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「セレナ、なんで怒ったんだろう?」
シロクは茫然と、その場に立ち尽くしていた。
セレナのことが気にならないわけではないが、なぜ怒らせてしまったのかわからない。
女の子が怒ったら無駄に刺激するな、と師匠から教えてもらっていたので追いかけることはしなかったが、シロクもそろそろ外へと出たいと考える。
「あ」
そこで思い出す空腹。
そしてセレナのバッグに預けてあるライスタワー。
「すっかり忘れてた。どっちに行ったかな?」
手元には十分な金――今得た四万ゼンと残金の二千六百ゼン。
最初の賞金に比べればまだそこまで届いていないが、それでもかなりの裕福具合であるし、モンスターの素材も七個ある。
最低な能力の武器を作ってもらうにも最低五万ゼンという値段には届かないが、それでもこのペースで明日以降も稼いでいけば、そう遠くない未来にそこそこの武器を手にすることができるかもしれない。
シロクもセレナを追いかけようと、ゴムゴブリンの来た方に背中を向けて、ふと足を止める。
「そういえば、さっきの悲鳴みたいなの、なんだったんだろう?」
ゴムゴブリンが、なぜ二匹とも逃げ出したのかもわからない。
シロクは奥へと首を向けて、気配を感知しようと意識を集中させる。
「なにか、いるね」
黙って立ち尽くしてみれば、どこからともなく塔の中に差し込む微風を感じる。
塔の壁は土と石の壁だ。
そして一番外側の壁は、モンスターが通って魔力の影響を受けて常に脈打っている。
それ以外、なにも目に見える変化などない塔の中にはモンスターが突然現れる。
シロクの前に、シロクの気配に触れることなく現れたソレも例外ではなかった。
「あれ?」
そこにはなにもいなかったはずなのに――シロクの前に、ソレは音もなく落ちてきた。
「なんだろう、これ」
黒く丸い体に八本の細長い脚――シロクの視界を塞ぐように突然現れたソレに顔はなかった。
「お尻、かな?」
シロクは木剣を構えて呟くものの、ソレは一切動くことなく、そこで道を塞いでいる。
そろそろ外に出ていい頃合いだし、セレナを追いかけてライスタワーを返してもらわなければならないので、そちらには用はないのだが……。
シロクの目は好奇心に満ちていた。
木剣を構えて、笑う。
今しがたセレナに言われたことなどすっかり頭の中から抜け落ちたかのように。




