04
今一度、他に誰か聞ける人がいないか首を巡らせると、先ほど男たちがいた壁のところに、一人の少女を見つけた。
白いワンピースを着た、通りで呼び込みをしていた女性たちとはまったく違う種類の、スタイルのいい綺麗な女の子。
背はシロクと同じぐらい。胸は大きく脚も長い。背中に垂れた明るい色の髪は長いのに、少しボサボサで艶を失っている。
「きみは宿屋の場所、知ってる?」
首を横に振る女の子。
「じゃあ、知ってそうな人がいるところ知ってる?」
斜め上を見つめた女の子は、視線を戻して頷き、声のする方を指差した。
「そっか~」
困ったように後ろ頭を掻くシロク。
あっちに行けば人がいるのはシロクにもわかっていたが、手間を惜しんでの問いは無意味だった。
「きみの名前は?」
「シリリィ」
「シリリィ、いい名前だね。僕の名前はシロク。勇者候補の新米塔破者になりました」
「ゆーしゃ?」
「うん。そうなんだ」
「ゆーしゃってなに? おいしいの?」
シリリィと名乗った女の子は、人差し指を唇に持っていきシロクを見る。
「うーん。食べ物ではないよ。そうだな~、お腹空いたから、なにか食べようか。奢ってあげるよ」
「ご飯くれるの?」
壁に背を預けていたシリリィは、嬉しそうにシロクに寄ってきて、その手を取った。
一瞬、面食らったシロクだがすぐに笑みを浮かべた。
「うん。困ってる人は僕が助ける。それにご飯は一人で食べるより誰かと食べた方がおいしいんだよ」
シリリィに急かされるように引っ張られて、人のいる歓楽街の方へと戻った。
こんな騒がしいところには宿屋などないだろう、とシロクは踏んで近づかなかったのだが、戻ってきてしまった。
「あれ食べたい」
シリリィは目についた屋台を指差す。
熱した鉄板の上で大量の麺が炒められ、香ばしいソースの香りが食欲をそそる。
「買ってくるね」
自分でお金を持ったことはなくとも、買い物の仕方は近くで何度か見ていたので覚えていたシロクは、鉄板からの熱を浴びて汗を掻いて調理する男に注文をした。
「十個ください」
「……あ、あいよ」
注文が入り、いつものように威勢よく声を出そうとする店主だったが、目の前に客はおらず、視線を落とせば、ようやくそこに十個もの注文をしたであろう客の姿を見つけられた。
男から見れば幼い少年が、悪戯とも思える大量の注文をしてきた。
それも最高の笑顔――店主の男は胸中で舌打ちをした。
(ガキがこんな時間に出歩くなんて、生意気だな)
「お客さーん、子供料金って知ってるか? 子供にはここの食い物は高いんだぜ」
「これで十個買えますか?」
ポケットの中から再び一万ゼン札を取り出して見せる。
「こっ……」
何度か差し出された札とシロクの顔を見比べて、声にならない声で頷いた。
「あ、ああ、ちょ、ちょうど十個分だ……」
鉄板の上にあった、ありったけの麺をパックに詰めて、一万ゼンと交換する。
「ま、まいどありー」
顔を近づけただけでお腹が鳴ってしまいそうになる。
麺にヨダレを垂らしそうになりながら、シロクはシリリィと合流する。
「どこか静かなところで食べよう」
遠ざかるシロクとシリリィの背中を緊張した面持ちで、戻ってくるなと祈りながら見送った店主は、生きた心地がしなかった。
一パック二百ゼン――そんな立札があった。