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塔に入る少し前、飲み屋街でエーコは感情の赴くままに叫んだ。
一番外側の塔に、今までに例をみない強力なモンスターが現れた。
それによりハイスとトーレが殺されてしまった。
エーコ自身にも言えることだが、二人の名も外周の塔で日銭を稼いでいる塔破者の間では、そこそこ名を知られた存在だったため、酒で盛り上がった喧噪も一瞬ばかし音が消えた。
静寂を確認して、真面目に聞いてくれるのかと思い、次の言葉を発しようと大きく息を吸い込んだ途端、飲み屋街の聴衆たちは、口々に勝手なことを言いだした。
「外周の塔は今は危ない。誰かがそのモンスターを殺してくれるまで入らないように、ギルドに連絡だ」
「おいおい、明日の食い扶持どうすりゃいいんだよ」
「ああ、今日は帰るか。明日の魂脈は見込めないしな」
「ちょっと、そこの甲冑のお嬢ちゃん! あんた、余計なことを言わないでおくれ。あんたのせいで客が帰っていっちまうじゃないか!」
「そうよ、あんたのせいで景気が悪くなる!」
飲み屋街に集まった客が、そこで商売をしていた店主や給仕たちが、身勝手なことを口にして、エーコの聞いて欲しい本題など、誰も聞く耳をもたなかった。
「私は……仲間を……塔破者を募りたいだけなのに……」
どこまでも根性なしの塔破者の集まりだ。
安全マージンで日銭を稼いで、飯と酒さえあればそれでいい。塔破者という資格を得ただけで、大金持ちになれるチャンスを誰もが得ていても、命は賭けられない。
だからこそ、攻略ではなく採取や搾取と蔑んで呼ばれる方法でしか塔に入らない。
危険があるとわかると近寄りすらしない。
もっと内側の塔に入れるだけの実力を持った強い塔破者が出張ってきて、その脅威を取り除いてくれることを期待して、誰も入らない。
それが『新米勇者候補決定戦』で優勝した者しかなることができない塔破者の、現在の情けない姿なのだ。
エーコは誰にも頼らず、死ぬ覚悟でハイスとトーレの仇を討つために、一人で塔に戻ってきた。
正直、自分の体などどうなってもよかった。
普通なら、こんな疲労と精神状態では塔なんて近づくことはないのに。
「どこ! ハイスとトーレを殺した、あのモンスターはどこ!」
塔の迷宮の中で叫ぶ声はどこかへと吸い込まれるように消えていく。
それでもエーコは前へと進もうと歩こうと足を動かすが思ったように体が動かず、そのまま前のめりに倒れてしまった。
「ハイス、トーレ……私、一人じゃなにも、できないのかな……」
うつ伏せに倒れたまま、エーコは涙を流した。
そのままエーコの朦朧とした意識は闇の中へと引きずり込まれていく……。
気を失ってからどれぐらいの時間が経ったのか、塔の中ではわからない。
それでも体の疲労は幾分か抜けていたし、塔の中で無防備に寝てしまっていたのにモンスターに殺されていないことは奇跡だった。
「これも、ここ最近のモンスターが少ないせいかも」
ハイスとトーレがいれば、二人がいつだって気張っていてくれて、疲れたエーコを助けてくれていたが、その二人はもういない。
思い出したら涙が溢れてきた。
ごしごし、と目元を手の甲で拭うと土の匂いが鼻をくすぐった。
「血の匂いがもう消えてる……」
明るい緑では塔の中でも目立ってしまうからと、ハイスとトーレがエーコのために見繕ってくれた鈍い緑色の甲冑。
確かに緑は好きだと昔言ったことはあったが、緑色が好きなのではなく、自然の緑が好きという意味では男二人は汲み取ってくれなかった。
それでもお揃いのように無骨な甲冑をハイスとトーレはそれぞれが銀色を選んで着ていたので、エーコは違うとは言えずにそれを着た。胸のサイズが合わなかったので加工は再度してもらったが。
良くも悪くもそれで有名になれたことには違いないし、命の危険に晒されることは数えるほどしかなく、昨日まではやってこれた。
「行こう、今日こそ二階……あのモンスターのところへ」
地下迷宮から上がってくるモンスターには種類がいくつかある。
一番外側にある塔にはゴムゴブリンやウルルフばかりが集まってくるが、その塔の塔治者になるようなモンスターはそれとは別種のなにものかになる。それがなんであるかはわからないが、塔を攻略する気のある塔破者にとっては、塔治者クラスであろうと倒せるような腕前やパーティーを持たなければいけない。
この塔の塔治者は、国の内側の塔に入れば雑魚モンスターとして扱われるレベルの力しか持っていないことがほとんどだからだ。
「今じゃ減ってしまった……。昔は、塔治者が活発に動き回ったら、内側の塔に入る塔破者が助けに来てくれたのに……」
最近ではそういうことも少なくなった。
外側の塔のモンスターは弱い。
魂脈が最低一万ゼンという保証はされているものの、内側の塔に出てくる雑魚モンスターの魂脈は一万ゼンを超えることがほとんどだからだ。
わざわざ弱いがために競争率が高く、安い値段にしかならないモンスターを相手にするよりも、同じリスクを負うならば少しでも高い値段の方に時間を割く方が賢い。
文句や苦情、ぶつける相手のいない不満ばかりを考えていると、それが原動力となったのか、エーコはいつの間にか二階へと続く階段を見つけ、その前に立っていた。
なにか、遠く背後の方から誰かがモンスターと戦っている音が反響して聞こえてくるが、その位置は距離を含めてサッパリわからない。
「こんな日に塔に入ってくるなんて、余程の実力者……? もしかして、昨日の私の話を聞いて、誰かが助けに来てくれた?」
それは心強い。
自分がもしも殺されても、誰かが仇を取ってくれるかもしれない。
そう考えられるだけで、エーコは元気をもらえた。
(一人じゃない……)
長年連れ添った二人の仲間を失っても、塔の中には自分一人だけしかいないと思っていたのに、誰かが後ろにいるとわかると、不安は若干でも減る。
その誰かに背中を押されて、エーコは二階への階段を、頭上に注意しながら上った。




