04
先を行くセレナにすぐに追いついたシロクは、興味深げに肩から襷がけにしてある、セレナのバッグに視線が釘づけだ。
彼女が歩く度に、それが跳ねれば、シロクの視線も一緒に動く。
「あの、シロクくん」
「ん~?」
前を行っていたセレナが足を止めて振り返ると、シロクの視線は塔の中に入ってもまだ、セレナのバッグから離れない。
「昨日の夜、一緒にいた女の子は、その……誰なんですか?」
「女の子? シリリィのこと?」
「シリリィ、さん……」
シロクと一緒に笑っていた、夜であっても明るい髪色をした笑顔の女の子の顔が、セレナの脳裏によみがえるが、その瞬間、その笑顔が歪に崩れる。
まるで自分の心の内側に秘めた、黒い感情を見透かされたかのような恐怖――たぶんシリリィはなにも悪くない。
なにも知らない無邪気な子供に、悪いことを咎められるのに似ている。
ピンポイントな指摘ではなく、大雑把な正論。
しかし、それはセレナ自身にも悪いという感情がある以上、その大雑把さは目の前の後ろめたい隠し事以外のすべてを見透かされて、指摘されるような恐怖。
自分の弱味を握られ、手の平の上で踊らされる感覚。
「……あの酒場でのことと一緒だ」
セレナがシロクから借りた金が一万ではなく、二万ゼンであると、闇の中の誰かは言った。
「シリリィがどうかしたの?」
「え……。あ、あの……彼女はいないんですか?」
「シリリィは塔破者じゃないんだよ。夜に、たまたま町で会った子なんだ。昨日も一昨日も一緒に夜ご飯食べたよ」
「そうなんですか……」
(よかった……。シロクくんだけなら……)
「でも、きっと次の『新米勇者候補決定戦』で優勝するよ! シリリィは強いと思うよ」
「シロクくんが強いって思うんですか?」
「うん。動きを見てればわかるよ。僕に戦い方を教えてくれた師匠の技に似てるんだ。だから、楽しくてね」
「はあ……」
対人戦闘など、今の時代は『新米勇者候補決定戦』ぐらいでしか必要とされない。
だが、それは表向きの話であり、塔の中で争奪戦などが起きればどうしても争いになる。
必要とされない対人戦闘スキルであっても、なければ困るものには違いない。
「それともう一つ、個人的な質問いいですか?」
「いいよ。なんでも訊いてよ」
シロクはニコニコと笑うが、その視線はやっぱり腰のところにあるバッグに行ったり来たりだ。
そんなにも、この魔法のバッグに興味があるのか、と思うと塔の中にいても、微笑ましく思えてしまう。
おもちゃを前にした子供、例えるのならそれだろう。
「シロクくん……武器は?」
頭の天辺から爪先までしっかりと確認してから、改めてその疑問を言葉にして気づく異変。
シロクはセレナのように魔法のバッグを持っていないから、持ち物は目に見える物しかないはずだ。
それは自分が預かっているライスタワーの紙袋も証明してくれている。本当にあんなのを抱えたまま戦うつもりというわけではないのなら、しまっておく方が利口だろう。いや、それが常識だ。
なのにシロクはなにも持っていない、今は手ぶら。
目に見える武器は腰元に差してある、木剣のみ。
あれで叩かれれば痛いし、喉元でも突かれれば死ぬかもしれないが、それは人間に限った話だ。
塔破者の持つ武器は、所有することが制限されるほどに強力な殺傷力を持つものばかり。
雑魚モンスターと呼ばれるウルルフやゴムゴブリンなら一撃で殺せるようなものを『武器』として呼んでいる節すらある。
「え~知りたいの~?」
シロクはやっぱり笑っているのだが、その笑顔は今までと違う。まるで宝物を見せびらかすのを、楽しんで渋っているかのような……。
「まさか、その木剣だけじゃないですよね?」
だからセレナは先手必勝とばかりに、それを指摘した。
「えええ! なんでわかったの?」
セレナは口にする言葉が見つからず、その場にガックリと膝をついて俯いた。
「この子は……」
いくら外側の一番弱い塔の一階部分とはいえ、モンスターはモンスターだ。雑魚と呼ばれる初心者向けのモンスターであっても、相手は野生の獰猛な獣を数十倍強くしたような強靭な牙や爪、さらには知能や皮膚を持つ。
ただの人間が抗えるのは、武器や魔法を上手に使えるからだ。
それなのにシロクは満足な武器を持たない。
当然、魔法だって使えないだろうし、魔法を使うための魂脈だって持っていないに違いない。
「それで塔を攻略できると思っているんですか?」
「思わないよ」
どこまでも能天気なシロクから返ってきた回答は、セレナの予想したものと違った。
「強い武器を作るには、貴重な素材や魂脈がなければいけないからね。ちょっとずつでも、僕は力をつけていくよ。ちゃんと僕が強くなるのを待っていてくれる人がいるから」
それは武器だけではなく、モンスターとの戦い方というのもそうだろう。
『新米勇者候補決定戦』では誰もがモンスターと対峙することになる。
運が良ければ、他の参加者が倒してくれるが、そんな状況を頻繁に作り出せるのであれば、優勝者が一人だけ、という事態にはならない。
力があるものは何人だって塔破者の資格を与えた方が、国としても良いに決まっている。
そうならないのは、力がないせいだろう。
「セレナと初めて会ったあの鍛冶屋のところだと武器は最低五万ゼンって言われたからね~」
「……ごめんなさい」
その大事なお金をセレナはシロクから借りてしまった。
「ん? いいんだよ。あそこの鍛冶師さんも言ってたけど、最低の値段で作った武器は少しモンスターと戦っただけでダメになっちゃうらしいから、もっと強い物を持たないといけないからね。それに僕は、信じている鍛冶師がいるんだ」
「信じている鍛冶師ですか……」
「まだ弟子って呼ばれてたけど、どうせなら、エンピの作る武器が欲しいな~って思ってる」
そのエンピが誰なのかセレナは知らない。
どんどん塔を攻略して力をつけた有名な塔破者の名前は誰もが知っているように、塔破者の中では、有名な鍛冶師の名前だって噂で広がる。
無論、有名であれば有名なだけ仕事の依頼も多く、簡単には武器を作ってもらえないし、なによりそういう鍛冶師はレアな素材の加工ができるだけの技術を持つため、素材を選ぶ。
「だからお金もだけど、素材も集めないといけないんだ」
「がんばらないといけませんね」
「うん、がんばろう!」
木剣を持ったシロクが前を歩き出すので、セレナはなにも考えずについていく。
「僕が前衛ってやつをやるから、セレナには花とか集めるのお願いするね」
「はい、お願いします」
(すべてが上手くいきすぎている……。罠、じゃないよね……)
そんななにかを画策できるような人間にはちっとも見えない。
十五歳になっているから塔破者になれているのだろうが、それにしては中身が幼すぎる。




