01
飲み屋街は空が暗い間は、いつだって賑わっている。
それを迷惑に思う近隣住民が多いため、ほとんどの民家の壁や窓は防音のために壁などが分厚くされているのだ。
月が沈み、太陽が昇り、小鳥が囀る頃、町は目覚め始める。
町民たちが最初にすることは、夜のうちに散らかった飲み屋街を綺麗に片づけることだ。
文句を言いたくなる面倒な仕事であるが、昼になれば賑わいを見せる自分たちの町を綺麗に保つためには、仕方のないことと割り切るしかない。
塔破者が塔から持ち帰って来る魂脈が自分たちの生活を支えているとは知らない人たちにとっては、塔破者は、こういう面でも迷惑な存在でしかない。
それでも国がなにもしてくれないのは、やはり過去、人間の生活がモンスターによって脅かされてきた歴史が、塔破者とは関係のない人々の記憶の中に残っているせいだろう。
ずっと平和で、昨日も今日も、明日だってなにも起こらないかもしれないが、いつかは起こるかもしれない悲劇が、今日かもしれないし、明日かもしれない。
その「かもしれない」という不安は、日常の中では忘れてしまっても、ふとしたきっかけで思い出して、考えてしまう。
「朝だ!」
小鳥の囀りで目を覚ました瞬間叫んで飛び起きるものだから、倉庫の屋根にいた二羽の小鳥が驚いて飛び去ってしまった。
「早く塔に行かないと」
シロクは目覚めてすぐに行動を開始するが、腹の音が盛大に鳴り響き、その場に倒れる。
「お腹空いた」
うつ伏せに倒れたまま、ポケットの中の残金を確かめれば二千六百ゼンという大変心もとない金額。
一昨日、五万ゼンをもらい、昨日は一万ゼンを塔で稼いだにも関わらず、もうこれしかない。
「ライスタワー食べちゃおうかな~」
一個サービスをしてもらい、十一個を五千ゼンという大金で買った『超絶レアな勇者飯』――完全に密閉されているため、保存期間が長いが、まったく匂いが漏れてこないので、どんな食べ物なのか、実のところシロクにもよくわかっていない。
「うん、食べよう」
芋虫のように手を使わずに這って紙袋のところまでたどり着けば、その中から一個のライスタワーを取り出す。
丁寧に紙を剥げば、店主の言っていた通り、米の塊だ。
しかも、幾重にも巻かれた紙を解いた瞬間、胃を刺激するような食欲をそそる色々な香りが一挙に鼻から体の中に入り、胃だけでなく脳まで刺激する。
ぐぎゅるるるるるるるるる~。
確かにお腹は空いていたが、その匂いを嗅いだ瞬間、平常運転に空腹を報せていた腹が、まるで目の前のライスタワーを欲するかのように、大きな音を立てて催促してきた。
「い、いただきます!」
シロクの手では両手で持ってやっとのライスタワーに大口を開けて噛り付く。
「んむぅっ!」
一口噛んだ瞬間、口の中に一粒一粒がしっかりと自己主張するように立った米の旨味と、その米を包むようにコーティングされた甘くてしょっぱいタレの味が、ぶわっと口の中に広がる。
それだけじゃない。
塔内部でモンスターから受けたダメージや状態異常を回復するための毒消し草などが、味付きのご飯と一緒に握られているので、噛んで呑みこむ度に、体の中の悪いところをどんどん治してくれるのを感じる。
しかしシロクはさらに驚いた。
角切りにされた肉が中からゴロゴロ出てくる。その一つ一つにもしっかりと味がついているのだから、飽きることもなければ、物足りないこともない。
噛めば噛むほど旨味が口の中に広がり、口の中がいっぱいでも、自然と次の一口を体が求めて、呼吸を忘れて噛り付いてしまう。
その食いっぷりは、まるで獣だ。
目の前のライスタワーだけにしか意識が向かない。
人気のない静かな倉庫と倉庫の間で無言でありながら、荒い鼻息だけが聞こえていたが、ようやくシロクはライスタワー一つを食べ終えた。
最後は指についたタレまで丁寧に舐め取ると、自然と頬が綻んだ。
「うんまああああああーーーーーいっ!」
思わず叫んだシロクの声は、早朝の静かな外町――昨夜賑わっていた飲み屋街を片づけている人たちの耳にも届いた。
「超絶レアな勇者飯!」
一個食べただけで、朝には多すぎるぐらいの満腹感。
今食べた記憶だけで、また食欲が湧きそうになるが、もったいないという考えも出てくる。
だから――だからこそ。
「塔を攻略する理由が、もう一個できた」
外側の塔を攻略して、色紙を書けば特大のライスタワーを作ってくれると言っていたのだ。
「これがなくなる前に、攻略しよう」
そうなると、ライスタワーは塔内部で食べる勇者飯だ。
大事にしなければならない。
「よし、塔に行こう」
シロクは一人言って、紙袋を抱えて今日もまた塔を目指す。




