05
木剣を手の中で弄びながら、まるで鬼ごっこの鬼でもするかのように、死角となった曲がり角の向こうに笑顔で飛び出すシロク。
もうこれは塔破者ではなく、モンスター側――捕食する側の行動じゃないかと思ってしまうほどに、シロクの行動は人間離れをしていた。
「セレナ、ここにも花があったよ。今度は赤いよ」
シロクに手招きをされてセレナもその角を曲がれば、そう広くもない通路の端に赤い花がいくつも咲いている。
「根本から採るんだよね?」
つい今しがた塔の入り口近くで話していたのはなんだったのか。
そう思いたくなるぐらい、シロクは花の採取を自分で楽しんでいる。
そのおかげでセレナが身の回りに警戒して、モンスターが来ないか緊張の糸を張りつめている。
「はい、セレナ。こんなに採れたよ。赤いのはなにに使えるの?」
「えっとですね。赤い花や鉱石は魂脈のエネルギーとして使えばどれも同じですけど、アイテムの加工にするのならば火の属性を持ちます。つまり、紫が毒消し草だったのと同じように、赤は火傷を治してくれます」
「火か~」
「剣とか槍に属性を付与させるには弱すぎますけど、たき火をする時に火に入れると、少しだけ火が強くなります」
「使い捨ての投げる武器……そういうのなら、こういう小さいのでも使えそうじゃない?」
「さっきの黄色は閃光弾なんかになりますから、赤も加工次第では火種にはなるかもしれません」
セレナは説明をしながら、シロクから赤い花を受け取り、黄色い花と同じようにバッグにいれていく。
「中、見えないね」
まるでバッグが花を食べているかのように、採取した物を入れても入れても、ちっとも膨らまないし、中を覗いても真っ暗でわからない。
「所有者――これは私にしか中が見えないんです。だからほら、ちゃんとあるんですよ。さっきの黄色い花も」
そう言ってセレナは、シロクから見れば黒い闇の中から黄色い花を取り出して見せた。
「おお!」
素直に驚いているシロクは拍手をする。
「じゃあ、その中に入れておけば誰にも盗まれたりしないんだね」
「……そうですね」
(私が盗むとか、シロクくんは考えないのかな……)
本当にシロクといると不思議な考えばかりが頭の中に浮かんでくる。
なんで、シロクくんは。
なんで、シロクくんは。
なんで、シロクくんは。
それの繰り返しだ。
なにかをする度、なにかを問われて教える度、なにかを見つける度、すべてが新鮮なのだろうが、その都度、素直に驚いてくれる。
教える側にとっては、これほど教え甲斐のある相手はいないだろうが、だからこそすごく不安になる。
(私はシロクくんの純粋さに騙されているんじゃないか)
人を騙す連中は、いつだって笑顔で、優しく、下手に出て、騙す相手を気持ちよく持ち上げてから奈落へと突き落とす。
もう誰にも、救いを求める手が届かないところまで突き落される。
そして与えられる、選ぶことのできない選択肢。
それに縋るしかなかったセレナは、赤い花の採取を終えて、次の獲物を目指そうと歩き出す背中を――鋭い眼で睨みつけた。
(私一人の力じゃやれない)
「それに……」
セレナは辺りを見回す。
「あの、シロクくん。ちょっと不安なことが」
「な~に~?」
曲がり角の向こうから陽気な笑顔を覗かせてくるシロク。
「いえ……やっぱりなんでもないです」
まさか、ね……。




