09
(なんで、私なんかを頼れるんだろう……)
初めて塔に入った時の四人は連携なんてものを無視して、自分勝手に周りのことを考えない大振りな一撃で、自己満足の戦闘をしていた。
自分の身を守るためには、それが正しいのかもしれないが、パーティーという仲間がいる状況下では違う。
あの時の五匹のウルルフの群れ。しかし四匹しか襲ってこなかったのは、セレナのことなど脅威として認識すらされていなかった。
パーティーの仲間たちからも、戦力としての期待もされていなかった。
ただリーダーに言われたから、現場で経験をさせただけの足手まといのおまけ。
彼らにとってはあの時、セレナは生きようが死のうが、どうでもいい存在だった。
セレナ一人がいなくても、なにも変わらない。
それはあの時の四人も、一人でどんどん歩いていくシロクも同じだろう。
「それなのに、シロクくんは――」
一人でどうにかできる状況なのに、わざと自分を頼ってくる。頼ってきてくれる。
セレナは両手で大事に抱えていた、それを構える。
シロクはそれを見て笑顔を見せる。
(見たことのない武器を見て、喜んでるんだろうなぁ……)
セレナは手元に集中しながらも、シロクの様子を見ずともわかってしまう。
(それでも――)
胸中で呟き、武器を構える。
魔法のバッグから取り出されていたのは、短剣よりも長く、大きさもそこそこある無骨な銃。
トリガーに指をかける持ち手の他に、支えとなるもう一つのレバーのような持ち手があって、セレナのような小柄な女の子でも、しっかりと腰を据えて構えることができるようになっているが、この銃の特徴はそれだけではない。
銃口は一つなのに対して、銃身を挟んだトリガーの真上には、三つの弾倉が、持ち主の方に口を開けて向いている。
リボルバー銃のように弾倉に弾を込めて、次の弾を用意しておく場所ではない。
セレナの持つ骨董品とも言われる、特殊な銃は一発撃つ度に、弾を装填する必要がある。
「ウルルフの弱点はわからないけど……」
セレナは三つの弾倉に、それぞれ赤い花を押し込んだ。すると、三つの弾倉が薄暗い塔の中で赤く光る。
「離れてください!」
セレナが叫ぶ。
シロクはステップを踏むようにして後ろに下がり、横の通路に身を潜める。
「ターゲット、ロック!」
二匹が体をもつれさせて転んで行く手を塞がれてしまったことで、メスのウルルフも追いついてきていたが、起き上った二匹のウルルフに檄を飛ばすように低い声でメスが唸ると、目を回していたオスの二匹は頭を振って、目の前に見えるセレナに狙いを定める。
「私の目は、この距離程度なら、どんなに素早く動いていたって外さない!」
トリガーを絞ると、銃口が真っ赤に染まり、射出される。
セレナを射程圏内に捉えたウルルフは、人間が到底届かない距離から跳躍してくるも、それにカウンターを入れるような形で三匹のウルルフの顔めがけて、一つの銃口から射出された弾が、三つになって三匹のウルルフにぶつかる。
「キュイィーンッ」
「ガボッ」
セレナとの距離が近かった二匹のウルルフの頭に炎を纏った弾が炸裂する。
二匹は炎に包まれて、瞬く間にその姿が煙となって消え、魂脈と素材が落ちる。
だが、最後尾にいたメスのウルルフは生きていた。
確かに全部当たったはずなのに。
「一匹、外した……!?」
必殺の一撃であるがために、連射ができないセレナの魔法銃。
絶対に外さないという自信のある距離で撃っていたがために、次のことなど考えていなかった。
初めて生きたモンスターに向けて撃った、実践の中での初めての射撃。
次を考える余裕など、どこを探してもない。
セレナは焦りながら、バッグの中に手を突っ込んで掻き回す。
焦りが焦りを生んで、目当ての物を見つけられない。
バッグに視線を落としては、目の前に迫るウルルフとの距離を測るが、とても間に合わない。
走って逃げられるような相手ではなければ、近接武器などない。そもそも使えない。
「違うよ、当たっていた」
無防備なセレナに飛びかかるウルルフの背後から、シロクが木剣を的確にウルルフの首の後ろに突き刺す。
ウルルフは悲鳴を上げることなく、力づくで地面に叩きつけられ絶命する。
そして他の四匹と同じように煙となって消え、魂脈と素材を落とす。
「終わった、の……?」
シロクが木剣を腰に戻すのを見て、セレナが呟けば、シロクは笑顔を向ける。
「うん、セレナのおかげで勝てた」
シロクのいつもの笑顔は変わらないが、その言葉でセレナの緊張の糸が切れて、へなへなと腰を抜かして、その場にへたり込んだ。
あの時、五人で塔に入り、四人しか戦っていなかったのでウルルフは四匹だけだった。なのに今日は二人で二匹。
(私は、シロクくんだけじゃなく、モンスターにも、一人の塔破者として認められたんだ)
「大丈夫?」
シロクは問う。
「私……」
セレナは呟く。
「うん」
シロクは返事をする。
「私が……」
セレナは現実を自覚する。
「うん」
シロクは笑顔を見せる。
「モンスターを倒した」
セレナは顔を上げて、自分のしたことをシロクに言う。
「そうだよ。セレナってすごいね」
他人が聞けばシロクの言葉はお世辞にしか聞こえない成果だったが、口にしたシロクも、受け取ったセレナも、その言葉をそのままの意味で受け取った。
「やった」
セレナは、笑った。
頬が引き攣ったかのような、不格好な笑みだったが、笑った。
「セレナって笑うと可愛いんだね」
「あっ……」
かぁーっ、と見る見るうちに顔が赤くなっていくセレナは、それが恥ずかしいのか俯いてしまう。
「可愛くなんて、ありません……」
小さな声で呟くセレナの声には、恥ずかしさとは別の感情が込められている。
「え~、もう一回笑ってよ~」
「笑いません……。笑っちゃいけないんです……」
「そうなんだ~。じゃあ、どうしたら笑えるの?」
「苦しみから、解放されたら」
その時は、笑えるかもしれない――なんで、こんなことを話しているのだろう。
シロクはセレナにとって、ターゲットの一人でしかないのに。
楽しい、と――嬉しい、と――そう感じてしまっている。




