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02

 飲み屋街が朝の町に戻ろうかという頃、その飲み屋街の端にある薄暗い酒場でセレナは目を覚ました。


「いつっ……」


 首や背中だけでなく、壁や床に打ち付けた体中が痛い。

 それでもいつまでも寝ていられるわけもなく、セレナは誰もいない酒場の中で、一人体を起こして立ち上がった。


「塔に行かなきゃ……。シロクくんに会わないと……」


 どんなに痛い目に遭わされ、どんな怖い目に遭わされ、どんな恐怖に駆られようと、シロクの笑顔が脳裏から離れない。

 足元に落ちている麻袋と、自分のバッグを抱えて、セレナは無人の酒場をあとにした。

 外へと出れば、優しく吹き付ける風にすら体が倒されそうになる。

 そこらで掃除をしている住民たちからは、奇異の目を向けられ、エプロンをつけたおばさんたちは、セレナに聞こえないように囁きあっている。


「あの子、ほら、あそこの無人の酒場を縄張りにしている無法ギルドの」

「ああ、被害者の……。いやね、ああいう子が盗みとかするのよね」


 声は聞こえなくとも、セレナには見えていた。


(嫌な人たち……)


 塔破者となったセレナは、一番外側の塔の、上への階段すら見たことがない。

 運動神経だってよくないし、魔法だって得意とは言えない。

 それでも、唯一他人よりも優れていて誇れる点が一つだけあった。


 それが目――視力だ。


 誰にも負けない自信があるが、それが役立つ場面など、臆病なセレナが自然と身に着けた他人の顔色や口の動きを見分けて、なるべく嫌なことを回避するための能力でしかない。

 だが、ギルドのアジトのように真っ暗では目は役立たないし、どんなに目が良くてもモンスター一匹すら倒せない。

 だからできることは盗み見ることだけ。


(こんな私だから、誰かがいないと塔なんて攻略できない……。お金を稼げない)


 今日はまだチャンスがあると思った方がいい。

 シロクという塔攻略に躍起になっている顔見知りもいるし、魂脈もある。

 それならばセレナは、少しだけ戦える。

 塔のある通りに出るものの、いつもはある塔の前の列がなかった。


「うそ、間に合わなかった……?」


 一度に入ると、狭い塔の入り口では混雑してしまい、モンスターと鉢合わせたら満足に身動きができないため、塔の受付をする人の判断によって、時間をずらして塔の中へと入るように促される。


 そして塔の中に入った塔破者は、すぐに入り口近くから移動をする、というのが暗黙のルールだ。


 この外側の塔は、弱いモンスターしか出ないため、日銭を軽く稼ぐ怠惰な塔破者には人気で、壁の隙間から塔内部に差し込む朝陽につられて、地下迷宮から上がってくるモンスターを、上の階に行く前に手早く倒して、最低限の金を稼ぐのが、最も賢い塔破者の生き様とまで言われている。


 だから朝は人が集まるはずなのに。


「セレナ」


 突然背後から自分の名を呼ばれ、ビクリと心臓だけでなく体ごと飛び跳ね、全身に痛みが走った。


 なんで自分がいるのがバレたのか。


 答えは簡単だ。


 フードを被っていないことに気づいた。


 慌ててフードを引っ張って、顔が隠れるまで深く被るため猫背になる。


「……シロクくん」


 振り向いた先には、目当ての男の子がいた。


「どうしたの? もう塔に入っちゃったのかと……」

「うん、倉庫のところで寝てたんだけど、道に迷った!」


 確かに倉庫は入り組んでいるが、だからってそんなに迷うような場所ではない。


「元気ですね……」

「うん! これから塔に行くよ! 僕は、この塔を攻略しなきゃいけないからね。約束があるんだ」


 紙袋を抱えて見せるシロクに、セレナも気づいた。


「ライスタワー……」

「そう! 超絶レアな勇者飯!」


 目をキラキラと輝かせるシロクを、セレナは真っ直ぐ見れなかった。


「あの……もしよければ、一緒に塔に入ってもいいですか?」


「それってパーティーを組んでくれるってこと!?」


 自分のような足手まといは、実力を見る間もなく拒まれる――無論、それ以外にもシロクに対して行ってきた後ろめたさがあるため、断られると思っていたのに、この喜びようである。


「わ、私でよければ……。多少は戦えます」


 ジロジロとシロクはセレナの体を見回すが、武器らしい武器は見当たらない。

 そもそも持ち物が小さなバッグと、手にしている麻袋だけだ。

 シロクは手荷物の麻袋に鼻を近づけて匂いを嗅ぐ。


「花と石の匂いがする」


「あ、はい。これは塔の中で採取された花と鉱石の小さな魂脈です。私の武器になるんです」


 セレナの持つ武器は、今の時代は極めて珍しいらしいことは自覚している。

 でも、それしか使えないのだから、なかなか手放せない。

 おかげで、ギルドのリーダーには金目の物にはまったく見えないらしく、それを奪われることだけは一度もなかった。


(これを奪われたら、戦うこともできないからなのかもしれないけど……)


「うん、行こう! 一人で行くよりも、二人の方が喜びは大きいよね!」


 シロクが笑顔で差し出す手をセレナは――取れなかった。


「……はい、そうですね」


(ごめんなさい……。私はあなたを――)


 セレナの行動を気にした様子もなく、意気揚々と歩くシロクを追いかけるように小走りになれば、体のあちらこちらが痛む。

 シロクに気づかれるわけにはいかない。

 置いて行かれたら、今日の稼ぎは絶望的だ。


(この状態でも、私の武器なら……)

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