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03

「いらっしゃいませ。二名様ですね」


 塔の受付にいたのは、今日もまた女性――シロクは昨日も会っていた。


「あれ? 毎日代わるから、同じ人がいないんじゃないんですか?」

「え……ああ、昨日のゴムゴブリンを倒した子」

「シロクです! お姉さんは足のケガ、よくなりましたか?」

「ケガ……? あ、ああ、そうね。まだ痛むわね」


 作り笑いを浮かべる女性はシロクの後ろにいるフードを被ったセレナを見た。


「今日は昨日の人とは違う人と中に入るの?」


 シロクは左手の甲を差し出す。


「はい! 色んな人と入るの楽しそうです」

「あなたは提示しなくていいわよ。私、あなたのことを覚えてるもの。シロクくん。で、そちらの子はお願いね。左手の甲」


 フードの中で頷いたセレナは、言われた通り、左手の甲を差し出す。

 シロクと同じように、なにかが立体的に浮かぶものの、それがなんであるかは判然としない。


「はい、確認できたわ。二人ともまだまだ初心者の塔破者だから無茶は禁物よ。昨日、この上の階で死者が出てるみたいだからね」


 セレナは驚いたように顔をあげた。


(運が、向いてきた……)


「それのせいか、今日は塔破者が少ないのよね。酒の席の噂程度でしか塔破者には伝わっていないはずなのに、なにか強いモンスターでも出たのか、普段とは塔が違うのか、って不安になって日銭を稼ぐ人たちも入ってこない。変なジンクスみたいのを守るのよね。ゲン担ぎとは違うわよね、逆だもん」


 一人で喋る女性の言葉の意味をシロクはわからなかったが、


「空いてるんですね! モンスター倒し放題!」

「ええ、生きてればだけど、数時間前に塔の中に入っていて出てきていないのは三人だけ」


 昨日は、塔に入るまでに何分も並んで待たされたのに、今日は貸し切りに近いとなれば、シロクは嬉しさで自然と笑顔がこぼれる。


「嬉しそうね、シロクくん」

「はい! 今日がんばって魂脈をたくさん集めてお金を稼げば、新しい武器を買えるし、素材を集める約束もしているんです!」

「へえ、特定の鍛冶師を見つけたのね。あ、それ」


 シロクの持つ紙袋に気づいて指差す。


「ライスタワーです!」


 シロクは自慢するように、その紙袋を眼前に掲げる。


「知ってる。そうじゃなくて、そんなの持ってなんて戦えないでしょう? パーティーを組んでいるのなら、フードの子に持ってもらいなさいよ」

「これを?」


 シロクが振り返れば、セレナの顔はフードに隠れて見えない。


「だってその子の持ってるバッグ、魔法のバッグでしょ?」

「魔法のバッグ!?」


 その特別な響きで呼ばれるセレナの持つバッグに興味を示し、セレナの前でしゃがんでじっくり眺める。


「ちょっと……」


 シロクにはそんな気がないとわかっていても、セレナは女の子だ。

 男の子のシロクが、自分の股の前に顔を近づけて、じっと見ていたらなにかが見えるはずはないのに、妙に恥ずかしさを感じてしまう。


「なにが魔法なの? 火とか出すの、これ?」


 セレナの心境など露知らず、シロクはそのバッグを指で突く。


「攻撃とか防御じゃなくて、その小さなバッグは見た目以上のアイテムとかが入れられるのよ。そうよね?」


 セレナは無言で頷く。


「塔破者はどうしても荷物が増えちゃうでしょ? 貴重な素材を手に入れても、それを持ったままじゃ満足には戦えない。そこで活躍するのが、モンスターの皮や胃袋から作った特注品。魔法のバッグというわけ」

「皮と胃袋か~。なんか、あんまり持ちたくないですね!」


 あはは、とシロクは笑う。


「現実はそうなのよ。塔内部でモンスターを殺せば素材を落として消えちゃうけど、殺す前に仮死状態にして必要な素材を抜き取る技術があるのよ。そうやって普通の魂脈や素材以外の、バッグなんかの塔破者が持つに役立つ物を作れるってわけ」


「よくわからないけど、すごいですね!」


「わからないなら、わからないでいいわ。まあ、普通は既製品を買うのが一番ね。頑丈だから中古でも十分な効力があるんだけど、元は生きたモンスターの素材だから、モンスターを引き寄せやすくなっちゃのが注意ね」


 そのためグルリポは閃光弾などを持っていたのだ。

 色々な便利なアイテムを持ち込めたり、大量の素材を持ち帰れたりできるものの、やはりそこにはデメリットもある。


「どこの世界も、万能にして万全な武器や装備、アイテムなんてないのよ。それを他で補ってマイナスをなるべく小さくするのが塔破者よ」


「勉強になります!」


 話に夢中になっているシロクの肩を突くセレナは、小声で言う。


「そのライスタワー、私が預かりますから、シロクくんは戦いに集中してください。私が援護しますから」

「援護って、初めて組むパーティーじゃ、彼の動きもわからないんじゃないかしら?」


 セレナがどんな武器を持って援護をするのかは知らないが、まだ外側の塔にしか入れないセレナが、魔物のバッグを持つ理由というのに、女性は目星がついていた。


 だからこその問い――シロクには伝わらなくても、セレナには伝わる問い。


「大丈夫です。私は弱いですけど……目だけは誰よりもいいんです」


 セレナはそれで会話は終わりと言わんばかりに、シロクの紙袋を預かり自分のバッグの中にしまい、塔の中へと踏み込んでいく。


「怒らせちゃったかしら」

「僕も行きますね!」

「ええ、死なないようにね。シロクくん」

「はい! いってきます!」


 こうしてシロクの二度目の塔への挑戦が始まる――。

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