚を構えて体当たりをした。



「シロクくん!」


 悲痛な叫びが塔の迷宮に木霊するも、モンスターの後ろ姿は見えるものの、その土煙の向こうで押しつぶされたであろうシロクの姿はなにも見えなかった……。


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